33 お前、こんなに可愛くなりやがって

ルナが柔道の試合で締め技を食らって失神した。


勇太が介抱してルナが復活したところに、チームメイトがやって来た。


田町先輩と時子部長は肩を落としていた。


「そういえば、時子部長と田町先輩はこれが最後の団体戦だったな。ねぎらわないと」


短い間だったが、世話になった先輩方。勇太は2人をハグした。


「勇太ありがとうなー」

「ありがとう勇太君。明日の個人戦の励みになったわ」


勇太は初めて田町先輩の声を聞いた。


大会は茶薔薇学園が順当に制覇した。


明日は個人戦。とりあえず帰ることになるが、勇太は帰る前に茶薔薇の生徒を探した。


すると向こうから、お目当ての茶薔薇学園・今川選手が歩いてきた。今川とルナは顔見知りのようだった。


「花木、大丈夫だったか・・」

しかし、その前にルナが謝った。


「ごめんなさい今川さん、無理して迷惑かけたね」


勇太も納得した。気絶させられたのはルナ。


この場合、無理に白黒を付けるならルナが悪い。完全に締め技が極まった時点で『参った』の意思表示ができたのに、しなかった。


それ故に起きたアクシデントである。勇太も怒れない。自分達のために頑張ったと思っているから。


そして勇太は、このセリフでパラレルルナに惚れ直した。


「あ、大丈夫なら良かった。まあ、すまんかったな。じゃあ・・」

「待って今川さん。聞きたいことあるんだ」


「へ、坂元君だよな。アタイに何か用か?」


びっくりした今川の声が響いた。


体育館の出入り口近く。


転生して1ヶ月程度の勇太。ネットで大人気の自分が、こんな場所にいたらどうなるか分かっていなかった。


たちまち勇太、ルナ、今川の3人はギャラリーに囲まれてしまった。


勇太は聞いてみた。目の前にいるのは恐らく今川薫の従姉、パラレル今川ユリカ。


かなりのガッシリ体型になってるけど、前世でも何度も会っているから間違いないと思っている。


彼女に前世の親友・今川薫のパラレル体が今どこにいるのか聞きたかった。


「今川さん、従兄弟っていない。俺、そいつと面識があるかも知れないんだ」


「従姉妹は何人かいるぞ。誰だ」


「俺さ、今川さんの従兄弟の薫に会いたいんだ」


「んんん?」

「あれ、薫って親戚じゃないとか?」


勇太はしくじったと思った。そういえばルナの母親は、勇太の前世と今世で違う人になっている。


目の前のユリカと思われる人物と薫が無関係であっても、不思議ではなかった。


「ごめん。今川さんの名前ってユリカだよね」


「違うぞ」「え?」


「アタイが薫だ」


「はあああああ?」

「なに、驚いてる」


「お前、どう見ても女だろ!」


「なに当たり前のこと言ってんだ!」


かなり女の子に対して失礼。


しかし勇太はお構いなし。


突っ込まれて、そうかと勇太は思った。ここは男女比1対12の世界。


勇太が前世で見たことがある男子のパラレル体と確実に言えるのは、伊集院光輝君を入れて3人くらいしかいない。


だったら、残りの男子パラレル体は女子であっても不思議ではない。


今頃になって、その可能性に気付いた。まずまずのアホである。


話が逸れたが、確かに知った面影もある。


勇太はテンションが爆上がりだ。


「お前、薫だったんかよ!母ちゃんの名前は麻季で、父ちゃんは雄一だろ」


「アタイは人工受精生まれだ。精子提供者は分からんが、母ちゃんの名前は麻季で合ってる。あ、あれ?小さい頃に遊んだことあるユータっていたな。おめえか?」


勇太は涙が出そうだった。


パラレル勇太の記憶を覗くと、なにげにパラレルカオルと小さい頃に会っていた。


あとで話を照合して分かるが、カオルも勇太と同じ隣県生まれ。小学校に行く前に母親の女性同士の結婚を機にパラレル市に引っ越した。


母を亡くし、叔母の家に移り住んだ勇太とは、こちらの世界では12年ぶりの再会となる。


前世の親友に間違いないと思った。雰囲気が似ている。ずっと仲良しだった。高校で柔道に誘ってくれたのも薫。


ルナと親密になったときは、誰よりも喜んでくれた。


不治の病になったと学校で言ったら、人目を憚らず泣いてくれた。


最期まで親友だった。



ただ思う。


前世の薫は、182センチ、90キロの柔道男子。


東京上野駅にある西郷隆盛像を少し薄味にした感じの顔をした巨漢だった。


ちなみにこの世界の上野駅には西郷隆盛子像がある。


それはともかく、目の前のパラレルカオルは165センチ62~63キロ。肩幅広し。


パラレル勇太の記憶にあったパラレルカオルと、勇太の中の男子・今川薫が一致するはずもない。


目の前のカオルは女子としてはゴツイが、勇太の中の『カオル像』としてはスリム化されている。


むしろキュートに映っている。


勇太は思わずカオルの、女子としては太い肩を右腕で抱いた。


「え、えうあ、さ、坂元君・・」


カオル自身とギャラリー女子から声が上がった。


「早く言えよ。カオルって分からずにスルーするとこだったぞ」

「え、え、何を。坂元君」


「水くせえな、誰が坂元君だよ、勇太だろ!」

「え、え、勇太」


「お前、こんなに可愛くなりやがって! ちょっと見ただけじゃカオルって気付かなかったぞ」


「・・可愛い?」ギャラリーの心がひとつになった。もちろん、その中にカオル自身も含まれる。


勇太はヘッドロックくらいの感じで、カオルを抱いて密着している。


中学のとき、全国大会の個人戦決勝の舞台に立ったときも平気だったカオルが、女子からの鋭い視線にビビっている。


勇太を見にきた女子達のざわつきがすごい。


ルナが意外に平常運転だった。


「勇太、今川さんと知り合いだったんだ」


「そうなんだルナ。小さい頃、俺とカオルって遊んだことあるんだ」


「・・そうなんだ」


ルナのハートがちくっとした。


勇太は自分とは再会だと言う。なのに、体で結ばれるほど親密になれても、いまだに勇太に会った記憶がない。


今の会話では、勇太とカオルは本当の知り合いだった。こっちは本物だ。


思わず目を伏せそうになったルナ。


けれど・・


腕を勇太につかまれ、引き寄せられた。


「カオル、まあ顔見知りだろうから言っとくよ。俺、ルナに彼女になってもらったんだ」


「お、おう聞いてるよ」


「可愛いからって取るなよー」

「取らねーよ!」




こう言って、誰よりも大事にしてくれる。


心地よいような、恥ずかしいような・・。


早くも、心の中に芽生えたチクリとしたものがなくなった。


「私、試合に負けて悔しかったのに、もう嬉しいことで上書きされたよ」


「ん、何か言ったルナ?」


「ふふ、なんでもない」


多くのギャラリーの中、幸せを実感してきたルナである。



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