第16話 オタクに優しいギャル
転校生で幼馴染の
というわけで、昼休み、僕は楓さん、鳳至とともに食堂で机を囲んでいる。
僕の隣に楓さん、向かいに鳳至という構図だ。
「陽ちゃんの彼女の
楓さんは年上の余裕を見せつけるかのように、鳳至に向かって右手を突き出す。
一見友好的に握手を求めているようだが、目は笑っていない。彼氏に手を出したら承知しないぞという
「かえでっち、こちらこそよろしく‼」
鳳至が楓さんの手を握り返して、力強くブンブンと揺さぶる。
初対面とは思えない馴れ馴れしさに、さすがの楓さんもちょっとたじろぐ。
だが、すぐ立ち直って質問をぶつけた。
「鳳至さん、気になることがあるのだけれど、なんでこんな時期に転入してきたの?」
「えーと、その話なんだけど、家庭の事情というか…… 」
こっちを圧倒するくらいはきはきと話していた鳳至が、転入理由について、楓さんから聞かれた途端に、言葉を濁す。この質問は地雷だったようだ。
「話したくないことなら、無理に話さなくても大丈夫よ。ごめんね、そうとも知らず」
「いいっていいって。かえでっちもわざとじゃないんだし。それで、私の方からも聞きたいんだけど、かえでっちの方はなんでこの学校を選んだの?」
「なんでって、陽ちゃんがいるからに決まってるわ!」
楓さんがつつましやかな胸を張って、自信満々に答える。
でしょうね。同じ学校に通いたいと言ったのが、現実改変のきっかけっぽいし。
「ふーん。でも、かえでっちの方が先輩だから、この学校には先に入ってるはずだよね。矛盾しない?」
鳳至が怪訝そうに楓さんを見る。しまった、そこら辺について情報を整理すんの忘れてたわ。
「さっきのは、じょ、冗談よ。この学校を選んで受験したのは、親に勧められたからね。その後、陽ちゃんに出会うことができたから、結果的にはそれでよかったと思ってるけど」
楓さんが僕にアイコンタクトを取ってくる。話を合わせろという意思表示だろう。
「つまり、二人の出会いはこの学校に入ってからってことでいいんだよね?」
「そ、そうだね。通学の電車が一緒で、楓さんの方から声をかけられたのがきっかけで仲良くなったんだ」
「そうなると、かえでっちよりもあたしの方が、島田っちとの付き合いは長いってことになるよね?」
なんでそこでマウントを取るんだ?
楓さんの瞳がスッと冷たくなる。それでも表面上は笑顔なので恐ろしい。
「確かに私の方が陽ちゃんと知り合ってからの年月は短いけど、大事なのは時間の長さよりも密度だよね。鳳至さん、あなたは陽ちゃんとキスした? えっch…… 」
女子高生が白昼堂々口にしていいとは思えない単語が出かけたので、慌てて楓さんの口を手でふさぐ。
「え、二人ともそこまで進んでんの? うわー、人って見かけによらないんだね」
鳳至が驚いたように口に手を当てる。その顔は少し赤い。
「いや、誤解だぞ。いたって健全な高校生らしい清らかな関係だ。そこは信じてほしい」
鳳至が僕の弁明をすんなり信じたかはわからない。でも、タイムリープ後どころか、元いた未来ですら僕らは一度もキスも×× もしてないんだよ。傍から見たらどうなのかはわからないけど、僕自身としては高校生らしいお付き合いをしているつもりだ。
「ま、そうだよね。そうなんじゃないかと思ったわ。さっき出かけた単語は漫画とかで知ったってことっしょ?」
「う、うん。そうよ。って言っても、未成年だからえっちなのは読んだことないけどね」
タイムリープしてきたので、精神年齢は大人なんだし、読んだって問題ないとは思うが、一応律義に守ってはいる。
「ところで、クラスのみんなから聞いたんだけど、島田っちってオタクなんだよね?」
鳳至の話の矛先は、突然僕の方に向いた。
「うん、そうだけど。それがなにか?」
「すごいと思う。マジ尊敬するわ」
「は?どうしたの突然」
「好きなもののために自分たちで同好会つくるんっしょ?マジ熱いし、かっこいいじゃん。あたしはそういうの詳しくないけど、応援してる!」
「お、おう。ありがとな」
なんか応援されてしまった。ほんとはラブコメ研の言い出しっぺは楓さんなのだが、どういうわけか、噂では僕がつくろうとしていることになっているらしい。
そして、放課後。帰りの電車内で楓さんが尋ねてきた。
「ねえ、鳳至さんとはどういう関係なの」
「単に幼稚園と小学校が同じで、親同士の仲が良かっただけですよ」
「幼馴染かあ。これは強力なライバルになりそうね」
幼馴染。ラブコメのヒロインとしては定番中の定番だろう。だが、現実では親の仲がいいだけで、子ども同士は成長するにつれて疎遠になったりするものだ。
「まあ、幼馴染は負けフラグって言いますし、楓さんの敵ではありませんよ」
「本当にそうかしら。最近は幼馴染が勝つのも多いし、油断ならないわ」
「何度も言ってますけど、僕は楓さん一筋ですから。恋の駆け引きなんてそもそも起こりようがありませんよ。一対一ラブコメだって、幼馴染が勝つのと同じように流行ってますよね?」
「ところで、鳳至さんってあんなギャルっぽい見た目なのに、陽ちゃんみたいなオタクにも優しいのね。オタクに優しいギャルって実在したんだ!」
「あれは優しいとは違うと思いますけどね。たまたま再会した幼馴染をからかって楽しんでいるだけというか。そもそもオタクに優しいギャルなんて架空の生き物なんですよ。それに比べれば、まだヒバゴンの方が現実的だと思います」
ちなみに、ヒバゴンとは昭和の時代に広島県で目撃された、ゴリラのような未確認生物である。
「じゃあ、広島にヒバゴン探しに行く?」
楓さんから斜め上の返しが来た。
「なんでそうなるんですか。ヒバゴンはあくまでも、存在しないであろうものの例えですって」
「オタクに優しいギャルがいるなら、ヒバゴンがいたっておかしくないんじゃない?」
なんか嫌な予感がする。ふと手に持ったスマホに目を移すと、ニュース記事が目に飛び込んできた
『広島県
そんな文字が目に入る。言ったそばからこれかよ。
うーん、まずいことになったなあ。発言には気を付けようって言ったばかりなのに。
とはいえ、庄原市ならここから遠いし、わざわざ探しに行かなければ、遭遇することはあるまい。
それよりもうっかり、宇宙人とか異世界人とか口にしないよう気を付けるべきだろう。
これ以上、意味不明なことが起きられても困るのだ。
楓さんがヒバゴンのニュースに気付かないよう、別の話題を振ってみる。
「そう言えば、楓さんたちは明日球技大会なんでしたっけ。高一は遠足なんですけど」
「そうなのよ。私も一緒に遠足行きたかったな」
「学年が違うと、こういうイベントを一緒に楽しめないのが残念ですよね」
「本当に。六月の修学旅行もできることなら陽ちゃんを連れて行きたいもんだわ。ところで、明日の遠足の行き先ってどこなの?」
「京都です。御所とか三十三間堂とかを見て回る感じですね」
「京都いいなあ。陽ちゃんと京都デートしたい」
「あまり暑くならないうちに行けたらいいですね」
「そういや京都って、学園モノのマンガだと往々にして修学旅行の行き先になるよね。私たち関西人にとっては、日帰り遠足のイメージだけど」
「確かにそうですね。実際のところ、東京の高校でも行き先が京都ばかりとも限らないんでしょうけど」
「聖地が京都と滋賀なのに修学旅行で京都に行ってるアニメもあったけど、あれはどういうことなんだろうね」
「あれは詳しいこと気にしたらダメなやつですね。そのおかげで、聖地は回りやすい場所に固まってる訳ですが」
「京都で聖地巡礼デートなんてのもいいかもね」
「考えておきますよ」
目の前の問題が片付いていないのでイマイチ乗り気になれないが、あまり暑くない時期に楓さんとの京都デートははしておきたいと思う。
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