第23話 過去と現在と未来

 部室に戻ると、楓さんからは「なんの用事だったの?」と聞かれた。

 正直に答えるべきかどうか迷ってしまう。

 現実改変能力だと? 世界を滅ぼしうる力だと?

 これじゃあまるで、セカイ系じゃないか!

 中学生になっても純粋にサンタクロースを信じていた僕には荷が重い。

 もし僕が元の世界に戻すよう、楓さんに言ったなら聞き入れる可能性はある。大先生はそう言っていた。「断言はできないし、下手をすれば世界が滅ぶ」という但し付きでだが。

 これについてはどう考えればいいのだろう。メタ的に考えれば、楓さんに対して世界を元に戻すよう説得するのが僕の役目だと示されたことになる。でも、どうすれば聞き入れてくれるのか。少し考えれば答えが出るような簡単な問題ではない。

 ちょっとタイムリープして青春コンプレックスを解消し、未来に戻る。そんなパターンだと思ったのに、蓋を開けてみれば世界が滅ぶ力だのなんだの。考えているだけで頭が痛くなってくる。

 いっそすべて投げ出して、難しいことなんか考えずに、ダラダラと高校生活を楽しんでしまおう。そんな気持ちが心に芽生える。


 今、僕の目の前にある選択肢は二つ。一つは現実改変という一大事に蓋をして見ないふりをし、楓さんと高校生活を楽しむ。もう一つは、楓さんに全て打ち明けた上で、改変能力を使って世界を元の通りに戻してもらう。

 大先生は、お前の好きにしろと言っていた。どちらの選択肢を選ぶかは僕の手の中にある。前者を選ぶなら、表面上は波風が立たない。だが、僕らが高校時代に出会っていて桜楠が共学になっているのだから、また9年が経ったときに同じ未来になっているはずがない。過去を変えれば未来も変わる。それがお約束である。でも、果たしてどう変わるのか。

 ご都合主義的な設定であれば、未来はなんだかんだあるべき姿に収まるものだが、教訓めいた話だと、未来は変える前よりも悪くなってしまうことが多い。

 もしこの改変の結果、未来が悪い方向に変わってしまうのだとしたら?それは充分にありえる話である。

 一度目の高校時代の僕は、楓さんとは出会わなかったし交友範囲は狭かったが、事故にも遭わず病気もせず、平穏な高校生活を終えた。

 大学受験では希望の学部にこそ入れなかったものの、第一志望の大学に合格。大学

 進学を機に上京した。大学では小説を書こうと思い立って、創作系サークルに参加し、同人誌に小説を寄稿していた。大学時代に彼女は出来なかったが、授業やサークルで女子と話す機会があったので、男子校で過ごした分のリハビリはでき、女子への耐性も多少はついたのではないかと自分では思う。三回生の時にパンデミックが発生し、大学寮の一室に閉じこもって退屈な日々を送った。大学前半は楽しかったけど、パンデミックと就活のせいで、後半は辛いことが多かった。ぼっちだったおかげで、ある程度孤独耐性があり、メンタルを病むことはなかったが、人恋しさから結婚願望は高まった。


 就職で関西に戻り、オタク向け婚活アプリを使って人生で初めての彼女ができた。言うまでもなく楓さんのことである。もし、街でテレビ番組から声をかけられて「人生の折れ線グラフを書いてください」と言われたら、24歳の時点が一番高いグラフを書くだろう。

 振り返ってみると、華はないけど案外幸せな人生ではないだろうか。大学時代の後半はパンデミックで潰された形になるので、心残りではあるが、これは僕に限ったことではない。同世代の学生みんなに共通していることである。就活は苦労したけど、僕の場合、パンデミックで人生そのものを潰されたわけではないのだ。


 もし、過去を改変したことによって、未来が悪くなってしまうとしたらどうだろう。ひょっとしたら僕は受験に失敗するかもしれないし、就活はもっと悲惨なことになるかもしれない。感染症に罹って苦しむかもしれない。

 9年後、楓さんと付き合っていないかもしれない。

 最悪な「IF」が頭に浮かび、慌てて打ち消す。

 考えすぎだろうか。

 だが、物事は最悪の可能性というのも想定しておいた方がいいものである。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

 気が付くと、楓さんが心配した面持ちで、僕の顔を覗き込んでいた。

「体調悪いんなら、部活は中断して早く帰って休みなよ」

「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

「大丈夫じゃない人ほどそう言うもんよ。帰るほどじゃないって言うんなら、保健室で寝てきたら?」

 保健室。静かな場所だし、考え事をするにはちょうどいい環境だろう。

 そう思い立った僕は席を立つ。

「ちょっと休んできます」

 楓さんに言い残して、階段を下り、保健室へと向かった。保健室は中学校舎の一階、中庭に面したところにある。今は放課後なので、ベッドは空いているだろう。

「失礼します」

「あら、島田くん。久しぶりですね」

 保健室には、養護教諭の馬庭まにわ先生がいた。妖しい雰囲気を身にまとった年齢不詳の女性である。白衣の下のメロンは男子生徒たちの憧れの的だ。

 僕は小さい方が好きだからなんとも思わないけど。

 男子校では貴重な女性ということで、「保健室の美魔女」としてひそかに人気を集めていたが、共学になったこの世界でもそう呼ばれているのかは定かではない。

「今、ベッドって空いてますか?ちょっとしんどいんですけど」

「別に構いませんよ。顔色が悪いし、落ち着くまで寝てなさい」

 許可をもらい、区切られたベッドスペースに入る。

 こうして保健室のベッドで寝るのも久しぶりだ。高校生になってからベッドを使ったのは数えるほどだし、ちょうど9年ぶりくらいなものだろう。


 ベッドに入って、落ち着いたこともあって、僕は考えるのを再開する。

 改変について見ないふりを続けることによって巻き起こされることについてはさっき考えたから、今度は楓さんに未来を打ち明けた上で、世界を元に戻してもらう方法について考えよう。まずは打ち明けた場合に予測される反応について。

 もし、自分が巻き込まれている時間の巻き戻しだとか、現実改変だとかいったわけのわからない出来事が自分のせいだと分かったら、人はどのような反応を取るのだろう。

 まず考えられるのは困惑だ。もし僕もこの状況が自分のせいだと言われたら、まずは困惑するだろう。では、困惑の次にはなにが来るのか?


 罪悪感。たとえわざと改変したのでないにしろ、自分がふと考えたことのせいで世界が変わってしまい、予想もしない結果を招いてしまったら、その人が真面目であればあるほど、罪悪感を抱くのではなかろうか。楓さんもことあるごとに僕をからかってくるし、ラブコメみたいな青春を送ろうなんて考える人ではあるが、根は至って真面目で善良な人である。

 改変が「巻き込まれたもの」であれば、精いっぱい楽しもうとするけれど、自分自身によって、巻き起こされたものであると知れば、どうなるか。おそらく、自分一人の勝手な願望のせいで世界全体を巻き込んでしまったと自分を責めてしまうだろう。

 僕としては楓さんに罪悪感を抱かせてしまうのは本意ではない。それに、楓さんが現実を改変してしまったことについては、僕にも大いに責任があるのだ。

 タイムリープ前の会話が時間の巻き戻しを招いてしまったとすれば、一番悪いのは僕である。僕が、青春コンプレックスについて打ち明けたところから、すべては始まっているのだから。

 もし、僕が青春コンプレックスについて心に秘めたまま、口に出さなければ、あんなフラグとしか思えない発言も出なかったであろうし、時間の巻き戻しを誘発することもなかったであろう。

 まず悪いのは僕だと伝えれば、楓さんは罪悪感を抱かないでいてくれるだろうか。

 いや、むしろ庇われたと思ってしまう可能性は?

 これじゃあ堂々巡りだ。

 なにを考えても、つい最悪の可能性ばかりを考えてしまう。

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