第26話 拘束

 高槻市内もやはり雪が積もっていた。通学路は、学生たちに踏まれて溶けた雪でぐっちょぐちょに濡れている。

 今日も校門にはカミサマ大先生が立っていた。今日は寒いのでスーツ姿だ。体格がいい上に強面こわもてなのでカタギの人に見えない。

「おはようございます」

 大先生は、僕が脇を抜ける時、「話したんやな」とぼそりと呟いた。


 教室内は空席が目立つ。雪で電車が遅れていることもあって、授業も開始が遅れることになった。

 今日も僕の頭の中は楓さんでいっぱいだ。

 わがままに付き合ってほしいから、僕の将来への不安を取り除く。楓さんはそう言った。

 僕の将来への不安、それは受験、就活、パンデミックの三つである。受験と就活に関しては一度目の通りに行けばなんとかなるのだが、パンデミックはその逆である。


 もしパンデミックがなかったら。

 2020年以降、世界のありとあらゆる人が考えてきたことだろう。

 もし、現実改変でどうにかなるなら、どれだけ素晴らしいことか。でも、その影響の大きさが僕には恐ろしく思われるのだった。

 そもそも楓さんの言うわがままとはなんだろうか。一緒に高校生活をやり直すこと?

 こういう時は、あれこれ考えるよりも本人に問いただしてしまった方がいいだろう。

 僕はスマホを取り出し、LINEを開く。

 楓さんにメッセージを送ろうとフリック入力をはじめた途端に、僕は手首を力強く掴まれた。

「おい、島田。スマホは持ち込み禁止や。没収するぞ。お前が校則の変わった未来を知ってようが、それは関係ない」

 カミサマ大先生は呆気に取られている僕の手からスマホを奪うと、握りしめたまま、教卓へ戻り、何事もなかったかのように平井先生の代理として、漢文の授業を始めた。

 僕ということが、うっかりしていた。一度目の高校生活ではスマホを没収されたことなんてなかったのに。


 やっぱり楓さんとは直接話すしかないな。

 そう考えた僕は、授業が終わると二年二組の教室へ向かった。

 ところが、席に楓さんの姿はない。

 戦闘員デーこと加納さんを見かけたので、聞いてみると、トイレに行ったのではないかと

 のことだった。

 戻ってこないかギリギリまで粘ったものの、結局会うことはできずに僕は自分の教室へと戻った。

 ひょっとして避けられているのだろうか。そう思っても確かめる術がない。

 スマホがないだけでこんなに不便だとは思わなかった。一番の問題は楓さんと連絡が取れないことである。メッセージを送って既読無視されるのであれば、避けられているのは間違いないと確信できる。でも、そんな方法すら取れないのだ。


 そして昼休み、また二年二組の教室に行こうと席を立ったタイミングで、校内放送が流れた。

「高一の二島田、至急放送室まで来ること」

 カミサマ大先生からまたしても呼び出しだ。しかも今度は放送室。一体どういうことなんだろう。

 放送室があるのは高校校舎二階、管理校舎との連結部分である。休み時間と放課後は、放送新聞部が部室として使用していたはずだ。

 放送新聞部は、休み時間にリクエストされた音楽を流したり、不定期で「桜楠おうなん高校新聞」を発行したりしている部活である。僕の在学中に廃部になってしまったのだけれど。


「ああ、君が島田くんか。入ってくれ。放送新聞部部長の種村だ」

 放送室のドアをノックすると、黒縁眼鏡をかけた短髪の先輩が、部屋に招じ入れてくれた。

 鰻の寝床のような狭い部室は雑然としていて、奥には、分厚いデスクトップパソコンが据え付けられている。

 パソコンはホーム画面を表示していたが、僕が入るのを待っていたかのように、画面が切り替わる。映し出されたのは、カミサマ大先生の顔だ。

 まるで、オンライン授業みたいだなと思ったけど、この時代にはまだオンラインでの授業や会議はそれほど一般的ではない。一方的な通信なので、むしろデスゲームの主催者みたいだと言うべきか。

「よし、島田は来たか」

 大先生は僕が画面を見ているのを確認すると。

「島田陽に伝達する。厚東ことう楓の身柄は、我々カミサマ教団が預かった。至急、高校校舎屋上まで来ること。もし来なかった場合、厚東楓の身の安全は保障しない」

 楓さんがカミサマ教団に拉致された? 急展開すぎて思考が追いつかない。

 大先生が楓さんを拉致するとして、それは一体なんのためだろう。改変能力で雪を降らせたから? いや、それなら朝、登校した際に身柄を押さえるはずだ。

 なにはともあれ、僕はまず屋上に行かなければならない。

 でも、結局屋上に呼び出すんなら、放送室に呼び出してメッセージを見せなくてもいいのに。そこが引っかかったけれど、楓さんを拉致したことを校内放送で言うわけにはいかなかったとか、そんな理由だろうか。


 種村先輩にお礼を言って部屋を出ると、僕は一目散に階段へと向かった。二階から三階を経て屋上へと一気に駆け上がる。途中、上から来た藤沢先生とぶつかりそうになり、

「危ないやろワレ‼」と怒られたが、「ごめんなさい」と謝って先を急ぐ。

 屋上への扉のノブに手をかけると、すんなりと開いた。薄暗い階段室から視界が一気に開ける。空はすっかり晴れていて、とても朝は雪が積もっていたなんて思えない天気だ。

 屋上にも積もっていたであろう雪はとっくに溶けてなくなっている。

 学ランだと暑いくらいだ。

「やっと来たか」

 僕の足音を聞いて、こちらに背を向けていた人物が振り返る。

 少し猫背気味で背の高い、初老の男。僕を屋上に呼び出したカミサマ大先生だ。

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