3 ルナ、ごめんよ

勇太はなぜ、異世界転生から1時間もせずに走ってるのか。


なぜ、生き返ったばかりなのに。


もっと気楽なパラレルワールド生活になると思っていた。


それに新しく乗り移った身体。運動不足にも、程がある。


身長170センチなのに、どうみても80キロを余裕で越えている。


パラレル勇太の記憶では、病院から学校まで2キロ。なのに、スタートして5分で息が上がっている。


パラレル世界の花木ルナが、警察に暴行容疑で拘束される可能性がある。


勇太を階段から突き落としたとして。


男女比1対12のこの世界、ワイセツ行為もやるのは女子。


そんな倫理観だから、男子の暴行事件が起こると、まず女子が疑われる。


元の世界では勇太の彼女だったルナが捕まりそうだ。


パラレルルナの顔がパラレル勇太の記憶にない。知り合いじゃない。


けれど、別人でも冤罪を張らしたい。


叔母によると、男子暴行の容疑で女子が警察署に連れていかれたら、最低でも2日は帰してもらえないそうだ。


だから早く、学校にいるうちに、彼女の無実を証明しに行く。


「ユウ兄ちゃん大丈夫?」

「はあっ、はあっ、なんとかな」


今は午後4時。事故から1時間。


わずか2キロ走るのに、30分もかかっている。


学校に到着して校舎に入った。


すでに叔母が学校の前にいて合流した。叔母はタクシー。そっちの方が断然早かった。


校長室の前には10人くらいのブレザー姿の女の子がいた。


1人は勇太もよく知っている。前世界ではルナ、勇太の両方と仲良しだった。


勇太は彼女に状況を聞こうとした。


「クチキさん・・」

「あっ、坂元。なんだ、あんた軽傷・・・・」


彼女は驚いた。勇太が血まみれだ。


「ルナは中?」

「冤罪をかけてられてルナが!」


「彼女の冤罪を晴らしに来た」


相手が驚いているが、勇太は構っていられない。


校長室に特攻した。


叔母、梓、そしてルナの友人達もなだれ込んだ。


「すみません、ここに花木ルナはいますか!」


たくさんの視線が、勇太に集まった。


教師4人に、警察関係者と思われる人が3人。


ソファーがあって、真ん中に座らせられているのは・・



「・・ルナ」



間違いなかった。高校生の時のルナだ。


丸顔で切れ長の目。タヌキ顔と言うやつもいたけど、勇太は、笑顔が好きだった。


丸メガネで結んだだけの髪じゃない。裸眼のボブカットに変わった。


それでもルナだ。


「ルナ・・」

「坂元君・・なんで」


このルナは警戒している。前世のルナは勇太を見れば、必ず安心した顔になっていた。



『来世があったら、絶対に私が探し出してあげる』



顔を見たとき、死ぬ前に聞こえてきた前世ルナの言葉が、また頭の中をよぎった。


あまりにルナに似すぎてるから、ほんの一瞬だけ何かを期待してしまった。


勇太は、自分を馬鹿だと思った。



そのとき、目付きが鋭い人が口を開いた。女性警官。


「坂元君、君が怪我を負ったときの状況を聞きたいのですが」


それが本題だ。


「ルナは俺を階段から突き落としていません。無実です」


「しかし、彼女が押したという証言が・・」


「冤罪です。俺が落ちるとき、彼女が腕をつかんでくれました。だけどこの通りです」


破れたシャツを見せた。


「デブなんで、服が耐えきれませんでした」


笑う勇太の説明に、周囲がざわついた。


陰気キャラの勇太と思えない。


「分かりました。きちんと検証します」



勇太はルナの目を見た。赤の他人だ。ただ戸惑っているだけ。


勇太にもルナとパラレルルナは別人だと分かっている。だけど、自分を止められなかった。


ルナの手を両手で包み込んでしまった。


ルナが、びくっとしているのが分かる。


周りの女子は驚いている。



前世の勇太自身は、自分の事情でルナに別れを告げて泣かせた。


それでも励まし続けてくれた。ずっと申し訳ないと思っていた。


教師、警察官、同級生も見ている。


その間にも、どんどん女子生徒が集まっている。



「ルナ、ごめんな。前にもルナも悲しませたのに、また泣かせちまった」


「え、 なんのこと・・」


驚くルナの目を見た。そして勇太は落胆した。


戸惑っているだけ。覚悟していたが、勇太が知るルナの優しい目ではない。


やっぱり違う人だ。



頭が痛くなってきた。


顔の左側が冷たい。走ったから汗が吹き出てる。それだけじゃなかった。


血だ。


「あ、まだ完全に身体が修理されてなかった・・。女神様、親切だけど仕事が適当すぎ・・」


肝心なことは言い終えた。そして、パラレル勇太は陰気キャラ。


これから先、話す機会もないかも知れない。


だから、最後に・・



「ルナ、お前が幸せなら、それでいい。決して邪魔しない。絶対に、それは誓う・・」


「坂元君、血が・・」


勇太は下を向いた。ルナの目が見られない。


頭痛も増した。


前の世界で病気になり、半分も伝えられなかった思い。


別れを告げ、前世ルナを泣かせた勇太が、口に出してはいけないと思っていた言葉。


このルナに言っても伝わらないけど、止められない。


「離れたあとも、お前のことが本当に大切だった。だけど、今の俺には何も言う資格はない。もう、忘れてくれ、ごめ・・」



言葉を最後まで紡ぐことができないまま、勇太は床に横たわった。


そして心の中で、前世ルナにさよならと言いながら、意識を手放した。



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