第20話 お家デートからのお泊り

 食事を終えて、来た道を宝塚南口方面へ戻り、歩くこと二十分。山の斜面に造成された住宅地にある僕の自宅に辿り着いた。

 築15年、僕が産まれるのを機に両親が建てた、木造二階建てのごくごく普通の一軒家だ。9年後の未来では楓さんも訪れたことがあるが、この時代で来るのは初めてである。

 将来、僕と楓さんが結婚して子供が産まれたら、両親は駅前のマンションにでも移って、僕らがここに住もうなんて気の早い話も、9年後ではしていた。

「お邪魔しまーす」

 先に入ろうとする楓さんを制して、まずやらないといけないのはホームセキュリティーの解除だ。

「外観は9年後とそんなに変わったようには見えなかったけど、中は随分変わったんだね」

「そりゃ色々とありましたからね。まず、両親が日本に帰ってきましたし、僕は大学進学で一旦家を出てまた戻ってきて、綾も大学生になりましたから」

 9年もの月日が流れれば、当然家族だって色々変わる。その家族を入れる「家」という器だって変わるのが当然だろう。

「せっかくおうちに来たんだから、まずは陽ちゃんの部屋を見たいよね」

「家に呼んだ時点でそれくらい想定済みですよ」

 今さら見られてまずいものもないので、楓さんの先に立って二階へと上り、自室へと招じ入れる。

「確かに家具の配置とか全然違うね。そりゃ起きてすぐに気付くはずだわ」

 部屋の中を見るなり、楓さんはそんな反応を漏らした。

 楓さんの視線は、そのまま室内の本棚へと向かう。

「なるほど、これが高一の陽ちゃんの蔵書ね」

 本棚に並ぶラノベやマンガはもちろん2015年時点のもの。9年後の未来では20巻

 を超えてやっと完結したばかりのシリーズもまだ10巻だったりする。

「やっぱり元の時代と比べて蔵書がかなり少ないわね」

「そりゃそうですよ。高校生の財力だとなかなか買えませんし。ほんと社会人の財力が懐かしいです」

「でも、いざいくらでも買える財力を手に入れたと思ったら、今度は読む時間が無くなるのよね」

 楓さんが悲痛に満ちた声でそう漏らす。未来での社畜生活を思い出しているのか、その目は死んでいる。この人、基本ポジティブなのに、たまに闇を見せるんだよね。ここは話題を変えた方がいいだろう。

「読んだことないのがあるなら貸しますよ」

「え、ほんと?じゃあ、これとこれ借りようかな。ラブコメ研の活動に生かすためにもやっぱりラブコメを読まないとね!」

 楓さんはそう言いつつ、本棚からラノベやマンガを抜き取っていく。

「他に面白そうなもんないかなー」


 本棚を一通り物色し終わると、楓さんの視線は勉強机の方に向いた。

 なんか嫌な予感がする。本当に見られたら困るものはないんだけど、ちょっと見られたくない程度のものなら、ここにあるのだ。

 楓さんは、机の上に建てられた何冊ものノートへと指を伸ばすと、迷うことなく一冊を引き抜いた。その表紙には「設定集」と書き込まれている。

 普通のノートに紛れ込ませているからバレないかと思っていたけど、楓さんの嗅覚はさすがだ。

「これはなに?」

 楓さんがわくわくとした目をノートに向ける。

「えーと、これはですね、書きたい小説の世界観とかキャラの設定をひたすら書き連ねていたんですよ」

「実際に書かなかったの?」

「結局、書くより設定考える方が楽しくなっちゃったんでしょうね。今は勉強が大変だから、本格的に書きはじめるのは大学受験が終わってからにしよう、なんて後回しにして結局書かなかったんですよ」

 高校時代の僕は、「小説家になりたい」なんて思いつつも、なにかと理由をつけて結局書かないタイプのワナビだったのだ。実際に手を動かしてみることで自分の至らなさを突きつけられるのが怖かったんだと思う。

 大学に入ってからは一念発起し、創作系サークルに入って小説を書き、同人誌に載せたりもしたけど、そうなってようやく自分の実力のなさを思い知らされたのだ。

「たとえ下手でも高校時代から書いておけば、大学生の時点でもうちょっと書けるようになってたかもしれませんね」

「そう思うんならさ、今から書いてみればいいじゃん。今の陽ちゃんは一度目の陽ちゃんよりも色々なことを経験してるし、色々な作品にだって触れてるんだから、一度目の陽ちゃんより面白いものを書けるかもしれないよ?」

「そうは言いますけども」

「せっかく高校生活をやり直してるんだからさ、前回できなかったことをやるのが一番だと思うんだよね」

 僕は設定ノートを開いて読んでみる。

 高校以降も多くの作品に触れ、一応自分でも書くようになった身から見ると、荒唐無稽だし、面白いかといわれたら面白くない。

 どうせ書いてみるのなら、今の僕が面白いと思えるような作品を書いてみよう。ただし、懸案事項が一つある。

 もし、書いている途中で未来に帰ることになったら?

 アイデアくらいは覚えておけるだろうが、その時点で書いていたものは未来に持って行くことができない。

 印刷して分かりやすいところにしまっておけば、戻った先の未来で発掘して続きを書けるだろうか。

 この手が使えるかどうかは、僕らが戻る先の未来が改変前の元いた未来なのか、改変後の世界にそのまま繋がった未来なのかに左右される。

 こんな風に考えた結果、「書かない」という選択肢を取ってしまうのが僕の悪いところだ

 9年間で自分自身も変わったと思ったけれど、本質的なところではなんら変わっていないのかもしれない。こんな感じではそりゃ、タイムリープしたところで無双するなんて夢のまた夢だろう。


 僕の部屋を漁った後も楓さんは帰ることなくずるずると居続け、気付くと、外はすっかり暗くなっていた。

 宝塚南口駅前のバス時刻表を表示した画面を見せながら、楓さんが嬉しそうに言う。

「終バス、なくなっちゃったね」

「部下にお持ち帰りされたい女上司ですかあなたは」

 南口からのバスが終わっていても、宝塚駅まで行けば、楓さんが住むニュータウンへのバスはまだあるのだが、それを指摘するのは無粋というものだろう。

「私がなにを言いたいのかわかるよね?」

「わかりますよ。泊めてほしいんですよね。だから50巻以上あるラブコメマンガをイチから読みだしたんでしょうけど。楓さんの方は大丈夫なんですか、外泊して」

「そっちは問題ないよ。ママはパパの単身赴任先にお世話しに行って不在だし、着替えも持ってきてるから」

「ほんと用意周到ですね。てか、楓さんって両親のことパパママって呼ぶんだ」

 僕の言葉に楓さんが顔を林檎のように赤くする。

「い、今のは忘れて!普段は父上母上って呼んでるから!」

「別に年齢がいくつだろうとパパママって呼んでてもいいと思いますね。ギャップ萌えでかわいいですし」

 てか、フォローがフォローになってないどころか、余計に面白くなっている気がするのだが。今時、父上母上って旧家のご令嬢くらいしか使わんだろう。

「あ、言うの忘れてたけど、今日のお泊りについて綾ちゃんの了解は得てるから安心して」

 話題を逸らすためか、楓さんは外堀を埋めた報告をしてきた。

 いや、綾が承諾したということは、もはやお泊りになんの支障もないわけで、既に内堀も埋まっていることになるか。気分は大坂夏の陣だ。

 ここで討ち死にする覚悟もプライドも僕にはないので、あっさり白旗を上げる。

 海外赴任で両親不在、同居するのは妹だけというラノベみたいな家庭環境がこうも早く活用されるとは。

 同居が突然はじまっても驚かないぞ。いや、さすがに驚くかな。

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