第22話 現実改変能力

 明けて月曜日、気付けばカミサマ大先生との約束の日だ。

 眠れぬまま、タイムリープや世界改変について、考えてはみたものの、未だに答えは出ない。もはや、全てを大先生に話して指示を仰ぐしかないだろう。


 放課後、今日も部室で楓さんと今後の方針について話し合っていると、大先生が校内放送で僕の名を呼んだ。

「高一の二島田、高校職員室加美のところまで来ること」

 また呼び出しか。要件はおそらくあれのことだ。

 僕は「行ってきます」と言い残すと、高校職員室へ向かう。

 職員室に入るなり、カミサマ大先生は「島田、こっちや」と手招きした。

「ここじゃなんやから」

 大先生は僕の先に立って、職員室を出、近くの部屋の前で立ち止まった。

 連れてこられた部屋の入口横には「小会議室一〇一」と書かれたプレートがある。

 大先生は小会議室奥のソファに腰かけると、手前のソファに座るよう、僕に促した。

「どうや、話す気になったか?」

「はい、全てお話します。その代わり、先生には色々と教えてもらいたいことがあるんですが」

「わかった」

 僕は一つ深呼吸をすると、2024年2月22日の夜、タイムリープ前夜のことから話し

 始めた。あの夜、楓さんと交わした会話についても、覚えている限り話していく。

 先生は相槌をうちながら、熱心に聞いてくれている。その様子から敵意のようなものはうかがえない。

 朝起きたら桜楠が共学校になっていたこと、そして大先生から呼び出された時のことまで話した。

「タイムリープと共学化の原因はなんだと思いますか」

 率直に尋ねてみる。

厚東ことう楓の持つ現実改変能力や」

 現実改変能力。その単語を聞いた時、僕の中では「そんなまさか」という気持ちと「やっぱりか」という気持ち、その二つが湧きおこった。

「最近、あらゆる物事が厚東楓の願望に沿うように都合よく起きているとは思わへんか?」

「言われてみれば…… 。仮に、楓先輩がそんな力を持っていたとして、先生はどうしてそれが分かるんですか?」

「それはな、わしもそういう力を持っとるからや。いや、持っていたと表現した方が正しいか」

 先生も改変能力者?どういうことだ。さっぱり意味が分からない。

「にわかには信じがたいかもしれへんが、この世界には改変能力という特殊な能力を持った人間が存在する。自身の願望に沿うて、現実を改変することができる、『神』とでも言うべき存在。わしや厚東楓はそのうちの一人や。そうや、わしの力の例を教えてやろう。この前呼び出した時やが、屋上の鍵について不思議に思ったことはなかったか?」

「そう言えば、オートロックみたいに勝手に施錠されてました」

「あれがわしの力や。今はさすがに大掛かりな改変はできへんが、屋上の鍵を操作するくらいのことはできる」

 鍵についての疑問は解けたけど、改変能力の使い道としては随分地味だ。

「では先生が改変能力者だとして、なんで楓先輩が同じ能力者だと見抜けるんですか?」

「能力者特有の勘とでも言うた方がええかな。共学になった朝、わしは生徒の中に犯人がおるに違いないと思って、自ら立ち番を買って出た。そして、お前らが入ってきた時、直感的にこいつらが犯人や、そう確信した。まさか厚東楓がわしの担任するクラスに入ってくるとは思わんかったがな」

 スタンド使いは引かれ合う、みたいな感じだろう。てか、あの時大先生が珍しく立ち番していたのも偶然ではなかったのか。

「それで楓先輩も能力者なら、楓先輩の方だって、先生が能力者だってことに気付くはずじゃないですかね。楓先輩はそんなこと一言も言ってませんでしたよ」

「そりゃそうや。あいつは自分が能力者やと自覚してへんのやもの。同類を見抜くのは、自らが能力者やと自覚せん限り不可能や」

「つまり、楓先輩は自らの改変能力を自覚せずに力を行使して、タイムリープや現実改変を巻き起こしたと」

「そういうことになるな。ただ、タイムリープというよりは、時間の巻き戻しと表現した方が正確か。なぜなら、お前たち二人の意識だけが2024年から2015年に戻ってきたんやなくて、2024年2月22日の次の日が2015年4月13日になったんやからなあ」

「はあ⁉」

 思わず大きな声が出てしまった。

「あ、すいません。驚いたのでつい」

「驚くのも無理はない。つまり、タイムリープと現実改変という別の事象があるのではなく、全部ひっくるめて現実改変なんや。分かるか?」

「はい、まだ受け入れがたいですけど」

 つまり、タイムリープだという前提からして間違っていたのか?

 道理で答えが見えないわけだ。

「でも、巻き戻したんなら、また早送りすればいい話じゃないですか。2015年4月20日の翌日を2024年2月23日にして」

「理論上はそれも可能や。せやけど、ほんまにそれができるか?」

 大先生は筆ペンを手に取ると、手元の紙にささっと書きつけて、僕に渡した。

 かわいらしい丸文字である。ギャップが半端ないな。

「何者言之易而行之難」

 そう書いてある。そういやこの人は漢文の先生だった。

「読んでみい」

「何者もこれを言うはやすく行うはかたし」

「アホか! 何者ではなく、何となればや。それはさておき、意味は分かるわな?」

「口で言うのは簡単だが、実行するのは難しいってことですよね」

「その通りや。巻き戻した分の時間を早送りするのはそう簡単なことやないぞ」

「それで、話は戻りますけど、巻き戻したってことは、先生も2024年を経験してるってことですよね」

「そうや。わしに限らず、世界のすべての人間が2024年2月23日までを経験しとる。それは一学生もどこかの大統領もみな平等や。ただし、わしやお前たち以外はその記憶を持っとらん。もっとも、この学校には改変能力を持っとるやつがわし以外にもおるからな。確かめたわけやないが、おそらく気付いとるやろう。せや、わしが未来を知っとる証拠に未来の流行語を言うてやろう」

 大先生はそう言うと立ち上がり、開いた右手を前に突き出すポーズを取った。

「時を戻そう」

 狭い部屋が一瞬、沈黙で満たされる。

「どうや、これでわしも2024年までの未来を経験していると信じたやろ」

「信じましたけど、それだいぶ昔のネタですよ。こういう時って普通は2024年に流行ったものをやるんじゃ…… 」

「ごちゃごちゃやかましいわアホンダラ。せっかく未来の流行語の中から状況にぴったりなやつを選び出してやったのに。おもろなくてもせめて笑うなりせえ」

 え、今の笑ってよかったの。むしろ驚いてしまって、どんな反応すればいいのか分からなかった。というか、現実改変能力で時間を巻き戻した話を聞かされた後だと冗談に聞こえないから、笑えない。

「話は変わるが、もう一人の異分子である鳳至ふげし小百合については現在調査中や」

 大先生は何事もなかったようにまたソファに腰かける。

「先生はこの改変についてどう思いますか」

「これ以上好き勝手に変えられん限り、しゃあないと思うとる」

 意外だった。てっきり責任取って元に戻せとか言われると思ったのに。

「さっきも言うたが、一度改変したものを元に戻すのはそう簡単やない。わしとしては桜楠おうなんを男子校に戻したいところやが、あいにくわしも年や。改変能力が衰えたわしにはよう戻せへん。もしそんな力があったら、2017年の共学化も阻止できとるわ。せやけど、わしの代わりに厚東ことう楓に戻してもらおうとも思わん。あいつも悪気があってしよったわけやないからな。戻せと言うて、自棄やけを起こされるリスクを考えると、戻せなんてよう言わん」

「では、もし僕が戻せと言ったならどうなると思います?」

「聞き入れる可能性はあるやろうな。だが断言はできん。下手するとこの世界が滅ぶ可能性がある」

「世界が滅ぶ⁉」

「その通り、この力は世界の運命すら左右できる恐ろしい力や。使い方を間違えると大変なことになる。それだけはくれぐれも忘れへんように。例えばや、この力を持っている人間が、こんな世界なんかいらんと思うたらどうなるか。それくらいは説明せんでもわかるやろ」

 僕はこくこくと頷く。

「それにしてもカミサマ教団の戦闘員どもが全員女になるとは思わんかったわい」

 世界が滅ぶだのなんだの聞かされて理解が追いついていないが、大先生の口からはさらに聞き捨てならない言葉が発せられた。

「カミサマ教団?映画の中の存在じゃなかったんですか?」

「実在しとるぞ。それも自然発生であって、現実改変の力で生み出されたものやない」

 そう聞いて一安心した。もしや、楓さんが悪の秘密結社的な存在が欲しいと思ったことで、現実化したんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだ。自然発生ってことはきっと、映画の真似をしているか、単に先生の取り巻きをしているだけだろう。

「なにやら勘違いしとる様子やな。ちょうど用事のあるやつがおるし、ここに呼び出して見せたろか」

 大先生はスマホを取り出すと、こう語りかけた。

「ヘイ、シリ! 戦闘員デーを呼べ」

 案外ハイテクな呼び出し方だ。

「カノウヤスミさんに、電話をかけています」

 自動音声がそう告げる。戦闘員Dさん、思いっきり本名バレてるよ?

「Dか。至急一〇一号室まで来い」

 うーん、カミサマ教団が実在するって聞いた後だと、この部屋の名前が偶然だとは思えなくなってきたな。ひょっとして僕、この後拷問されちゃうの?

 ふと振り返ると、入ってきたドアの裏には「BIG TEACHER IS WATCHING YOU」と書かれたポスターが貼られていた。ご丁寧に大先生の顔写真入りである。

 僕が身の危険を感じたその時、そのドアが外からノックされた。

「カミサマ教団は?」

 大先生が問う。合言葉だろうか。いかにも秘密結社じみている。

「偉大なり」

 即座に返事が返ってきた。

「よし入れ」

 ドアが内側に開き、現れたのはピストルを右手に持った小柄な女子生徒。小動物みたいでかわいらしい雰囲気だが、改変前はどんな男子だったのだろう。

 というか、ヤバい、ヤバいってこの状況。やっぱり僕拷問されちゃうのか。

 女子生徒―― カノウさんは僕を一瞥すると、背筋が凍りつくようなことを言った。

「大先生、この者をいかようにして処分すればよろしいでしょうか」

 処分ってなんだよ。不穏すぎるよ!

「いや、その必要はない」

「よろしいのですか?では、私は一体なんのために」

「わしが用事あるんはお前や。わしの弁当勝手に食ったやろ」

「私じゃないです!動物園から逃げ出したサメが食べたんです!」

 カノウさん、ごまかすの下手すぎか?動物のせいにするとしても普通は野良猫かカラスだろ。なんだよサメって。B級映画じゃあるまいし、逃げてくるにしても水族館だろ。

「嘘つくな!カミサマ弁当追跡システムを甘く見るなよ」

 え、それも実在しとったんかい!映画のままだなほんとに。

 ちなみにカミサマ弁当追跡システムとは、大先生が所有する人工衛星を活用して、弁当を勝手に食ったやつを見つけるためのシステムである。映画ではそう説明されていた。

 カノウさんは観念したようで、財布からお札を出すと床に頭をこすりつけて土下座した。

 ちなみにお札は岩倉具視いわくらともみの五百円札だ。情報量が多すぎる。

 どこからツッコめばいいのやら。

「弁償しますから、どうか許してください!」

「弁償せんでもええ。その代わり、百人一首を全部言え」

 そこは漢文じゃないのか。漢文の先生なんだし、漢文にしようよ。

「え、えっと、分け入っても、分け入っても、青い山!」

「アホ!それは山頭火さんとうかや。百人一首が自由律でどないすんねん。おい、百人一首はもうええから、これを首から下げてこの部屋の前に立っとけ」

 大先生は呆れたように言うと、ソファの後ろの壁に立てかけてあった板をカノウさんに渡した。板には「私はカミサマ大先生の弁当を食べました」との文字が書かれている。

 一体、僕はなにを見せられているんだ。微妙な出来の漫才か?

「あ、島田。これでカミサマ教団がどういうものか分かったやろ。もうわしに聞きたいことがないなら帰ってええぞ」

 わかるどころか謎は一層深まったし、ツッコみたいことなら山ほどあるが、とりあえずはこの部屋を出よう。

「では、失礼します」

 僕が一礼をして部屋を出ようとすると、大先生は僕を呼び止めた。

「あ、一つ言い忘れとったことがある。改変能力について、厚東楓本人に知らせて、この後どうするかは、お前の好きにしたらええ。その代わり、結果には責任を持て」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る