語り手が紡ぐ物語
粗末なりんご
序章 リオネ
砂漠と海原のちょうど間に位置する中規模の街であるスーデンスは、*イオニア式や*ドーリア式といった建築方式で作られた町並みが広がる中規模の街である。
潮風にさらされているため、砂漠の街だが気温はそこまで熱くない。
神殿の美しい白色と、砂漠の金色の光、海の青く透き通った色が合わさり、この街の美しさを物語っている。
そんな
どうやらまた、家族に迷惑をかけたようだ。
「このバカ娘~!」
中年の男性の怒声が響き渡る。
この家族の仲の良さは、この街の人々、みんなが知っている。
「今日もやったのか」と呆れてはいるものの、この二人のやり取りを常に微笑ましく思っているのだ。
少女の名前はリオネ。
いつもどおり、井戸から組んできた水を家の風呂に貯めようとしたのだが…
そう、いつもどおり、玄関の段差に足を引っ掛け、水を家の中にぶちまけてしまうのだ。
それを拭かせるために、父がリオネを追いかけるのだ。
なぜリオネは自分の失態であるにも関わらず、水を拭こうとしないんだというのが父の思いであるが…
「おいっ! はぁはぁ、っおおい! せめて、拭けっ!!」
「やだよっ! 何度も言ってるけどっ! あの段差を消しといてって、 何度も言ってるよねぇ!?」
初めて水をぶちまけた日から、リオネは段差を消しといてくれと何度も何度も父に頼んでいたのだ。
「お・ま・えはぁ! 14年あの家に住んでんだよっ! だからっ いい加減───」
「嫌だっ めんどくさい!」
どうやら、リオネはただ掃除がめんどくさかっただけのようだ。
「おぁあ゛! 待てっ 待てー! くっ」
父が再び叫んだときには、リオネは視界にはうつっていなかった。
「まったく誰に似たんだか…」
そう言った父親の顔は呆れつつも笑っていた。
街から出た人影はそのまま走り出し、砂漠の先に向かい出した。
ある程度進んだ岩陰で止まり一息つく。
「はぁ。 今日はなんとか逃げ切れたなぁ…」
そうつぶやくと岩に腰掛け、口笛を吹いた。
「ピリカ、出ておいでぇ」
そして呼びかけると、岩の影のところに空いていた穴から、一匹のネズミのようなサイズの動物が出てきた。
長い耳をした彼女はピリカといい、3年前に砂漠で出会ったリオネの友人だ。
「キュ」
リオネはその小柄な体を腕で抱え込むと、ピリカに世間話をし始めた。
いつもリオネがしていることである。
人間の友人が少ない彼女にとって、唯一の話し相手だ。
家族の前では活発な彼女にもこのような女の子のような一面があるのである。
「近い内に、遠くの街から一人の旅人さんがくるんだってさ」
「それで、そいつがとても頭のいい人みたいで」
「もしかしたらこの砂漠の外のお話とかも聞けたりしてね」
リオネは昔から、世界を旅することが夢なのだ。
生まれたときから砂漠と海しか見てこなかったリオネは、砂漠の先には何があるのか・大海原をかけぬけた先にはどんな美しい光景が広がっているのか。
面白い生き物はいるのか・今まで食べたどんなものよりも美味しい物はあるのか───
それをもし、知ることができたなら、きっとリオネは幸せなのだろう。
「あ。 ごめん、ワタシばっかり話しちゃって。 ピリカはなにか最近気になったことはある?」
リオネは自分がたくさん話をしたあとは、しっかりと友人の話も聞く良い子である。 もっとも、動物は言葉を話せないのだが、リオネには何となく分かるのだそうだ。
「キュゥ」
「え、あるの?」
普段はあまり「ある」とは言わないピリカであったが、今日はどうやら何かを見つけたようだ。
以前ピリカの見つけたものは、砂漠のオアシスにあった木に生えていた樹の実である。
とても甘くて美味しかった記憶がある。
そしてその前も良い物を見つけてきた記憶がある。
「よし、行こう!」
「キュ」
ピリカが走り出したので、リオネもそれについていく。
砂漠をしばらく走った後にたどり着いたのは、古い石造りの遺跡であった。
「キュゥ」
「ここ?」
一見するとこの遺跡はなにもないどころか入口もないが…
「…本のページを…
砂の下…地中のそれなりに浅いところから本のページをめくる音がするのだ。
もしかしたら、遺跡の探検家がいるのかと思い、興味を持ちどうにかして入ろうと決めた。
「しかし、どうやって下に行こうか」
「キュウ」
「えっ? そっち?」
どうやらピリカは探検家のことでなく、遺跡の茂みにあった黄色の果実のことを教えたかったようだ。
「うん、美味しぃっ!」
ピリカに進められるがままに果実を口にすると口いっぱいに甘さが広がり、思わず笑顔になった。
「もう少しあたりを散策するけど良い? ピリカ」
「キュ」
遺跡の周りを一周してみると、北側の地面に深い穴が空いてる事がわかった。
下の方にははしごがかかっており光が見える。
最初は崖を下るような感覚になるが、帰ることもできるのだし、一度だけ言ってみようと考えた。
「入ってみよ───え? やめたほうが良い?」
しかし、ピリカは小さな手でリオネを掴んで止めた。
その手はブルブルと震えている。
まるで、下になにか恐ろしいものがいるかのように…まるで、リオネに何かあったときのことを想像したかのように…
「でも…ワタシは入るよ」
ピリカは首を振っている。
探検家がいるとは限らない。
遺跡に入って死んでほしくない。
ピリカはそれを訴えているのだ。
だが悲しいかな。 リオネにその思いは届かなかった。
「ピリカは怖ければここで待ってればいいよ」
「ピィ…」
「大丈夫 必ず帰ってくるから」
リオネはそう言うと、穴に入っていった。底から見える光を目指して…
ピリカはどうしても心配だったので、リオネの跡を追った。
・・・
穴の下にたどり着くと誰もいなかったが、石造りの小さな部屋の真ん中に素朴な書見台があり、本のページがひとりでに
一枚、また一枚とめくられていく。
上から見えた光は部屋の四方にある松明が照らしているようだ。
上から落ちてきたピリカがリオネの肩に着地したので───
「キャーーーーーーーーー!」
とつい悲鳴を上げてしまった。
「あ、あぁピリカ。 ついてきたのね」
それよりもあの本は何なのだろう。
この部屋の作りからして、現代の技術ではなさそうだということには気づいた。
「あの本… 読んでみる」
「キュゥ」
今度こそ危険だどピリカがリオネを止めようとするが、彼女は本に吸い寄せられるかのように歩き出した。
リオネの手が本に触れようとすると、勝手に一ページ目が開いた。
「読めってことなのかな…?」
本を書見台から取り外してみたが何も起こる気配がなかったので、リオネは部屋の隅に座り込んで本を読むことにした。
ピリカもリオネの肩に乗ったままであるが、気にせずに読み始めた。
だが、本の一ページ目にこう書かれていたため困惑した。
『リオネ』
「ワタシの…名前 どうして…」
二ページ目を読む。
「これは語り手となった少女の物語…? 語り手って一体…」
三ページ目には語り手について書かれていた。
「語り手とは、世界の歴史を語り継ぎし星の管理者」
四ページ目
『歴史の中で物語を紡ぎ───』
五ページ目
『世界を守れ』
「世界を守れ? ワタシが…ってこと?」
その声に呼応するかのように本は光輝きはじめた。
やがて粒子になり、リオネの体に吸い込まれていった。
だけれど、ピリカには光は集まっていないようだった。
しばらくし、本が跡形もなくなると、手が光りだし再び本の形を作り出した。
勝手に六ページが開かれた。
「第一章…?」
リオネは次のページが気になり、読もうとしてみたが、七ページ目は白紙であった。
「白紙…? ここだけじゃない…この先もずっとだ…あっ、最後の一ページだけ何か───っ!?」
『語り手は死んだ。 後悔と自責の念と憎悪を顔に浮かべながら』
「ーっ!!」
リオネは最後の一文にゾッとしたため、本を投げ出してしまった。
しかし、本は地面に落ちる前に粒子になってリオネに吸い込めれてしまった。
「キュゥ!」
ピリカが腕に抱きついて安心感を与えようとしたが、恐怖によりその効果は小さかった。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかなくなってしまった。
「はっ!?」
この部屋が今にも崩れてしまいそうなほどに揺れている。地震ではなく、遺跡が崩壊しようとしているようだ。
リオネは、こうしてはいられないと思い至り、ピリカを肩に乗せはしごを登り、穴の外を目指した。
「ごめん ピリカ…言う事聞かなかったこと…後悔してる」
ピリカは、わかったなら良い、という顔をするとリオネの足に頬をスリスリし始めた。
「ありがとうね。 許してくれて」
「それにしてもあの本は何だったんだろう───あれ」
本のことをイメージすると手先から光の粒子が出てきて、本が手元に出てきた。
七ページ目が更新されている。
「七ページ目が…『魔法の開祖マオ』…?」
七ページ目には知らない人物の名前が刻まれていたのだ。
だがしかし、そんな人物聞いたことない。
ましてや、魔法なんて言葉も。
「一体…」
悩んでいると、背後から男性の声が聞こえてきた。
「おじょーさん。 こんな砂漠のど真ん中で何を読んでいるのかな?」
後ろに振り向くといたのは、頭にターバンを巻いたあごひげが凛々しい男だった。
「おじさん…はだれ?」
「おじっ…ごほん。 俺はマオ。 旅の学者だ」
(知ったかぶり知識)
*イオニア式…古代ギリシャの建築方式 代表建築はアルテミス神殿やヘラ神殿
*ドーリア式…古代ローマでも使用された建築方式
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