一話 マオ
「マオ…」
「そうだ」
その名前はこの本に刻まれている名前と同じものである。
それが偶然なのか、必然なのか。
それは誰にもわからない。
「それでー、お嬢さんは?」
リオネは今の状況に混乱していたため、先程からマオの問いかけに何も答えていなかった。
しかし、この人物は何か重要な手がかりになるかもしれないと思い話を聞くことにした。
「ワタシはリオネ。 こっちがピリカ」
そう言いながら、リオネはピリカを抱きかかえる。
「ほーん、そいつが懐くとは、嬢ちゃん 相当良い人間なんだな」
「そうなの?」
「キュ?」
リオネはピリカに問うが、頬をペロリと舐められただけだった。
「そいつは、砂漠に生息する狐の一種で、アルフレットっていうんだ。とてつもなく人間嫌いなことで有名なんだが…ほらな」
そう言うと、マオはピリカに触れようとした。
しかし、指を噛まれたため、手を引っ込めた。
「ふ、普通はこうなるんだ」
「へぇ、マオって物知りなんだね」
きっとその知識は世界を旅しているときに身に着けたものなんだろうと思い、もっといろんなことを聞いてみたいと思った。
「もっと、色々教えてくれる?」
「悪いなー。 実は明日までにスーデンスって街に行かなきゃならないんだ。 このままじゃ明日までにつくかどうか…」
そう、遠くの街からやってくる旅人というのはマオのことであった。
「え? なら、この遺跡から街まではそこまで遠くないよ」
「お、そうなのか? そんな話が出るってことは、お前はスーデンスの街の子か」
「うん。 連れて行ってあげるから、旅の話とかも色々おしえてね」
マオは、助けてもらうのだからそれくらいは良いだろうと思い、リオネの案内に従うことにした。
・・・
「ほぉ、こいつがスーデンスの街かー!」
眼の前に広がる純白の、神殿のように美しい街並みに心を鷲掴みにされたマオは、ただただ目の前の光景に見とれている。
「キュゥ」
ピリカは初めて見る自分以外の人間がたくさんいるのを見て少し恐れているようだ。
「あっ、そうか。 ピリカも街に来るのは初めてだもんね…」
「なんだ、今までそいつを街に入れたことなかったのか」
「いつもは嫌がってね、街にある程度近づくと足を止めちゃうんだよ」
「そうなのか? じゃあ、なんで今日はついてきたんだろうな?」
実は、今日もピリカは足を止めたのだが、リオネがマオとの会話に夢中で、その事に気づかずにずんずんと進んでいってしまったのだ。
しかし、ピリカはマオとリオネが二人だけになるのが心配だったので、やむを得ずついてきたのだった。
「俺は村長のところに行ってくる。どこにあるのか教えてくれないか? 話は村長との話が終わったあとに語ってやるよ」
「あぁ、村長の家はあそこの岩の上にある植物を飾ってある家だよ」
「わかった。 それじゃあ夜にまたここで集合しような」
「うん!」
そのやりとりをしたあとマオは、街を観察しながら村長の家に向かい出した。
それを確認したリオネはピリカに砂漠に帰るかどうかを聞いたが、どうやら人が多いのにも慣れたようで、ここにいると言い出した。
「わかった。 家で暮らしていいかお父さんに聞いて───あっ!」
「リ~オ~ネ~?」
背後から聞き覚えのある声がしたので逃げようとしたが、腕を掴まれているため逃げることができない。とっさにピリカをどこかに隠れされることしかできなかった。
「結局ぅ! 俺が拭いといたぞっ!」
「あっありがとう…お父さん」
「おっとぉ、家に帰ったら謝るまで飯は出さないからなぁ?」
リオネはこれはすぐに謝るべきだと判断しこの場で謝った。
「…はい、ごめんなさい」
その言葉を聞くと、父は満足そうに言った。
「わかった。 今日の夕飯はお前の好きなウの花煮だ」
「やったっ!」
喜んだのもつかの間
「ただしっ、明日もまた水をこぼしてみろ。 自分で拭くまで飯は出さんからな」
「わかったよ…」
リオネがそう言ったタイミングで茂みからピリカが出てきた。
ピリカはそこが自分の特等席だと言わんばかりに、リオネの方の上に座った。
「あ、そうだ。 この子も今日から家で過ごすことになったから、よろしくね」
「あ、おい待て。 父さんは許可を出してないぞっ!?」
その声が届くよりも早く、リオネは家に向かって走っていった。
そんなリオネを見る父の目は誰かとリオネを重ねて見ているようだった。
「誰に似たのか…だったな───。あいつと似ているな───」
そして、そのままどこか遠くを見つめる父親の姿がそこにあった。
日が段々と沈んでいく中で、リオネの後ろ姿だけは白く美しく輝いていた。
家のドアを開け、真っ先にリオネが向かうのは、自室にあったベッドだ。
「はぁー、ただいまぁ」
「キュ」
ベッドに倒れると、近くにあった写真立てを手に掴んだ。
「ねぇ、見てピリカ」
「キュィ?」
ピリカが見た写真には、今よりもずっと小さいころのリオネと、リオネに似た美しい女性、今よりも少し若い父親の姿があった。
「お母さん…今はもういないんだ」
「キュゥ…」
心配することないよとピリカはリオネの頬を舐める。
「…ありがとう」
元気をだしたリオネは、少し眠くなってきたなと思い、少し目をつむる。
「キュィ…」
ピリカも体を丸め目をつむる。
どうやら、今日は色々なことがありすぎたせいで眠くなっちゃったみたいだ。
夕飯になったら起こしてもらえるだろうし、今は仮眠を取ろう。
「…おや…す…み」
そう言うとリオネは意識を手放した。
語り手が紡ぐ物語 粗末なりんご @0000624
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