夕暮れの忌み子

市野花音

第1話

 あまつが山際に沈み、世界は黄昏に支配されていた。

 そんな中、支配から抜け出したものが二人。

 からからと足首についた枷の残骸を引きずりながら、山道を走る影法師が二つ。

 一つは白い髪に赤い目をした忌み子の少年。

もう一人は赤い髪に赤い目をした、これまた忌み子の少女。

 あまべにの瞳を持つ忌み子が二人、逢魔時おうまがときに放たれた。

夕月夜が見守る中、縛られた鎖から解き放たれて、少年と少女ははしる疾る。

 「きもち、いい、ね」

 途切れ途切れに幼なげな声を出したのは、夕紅ゆうくれないの髪を持つ少女だった。

 「うん、気持ちいい」

 そう答える声は弾み、息を上気させている月白つきしろの髪の少年である。

 寄り添い合うように二人は、山を駆け、山頂を目指していた。

 目指すは炎帝えんていが去り、夜去方よさりつかたちかずく旻天びんてんの天蓋。

 一心に駆け抜ける姿はまるで流星。

 誰よりも醜いと言われた姿の忌子たちは、夕闇が覆うこの世界では誰よりも美しい星辰せいしんだ。

 やがて、たどり着いたのは西に追いやられる天つ日のさいごの光芒せいぼう、夕暮れの空だった。

 「すごく、きれい、だね」

 夕陽に照らされ、少女の炎の髪に火種が足され、益々赫く燃え上がる。不気味なほど白い頬が黄赤に染まり、余白の部分までもが濃く、あかになっていく。

 「……うん、綺麗だね」

 少年は少女の方を見たまま言った。

 少年の昼の少女の髪のように日に染まり淡く赤くなった髪が風に揺れる。

 同時に、地平線を泳いでいた天つ日は落ちた。

 辺りが闇に覆われ、少女の美しい横顔は少年の天が紅の瞳に映らなくなる。

ここから先は魑魅魍魎ちみもうりょううごめくく闇の世界。少し気を抜いただけで命を持っていかれる。行く末を照らす鬼灯ほおずき提灯を手招くように、少年と少女は手を結ぶ。

 「べに、いるよね」

 「いる、よ、しろ

 髪の色そのままの名は、親や神から賜ったものではない。お互いがお互いに送った名だ。

 三千世界から忌み嫌われたこどもが二人、都から離れた山間の村にいた。

 少年は白い髪に赤い目を持って生まれ落ち、鬼のようだと蔑まれ、足と首に枷をはめられた。

 同じ村にいた少女は少年に唯一優しくし、人として扱った村長の娘。しかしある日山で魔に魅入られ、赤い目と赤い髪に変えられた。

 村人たちは少女を少年よりもひどく扱った。人でないのに人のふりをして、人を欺いた大罪人だと。

 足蹴にされた少女を見た時、少年の中で何かが壊れた。また、蝶よ花よと大切に育てられてきた世界から一変、地獄以下に落とされた少女も壊れた。

 気がついたら辺りは血の海で、生きていたのは二人だけ。枷は外れた。ならば、世界を見に行こう。

 本当は気がついていた。自分達の中で、決定的に何かが変わったと。

 ごきごき、と少年と少女の骨格が変わる音がする。頭が割れるように痛いと思ったら、額が割れて角が伸びてきた。

 お互いの爪が伸び、お互いの肌に食い込んでいく。しかし、二人は手を離さない。

 「……いた、いよ」

 「……すぐ、おわ、るよ、っ」

 体を壊すほどの苦痛が終わり、天つ日が蘇る頃、確かに人であったはずの少年と少女は、鬼になっていた。

 少年はもう少年とは呼べぬほど背が伸び体付きの良い青年となっていた。白い髪は益々しろく伸び、風に吹かれるたてがみのよう。額からは鹿のような白いツノが伸び、天が紅の瞳は切れ長。顔立ちはすっかり大人びている。

 少年も同様にしなやかな体つきの女性となり、朝になりまた火種を与えられた長い炎の髪は艶やかで美しい。額から生えた柘榴の鹿の角はまさに宝珠。赤い目は人であった頃と変わらず穏やかだが、その奥はまだ空虚だった。

 すっかり妖しく美しい鬼の二人だが、大きさのあっていない白の貫頭衣かんとういだけが不釣り合いであった。

 「わたし、たち、ずいぶん、かわったね」

 「ああ、変わったな。でも……」

 青年は女性の傷だらけの手を取る。

 「ずっと変わらず、手は離さないから」

 「……うん、わたしも」

 空虚な瞳に一筋の光がさす。

 「はな、さ、ない」

 夜明けを告げる日は、二人の鬼の黎明はじまりも告げた。

 払暁ふつぎょうの中、手を取り合った二人の鬼の、はじまりの物語。

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夕暮れの忌み子 市野花音 @yuuzirou

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