第19話 炭酸水と間接キス

「デートの食事がマクドで良かったんですか?」

 向かいの席に座って、大きめのハンバーガーを頬張る楓さんに僕は問いかける。

 僕らが今いるのはアピア内にあるハンバーガーチェーン、その店外にある開放的なテーブルである。

「ちょうど食べたい気分だったの。それとも陽ちゃんはマクド嫌いなの?」

「いや、僕もマクドは好きですよ。でも、ハンバーガーとか牛丼ってデートの食事に選ぶと女性からは幻滅されるみたいなのはよく聞くじゃないですか」

「社会人ならそうかもしれないけど、学生デートなら、それっぽくていいんじゃないの。気取らない感じがして。むしろ、私、こういう経験ないから憧れてたのよね」

「そういうもんですかね。よく分からないですけど」

 あー、でも、楓さんって一度目では女子校の優等生だったわけだし、確かに学校帰りにマクド寄るなんて経験とも無縁そうではあるよなあ。

「この後、どうする?」

「もう一駅歩けば図書館、さらに一駅歩けば競馬場ですけど、不思議なものが見つかりそうな気はしないですね。図書館デートも個人的には大歓迎ですけど」

「陽ちゃんの家とか行っちゃダメかな?」

「別に構いませんけど。両親は海外で、今日は妹もいませんし」

「え⁉陽ちゃんのご両親って海外にいるの⁉」

「言ってませんでしたっけ。高校の頃、仕事でシンガポールに赴任した父さんに母さんがついていってたんですよ」

「両親不在でかわいい妹と二人暮らしなんて、ほんとラノベ主人公だよね、陽ちゃんって」

「そこだけ見れば主人公みたいですけど、あくまでモブですよ僕は」

「いやいや、自覚しなよ。君は主人公なんだって。私というヒロインが見込んだ男なんだから間違いないよ」

「自分でヒロインって言っちゃうんですか。確かに楓さんはかわいくて積極的だし、ヒロインの資格充分ですけど」

「それを言うなら陽ちゃんも平凡とか言いつつ顔は普通にいい方だし、頼りないように見えていざという時は頑張ってくれるし、主人公の資格充分だと思うけどな」


 そう言うと楓さんは、二人のちょうど真ん中にある飲み物のカップを手に取った。

 それ、僕のなんだけど。そう指摘する間もなく、楓さんはストローをくわえる。

 次の瞬間、(>_<) の顔文字みたいな表情になった。

 どうやら炭酸に弱いらしい。タイムリープ前はあんなにお酒飲んでたのに、そっちの耐性は別なのだろうか。

「なんで⁉オレンジジュース頼んだはずなのに炭酸入ってる⁉」

「楓さん、それ僕のメロンソーダです。紛らわしい位置に置いた僕が悪いんですけど」

「あ…… ごめん。ちょっと飲んじゃったから、お詫びに私のオレンジジュースあげる。好きなだけ飲んで」

 楓さんがカップを押し付けてきた。

 断るのも失礼な気がしたので、一口飲んで返す。

「そんだけでいいの?」

「今はあんまり喉乾いてないんで」

 楓さんは僕から返されたカップのストローに口を付けようとしたところで、動きが止まった。心なしか頬が赤い。

「よく考えたら、さっきの間接キスじゃない?」

「確かに思い返すとそうですね」

 タイムリープで高校生に戻ってるとはいえ、僕らの中身は一応二十代の大人なのだ。

 間接キスでいちいち騒ぐ年頃じゃないと、理性ではわかっている。

 しかし、そうした経験の少なさゆえにわざわざ指摘されると気になってしまうのもまた事実なのだ。

 微妙に気まずい沈黙が続く。

「ちゅ、中学生じゃあるまいし、か、間接キスくらいどうってことも…… 」

 沈黙を打ち破るかのように楓さんが「気にしていない」との意を表明するが、顔はさっきよりも赤いし、声も裏返っている。

 めっちゃ気にしとるやん。

 僕より年上だからと大人ぶって見せてるけど、恋愛に関しては僕と同じくらい不慣れで不器用な女の子。上から目線が多いのはきっと自信のなさの裏返しなのだ。

 きっと僕も赤くなっていることだろうが、自分のことは棚に上げて、楓さんの新たな一面を満喫しながら、僕はメロンソーダをすするのだった。

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