第24話 選択肢

 僕はふと、ベッドの脇に誰かが立っているの気が付いた。

 部屋が暗いので顔は見えない。

 だが、シルエットで馬庭先生だと分かる。そもそも今、保健室にいるのは僕と馬庭先生の二人だけだ。

「例の件で悩んでいるのですか?」

 馬庭先生が問いかける。

「例の件と言いますと」

「しらばっくれないでください。先生は全てお見通しですよ」

 その言葉の意味するところはつまり。

「馬庭先生もカミサマ大先生同様に能力者ってことですか?」

 馬庭先生が頷く。

 なんてこった。大先生は、他にも能力者がこの学校にいると言っていたけれど、こんな身近にいたなんて。

「まあ先生の場合は、現実改変能力ではなく、目を見ただけで相手の考えてることが分かる能力ですけどね。いわゆるテレパスというやつです」

「え、現実改変以外にもそんな能力があるんですか⁉」

 他にも色々と出てきそうで怖い。先生同士で異能バトルでも始まるのだろうか。

「そういうわけで、説明してもらわなくても、状況についてはわかっていますから」

 きっと一度目の学生生活でも色々見抜かれてたんだろうな。仮病と見抜いた上で休ませてあげる優しさを持った先生だけど。ベッドで考えてたえっちな妄想とか見抜かれていたらさすがに恥ずかしい。あ、先生に対面してるときにこんなこと考えるって、自白してるようなもんか。

「先生も2024年を覚えているので、島田くんとは卒業以来6年ぶりですね」

「どうもご無沙汰しております」

 僕は上半身だけ起き上がって、馬庭先生に頭を下げた。

「島田くんは、ちょっと突き詰めて考えすぎだと思いますよ」

「それは自分でも薄々感じてました」

「世界が滅ぶとか聞かされたら誰でもプレッシャーは感じるものです。でも、一人で抱え込む必要はないのですよ。大先生も人が悪いと思います。島田くんが言ったなら聞き入れるかもしれないなんて」

「率直に聞きますけど、僕はどうすればいいと思いますか?」

「島田くんは取れる選択肢は二つだと思っているみたいだけど、本当は他にも選択肢はあるのですよ。二択に絞って考えるのは危険だと思います」

 他の選択肢か。考えられるものとしては、楓さんに打ち明けるけど、そのまま二度目の青春を過ごしていくという選択肢。そして、打ち明けずに世界を元に戻すよう促す選択肢。

 考えれば他にも出てくるだろう。なんで、僕は二つに絞って考えてたんだ。

「ありがとうございます!おかげでちょっとすっきりしました」

「役に立てたのなら先生も嬉しいです。それと、島田くんが一度間違った答えを出したとしても、それで終わりじゃないと思いますから、適度に気を抜いてくださいね」

 僕は馬庭先生に見送られて保健室を出た。

 部室に戻ると、楓さんは心配そうな顔で僕を迎えた。気付けば保健室に行くために部室を出てから一時間ほど経過している。

「本当に大丈夫、無理してない?」

「ちょっと寝たら楽になりました」

「そう。なら良かったんだけど」

 僕は決意を固めて、楓さんに切り出す。

「楓さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「なに?ラブコメ計画のこと?」

「いえ、現実改変についてのことなんですけど」

「なに?ついに原因がわかった?」

「いや、そういう話ではなくて。もしもの話なんですけど、楓さんは自分に現実を改変する能力があると知ったら、どうします?」

「現実改変能力ね、なんでも自分の願望通りにできる力があったらってことでしょ」

「そうです。まあ、要するに、タイムリープや共学化が楓さんの持っている力で引き起こされていたら、という仮定です」

 さすがに、全てを打ち明けるという選択肢は僕には取れなかった。もしもの話として聞いてみて、ワンクッション置こうという作戦だ。

「世界をさらに変えてみると思う」

「へえー、なんでです?」

「自分に現実を変える力があると言われても、実際に変えるところを見ないと信じられないじゃない。だから、もしそう言われたら、私なら、『雪が降ってほしい』とかありえないこと願うわね。さすがに宇宙人が現れてほしいなんて願って、本当に攻めてこられたら困るから、まだ常識的なお願いにするわ。雪が降ったら当然困る人がいるとは思うけど、そこに関しては『この雪であまり人が困りませんように』と合わせて願ってみる。それで、実際に雪が降ったら答え合わせ完了というわけよ」

「それで、本当に雪が降ったらどうします?」

「まず驚くと思う。改変能力は本当だったんだってね。そこからどうするかとなると困るね。せっかくそんな力があるなら、男女ともに十六歳から結婚できるようにして、陽ちゃんと結婚式上げるとか、おじいちゃんの持ってる山から石油を出して大儲けとかしたいところだけど、本当に雪が降ったら、怖くなって力を使わないようにするかも」

「力を使って、元の世界に戻ろうとかは考えないんですか?」

「陽ちゃんは二度目の高校生活が楽しくないの?」

「楽しいか楽しくないかと言われたら、そりゃ楽しいに決まってますよ。でも、考えてしまうんです。もし、2015年という過去を変えてしまったら、2024年の未来では別の結果が待っているんじゃないかって」

「でも歴史の修正力ってよく言うじゃない。過去を変えてもなんだかんだ未来は元のあるべき姿に落ち着くって」

「そういうもんですかね。あと、共学校の生徒としてやり直すことで、一度目の男子校での学生生活が『なかったこと』になってしまうのが僕は怖いんです」

 僕はなんだかんだ、男子校としての桜楠おうなん高校に愛着がある。やり直してしまえば、その一度目の高校生活は果たしてどこへ消えてしまうのだろうか。

 たとえ本ばかり読んでる捻くれ陰キャだとしても、僕という人間は男子校の桜楠で学んだことで形成された人間だ。それをなかったことにするわけにはいかない。

「でもさ、今は一度目の延長線上にあると考えることもできるんじゃないかな。歴史としてはなかったことになってしまうけど、陽ちゃん自身の中にはあり続けるんじゃない?」

「それに、僕は不安なんです。このまま二度目の高校生活を続けることが。一度目より学力だって落ちてるし、このままだと成績はボロボロですよ。もし、二度目では大学受験に失敗したら? そう考えてしまうんですよ。それに5年後にはパンデミックが起こるじゃないですか。あの日々だけは二度と繰り返したくないと思うんですよね。たとえ、2,3年も経てばある程度落ち着くとはわかってはいても、誰とも会えない状況の中、一人引きこもる閉塞感なんてもうまっぴらです」

 楓さんは少し考え込むような仕草をしてから、こう言った。

「じゃあさ、もし、受験にも就活にも不安がなくて、この先の未来でパンデミック起きないなら、陽ちゃんは私と一緒にやり直してくれる?」

「それはなんとも言えませんね。実際にそうなったら、未来に戻ることよりもやり直すことを選ぶかもしれないですし、選ばないかもしれません」

 歯切れの悪い僕の返事に、楓さんは少し寂しそうな顔をした。

 僕は間違った答えを選んでしまったのかもしれない。

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