32 初試合とルナの失神
前世を通じて勇太の柔道初試合。勝ち抜きの団体一回戦。
結果から言えば、勇太らパラ高の圧勝だった。
勇太は間違いなく強くなっている。しかし実感はなかった。
練習で組んだ相手はパラ高、茶薔薇学園で合計26人。その女子達は最低でも段持ちの実力者ばかりだったからだ。
先鋒の勇太は初戦で下手な足払いをして、そこから相手を押さえ込んで1本勝ち。
4人目に足払いで転がされ判定負けたが、マルミが残り2戦を勝って終了。
相手校は、男子に免疫が少ない完全な女子高。先鋒から中堅までの3人は胸元が見えている勇太が組んだ瞬間に、脱力して勝負がついた。
勝負を決めた次鋒マルミは、走って帰ってきて勇太に飛び付いた。
まだ一回戦なのに・・
「やったす、勇太先輩」
「ナイスマルミちゃん!」
勇太がマルミを正面から受け止めて抱っこした瞬間、きゃ~、きゃ~と黄色い歓声が場内を支配した。
「しまった、アタイが次鋒で出ればよかった・・」
時子部長が呟いた。
トーナメント方式で、あと4回勝ち抜けば優勝。
2回戦から敵が有段者ばかりとなり、勇太は戦線離脱となった。
「え、男の子が控え・・。楽しみにしてたのに」
相手校の先鋒選手から、あからさまな落胆の声が上がった。
試合は静かに進んでいった。
ここまでくれば、さすがの勇太も珍しい柔道男子を多くの女子が見にきたと自覚した。
「男子ってだけで人が集まる世界ってすごい。違和感しかないぞ、これ」
なんとか勝って3回戦だったが、次で終わりそうなムード。
柔道の名門・茶薔薇学園である。
茶薔薇の桜塚部長をはじめ、みんな圧がすごい。
相手の5人が並んだとき、勇太は茶薔薇側に見覚えがある顔を見つけた。
「あれ・・あの子って」
ルナに聞くと、パラレル体育大学からスカウトが来ている全国区の選手。勇太が茶薔薇に行ったときは、パラ体大に稽古に行っていていなかったらしい。
太い眉に大きな目、がっしりとした肩。地方でいえば鹿児島とか南国に多い健康的な顔。
前世では親友だった今川薫の親戚とそっくりだ。
人違いでなければ、薫の従姉のユリカ。パラレル今川ユリカだ。
「あれ、もしかしてユリカか?あとで声かけて本人だったら、薫のこと聞いてみよ」
前世で関わりが深かった妹・梓、彼女・ルナのパラレル体とは親密になった。というか、嫁になりそうだ。
まだ会ってないけど、幼馴染みと同じパラレル純子も所在が分かっている。
前世でギリギリまで励ましてくれた親友・薫のパラレル体に会えるかもしれない。探す手がかりが見つかりそうだ。
しかし今は試合前。応援に集中する。
パラ校は先鋒からタマミ、キヨミ、ルナ、田町、時子部長である。
茶薔薇側は先鋒・今川。いきなり全国区の165センチが出る。
試合はタマミ、キヨミの1年生コンビが粘ったが敗戦。
ルナの登場である。
「これ以上負けらんない、頑張らなきゃ」
「ルナ頑張れ!」
「見てて、勇太!」
勇太とルナが、拳をタッチしたあと、勇太がルナの背中をぽんぽんとして送り出した。
タマミ、キヨミのときもやったが、そのたびに会場がざわついている。
みんな、ルナがうらやましい。気付いていないのは勇太だけである。
試合開始。ルナは3試合目で疲れている今川に技が出せない。さすがは個人戦の全国優勝を視野に入れている選手。
浅い技しかかけられず、素早く距離を取るが、開始2分で詰められた。
足払いで有効を取られたあとのルナは腹ばいで寝技を防ごうとした。しかし仰向けにひっくり返され、今川選手に後ろから絡め取られた。そして襟を捕まれた。
万事休す。
今川選手に首の絞め技を極められた。柔道着の襟がギッチリ喉に食い込んで、もう逃れられない。
顔を真っ赤にしたルナ。どこでもいいからパンパンと叩いて『参った』の合図をするしかない。
しかしルナは、勇太が見ている前で敗けを認めたくなかった。
あきらめずもがいた。そしてもがき続けた。
「やめろルナ、ヤバい!」
「タップしろ!」
「やめ!」
時子部長、勇太、審判の声が同時に響いた。もうルナはオチていた。
「ルナ!」
勇太は慌てて試合場に上がった。審判と同時にルナにたどり着いた。しかし意識がない。
そして慌てすぎてしまった。
ルナに覆い被さり顔を近付け、人工呼吸を始めてしまった。
きゃー、きゃ~、女子の声が上がった。
相手の今川選手も、勇太の人工呼吸に唖然としている。
ルナが目を覚ましたとき、何が起こっているか分からなかった。
「ん!んむんんん!」
「起きたかルナ。それより静かにしてろ」
「え?勇太」ルナ驚き。意識が一瞬ではっきりした。
続いて勇太は、ギャラリーのど真ん中でルナをお姫様抱っこした。
どよどよどよと、ざわめく試合場。
「礼を欠いてすみません。医務室に連れていきます」
「き、君、さっきのは・・」
「人工呼吸です、人命救助です!」
「あ、あ、そうだね、人命救助だね」。女性審判も真っ赤である。
勇太とルナは、そのまま試合場を出ていった。
この後、しばらくはざわめきがおさまらなかった。
あっと、言わずもがなだか試合はパラ高の負け。
3年の2人は高校最後の団体戦になったことももちろんだが、勇太から試合前に何もしてもらえなかった悔しさで泣いた。
勇太がルナを抱いたまま通路に出た頃には、ルナの意識もはっきりしてきた。
ルナが周囲を見渡すと、すごく視線を感じる。
当たり前だ。
この肉食女子だらけの世界で、柔道着がはだけた男子が女子をお姫様抱っこしている。
スマホを構える女子からの視線が痛い。
勇太は気にしていない。ルナ絡みのときは行動がぶれない。
「ゆ、勇太、もう降ろして。通路の隅で休めば回復するから」
「大丈夫?」
「大丈夫。物もハッキリ見える」
試合が終わった選手も多くいる通路。
勇太は立ち止まった。が、ようやく降ろしてもらえると思ったルナに誤算があった。
通路の壁を背に、ルナを横抱きにして勇太が腰を下ろした。
「しばらく安静にしてろよ」
「あ、あの、あのー、勇太さん?」
ルナは勇太に左手で頭を抱えられ、背中は勇太の膝に乗っている。
他校の女子がガン見している。『代わってほしい』の声もモロに聞こえる。
ルナは顔が真っ赤なのが自分でも分かる。
勇太は勘違いして、まだルナは酸素不足だと思った。ルナの頬をこすりだした。
さっき以上にとんでもないことになっている。
ルナは考える。
今って、神聖な試合の途中だったよねと。
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