第25話 雪の朝

 翌朝、スマホの着信音で目が覚めた。手に取ると、楓さんから電話だ。

「もしもし、楓さん。どうかしたんですか?」

「今起きたところ?」

「着信音で目が覚めました」

「外を見てみてよ!」

「え?」

 僕は楓さんに言われるがまま、ベッドのそばのロールカーテンを開ける。

 外に広がる景色を見て、思わず息をのんだ。

「すごい!改変能力は本当だったんだ!」

 電話越しに楓さんのはしゃいだ声が聞こえる。

 窓の外に広がる住宅街の景色は、一面雪に覆われていた。青年将校のクーデターでも起きるのかと思うほど、見事な雪景色だ。寒い。てっきり、また時間の巻き戻しが起きたのかと思ったが、日付を確認すると4月21日(火)だ。

 昨日の楓さんとの会話が脳裏でよみがえる。きっと、楓さんは自分に世界改変能力があるかどうか確かめるために、雪が降るよう願ったのだろう。そして、願いは叶った。昨日の楓さんの表現を借りるなら、答え合わせが完了したというわけだ。


 家の中の寒さに身を震わせながら階下に降りると、テレビでは臨時ニュースをやっていた。「近畿地方で積雪」とテロップが出ている。


〈鉄道会社からの情報によりますと、複数の路線で電車の遅れが発生しております。また、一部の路線では本数を減らしての運転となっているため、ご利用予定の方は事前にホームページなどで最新の情報を確認して、お出かけください〉

 

 四月下旬の近畿地方に雪が降るという前代未聞の異常気象に、世間はパニックに陥っていた。

 一度目の高校生活では、こんなことなかった。そう断言できる。

 綾は雪が珍しいのか、庭に出てはしゃいでいるのが窓越しに見えた。

 僕は朝食のパンを食べ、学ランを着ると、家を出る。

 家を出ると、アスファルトには溶けた雪がこびりついて凍っていた。


 滑らないようゆっくり歩いたので、駅まではいつもより時間がかかった。電車はやはり遅れているようだ。

 10分ほど遅れてやってきたいつもの準急電車に、楓さんは今日も乗っていた。今日も楓さんはかわいいけど、今はそれを目で楽しむどころではない。

「おはようございます。雪が積もっているのを見た時には驚きましたよ」

「陽ちゃん、怒ってない?」

「怒ってはないですよ。困惑してはいますけど」

「これって、単なる偶然ではないよね? 昨日、陽ちゃんが言ってたことが気になって、改変能力が本当のことなのか、試してみたくなっちゃったの。どうせ、明日も春らしい暖かい日になるんだろなって気持ちと、もし本当に雪が降ってたら世界は私の思うがままじゃんという気持ちが半々だった」

「僕としては、楓さんが自分の能力を試すために願ったのが、雪でよかったと思います。まずありえない異常気象ですけど、なんというか常識の範囲内なので」

「朝起きて、雪が積もっているのを確認した時には、やっぱりあれは仮定の話じゃなかったんだって思ったよ。私の能力については、カミサマ大先生から聞いたの?」

「はい、正直に伝えなきゃいけないって思ったんですけど、いざ伝えるとなると怖くなってしまって」

「わかってるよ。それも私を思ってくれてのことなんだよね?」

「それから、他にも黙っていたことがあります。カミサマ大先生も改変能力者なんです。本人いわく、今は力を失って屋上の鍵をいじるくらいしかできないらしいですけど。あと、カミサマ教団は実在してます。秘密結社も超能力も存在するんです。ただ、これは楓さんの力で生み出されたものじゃないと大先生が言ってました」

「え? 大先生も能力者なの? それなら本当に『カミサマ』じゃん」

「大先生はこうも言ってました。改変能力を使って、世界を元の2024年に戻すのは、理論的には可能だと」

「元に戻してほしい。陽ちゃんはそう言いたいのね」


 一瞬時間が止まったようだった。ここはなんと答えるべきなのか。こう答える以外に正解はないだろう。

「はい」

 時間がまた動き出した。

 遠ざかっていた電車の走行音や車内の人の話す声が再び聞こえてくる。

「確かに僕は高校時代に楓さんと出会えていなかったこと、一緒に学生生活を送れなかったことを心残りに思っています。もし、そうであればいいと何度思ったか知りません。でも、それはあくまでもIFの話なんです。僕は楓さんと過ごす令和でのささやかな生活を幸せだと感じていますし、守りたいとさえ思っています。だからこそ、僕は楓さんと未来に帰らなくちゃいけないんです」

 僕の答えに楓さんは不満げな様子だ。

「陽ちゃんが、私との令和での生活を幸せだと言ってくれたのは嬉しいよ。でも、この改変は陽ちゃんのためにやっていることじゃなくて、私自身のためにやっていること。私はそう思うの。たとえ意識してやったわけじゃないとしても」

「戻すつもりはないんですね」

「でも、安心して。せっかく世界を思うように変えれるんだもん。陽ちゃんが将来に対して思っている不安の材料も、私が取り除いてあげる。だから、私のわがままに付き合ってほしいの」

 僕はどう答えるべきだろうか。

「考えておきます」

 結局、また逃げてしまった。あいかわらずダメなやつだと自分でも思う。もし、やり直すなら、素直に受け入れるべきだし、未来に帰るならきっぱりと断る。そうすればいいだけなのに、これでは決断を先延ばしにしただけだ。

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