第17話 ラブコメ研究会、始動

 一日おいて4月18日(土)。

 桜楠おうなん高校は土曜日も授業がある。

 土曜日は今津線に準急が走らないので、近い時間の普通電車で落ち合って登校した。

 会うなりさっそく、楓さんからは遠足のことを聞かれる。

「昨日の遠足はどうだった?」

「普通に寺社仏閣見て終わりましたね。二度目なので目新しさはなかったです。昼は同じ班の九条や鳳至ふげしと食べましたけど、特筆すべき事件もありませんでしたね」

「本当に?同じ学年だけでの遠足っていうのは、クラスメイトとの仲を深めて学年の違うヒロインに差をつけるためのイベントだからね。ここぞとばかりにその二人がアプローチしてきたんじゃないの?」

「そういうのじゃありませんから!いくらなんでも思考回路をラブコメに支配されすぎですよ。というか、今さらっと九条もヒロインの勘定に入れてませんでしたか?」

「だって、九条くんかっこかわいいし、友人枠じゃなくてヒロイン枠に入っても不思議じゃない感じだから…… 」

「九条は確かに見てくれはいいですけど、あくまでも男友だちですよ。それに、鳳至もせいぜい友だち止まりですから。僕にとってのヒロインは楓さんだけです」

「陽ちゃんったら、こういうことを平然と言えるのがズルいところなのよね。ハーレムよりも一途なのが好まれる今どきのラブコメ主人公って感じでいいんじゃないかしら」

 またそれか。確かに令和では平成と比べると一対一のラブコメが流行っていたけども。


 授業は午前中で終わり。4時間目は恵那先生による現代文の授業だ。

「島田、ちょっと来い」

 授業が終わると、先生は僕を手招きした。

「ラブコメ研についてやがな、認められることになったわ。色々話すこともあるので、終礼後、厚東ことうや九条と一緒に職員室まで来なさい」

 認められるの早っ! 三日も経ってないじゃん。恵那先生が裏で手を回してくれたのだろうか。


 言われたとおり、三人で職員室へ向かうと、恵那先生は笑顔で迎えてくれた。

「もう知っとうはずやが、ラブコメ研究会はこの度、同好会として無事認められることになった。部室はちょうど空いとうとこを確保できたから、そこを使うように」

「「「ありがとうございます!」」」

 三人そろって頭を下げる。

「君ら、昼飯まだやろ。設立記念に先生が奢ったるわ」

 学校から十分ほど歩き、連れてこられたのは駅前の和食チェーン店。某アイドルゲームのもやしが大好きなキャラクターと名前が同じということで、誕生日には多くのオタクが集まる、いわゆる聖地だ。

 ちなみに僕は一度目の学生生活では一度も来ることがなかった。

 お金なかったからなあ。

「1000円以下ならなんでも好きなん頼んでええねんで」

 そうは言われても、お高めのメニューを頼むのはためらわれる。僕は悩んだ末、生姜焼き定食(630円)を頼んだ。気持ちは他の二人も同じようで、楓さんはカツ丼(680円)、九条はサバの味噌煮定食(630円)をチョイス。

「みんな遠慮しとるんか?高校生の財力やと普段あんま高いもん食べれへんからな。こういう時くらい厚意に甘えたらええねんで」

「いえいえ、僕らはたまたまこれが食べたかっただけですので。ですよね、楓先輩、九条!」

 僕の言葉に二人がこくこくと頷く。

「それやったら別にかまへんけど。まあ、先生としては正直ありがたいかな。嫁さんに財布握られとうから」

 そう言いつつも、先生は一番高いステーキ定食をちゃっかり頼んでいる。これだけ1000円オーバー。まあ、贅沢したくなる時だってあるだろう、人間だもの。

 

 昼食後は学校に戻り、恵那先生がラブコメ研用に押さえてくれた部室へと向かう。

 中学校舎と高校校舎を連結するように建てられた、三階建ての部室棟。いくつもの極小部室に加えて、美術室、技術室、音楽室が入っている。

 ラブコメ研用に確保された部室があるのはその三階。文化部の部室が集められた一画だ。

「狭くない?」

 部室を一目見るなり、楓さんがポツリとつぶやいた。目の前にある部室の広さは大体三畳といったところだろう。

 三畳一間の小さな部室。今はなにも置かれていないが、机を置いたらかなり窮屈になりそうだ。あなたの優しさよりも部屋のキャパシティが怖い。

 というか、中小の部活が獲得のためにしのぎを削っているはずの部室が運よく「空いてる」状況がまず怖いんですけど。事故物件なの? 大島〇るで確認しておいた方がいいんじゃないか。

「まあでも、縦に細長い野クルの部室に比べれば、まだなんとかなりそうじゃない?」

「比較対象が極端すぎませんか」

 そもそもあれは部室じゃなく用具入れとしてつくられた部屋だったはずだ。

 というか、あの漫画も2015年4月時点だとまだ出てないよね。九条も聞いてるとこ

 ろで、さらっと未来の作品の話を出さないでほしい。

「狭いとしても四畳半くらいは欲しかったよね。四畳半じゃないとフォークも神話も生まれないじゃん」

「その四畳半は部室ではなく生活空間の広さなんですけど」

 てか、この狭さに二人住むって、昔の貧乏学生ヤバくない?

「人数分の机といすを置いたら窮屈だから机は一個にしようかしら」

「それでいいんじゃないですか。作業をする時に交代で使うということで」

「でもなあ、ラブコメ研を名乗ってるくらいだし、マンガとラノベを並べた本棚くらいは欲しかったな」

「それは仕方ないですよ。本棚というものはただでさえ場所を取るんですから。この広さだと無理ですよ」

 僕の脳裏には大学時代に所属していた創作系サークルの部室が思い浮かんでいた。片方の壁に沿って、背の高い本棚が置かれ、中央に長方形のテーブル、奥の窓際にモニターが置かれた、奥行きのある部室。

 大学だけあってあの部室は結構な広さがあったよな。

 お嬢様学校でもない単なる私立中高にそんな部室を求めるのは、さすがに無理というものだろう。


 勉強机を一つとパイプ椅子三つを運び込み、最低限の設備が整ったところで、楓さんが宣言する。

「では、ただいまから、ラブコメ研究会設立記念会議を執り行います。起立! 国歌斉唱!」

 え、今から歌うの? まあ構わないけど。

 国歌を歌い終わると、次は桜楠高校校歌だ。二番まであるのだが、さすがに長くなるので、一番が終わったところで打ち切る。

「あの、これってさすがに初回だけですよね?」

「え、毎回やった方がいい?」

「愛国心と愛校心が篤いのは結構ですけど、式典みたいなのを毎回やってたら、時間がいくらあっても足りませんよ!」

「私としては設立記念のスピーチも用意してきてたんだけど」

「いりませんから! 聞いてるの二人だけですし」

 しっかりしているようで天然なのか、変なところでポンコツになるな、この人。

「とりあえず会議の本題に移りませんか、厚東ことう先輩」

 九条がさりげなく軌道修正を図る。普段口数は少ないが、こういう時は頼りになる。

 もっとも、オタクらしく好きな作品について語る時だけは無駄に饒舌になるのだが。

「それもそうね。じゃあラブコメ研の活動だけど、なにかいいアイデアはないかしら」

「名前の通りにラブコメを読んで研究するだけだと、ちょっと物足りないですよね」

 僕も率直に意見を述べてみる。正直、ラブコメを読むだけなら、部活としてやるほどのことではない。むしろ一人の方が読書は捗るだろう。

「私としては、ラブコメを楽しむんじゃなく、ラブコメみたいな青春を実現することを目標にしたいのよ」

「本気なんですよね?」

「本気も本気よ。だからこそラブコメ研をつくったの。ただ、部活としてなにをするかというと、うまく思い浮かばないのよね」

「普通、そういうのはやりたいことが先にあって部活をつくるもんですけどね。ていうか、この前、リストにしてたようなことをやればいいじゃないですか」

「それはそうだけどさ、リストに書いたようなイベントって基本、季節に左右されるのよ。合宿も文化祭も時期にならなければできないでしょ?」

 それもそうだ。でも、そういう季節の行事がない時の謎部活ってマジでなにやればいいんだ?

 デートなら、楓さんとやればいいことであって、部活として九条を巻き込んでやることではないし。

 僕は大学で所属していたサークルのことを思い出してみる。創作系サークルとは言うものの、普段部室でやることと言えば、おしゃべりとマンガを読むのとアナログゲームだった。オタサーなんて、原稿の作業以外の時は割とそんなもんだろう。

 だが、今の部室にはマンガの一つもゲームの一つもない。そうなると、残された選択肢はおしゃべりだけだ。正直、非生産の極みみたいな部活だな。

 謎部活について、部活という形を与えることで時間の浪費に対する罪悪感から目を逸らすものだと、説明してるラノベも令和の未来にはあったよなあ、確か。

「違うのよ、私がやりたいのは、もっと生産的で積極的な面白いことなのよ」

「それだとふんわりしすぎですって。てか、ラノベに出てくるような謎部活も普段の活動はゲームばっかりでは?」

「うーん、それじゃなんか物足りないのよね」

「こういう時、大人だったら、思い立つまま旅行でも行けるんですけどね」

 実際、9年後の未来ではそうだった。

 特にすることがないからという理由で車を走らせて、和歌山まで中華そばを食いに行って、ついでに海を見て帰ってきたなんてことがあったし、週末ごとにどこかしら出かけていたように思う。思い返してみると、リアル充実しまくってんな。


 楓さんは考え込んでいたが、ポンと手を打った。

「そうだ!街の中で不思議を探してみるのとかいいんじゃないかな?二人は明日暇かしら」

「僕は暇ですよ」

「えっと、ボクは家の用事があるから無理ですね、すいません」

「あら、九条くんは無理なのね、残念」

「ボクのことは気にせず、二人で楽しんできてくださいよ。というか、これだとただのデートですね」

「デート…… 」

 楓さんの頬が赤らんでいる。

「そういえば、最近はデートらしいデートもしていませんでしたね」

「そうね、どこ行こうかしら」

「ボクはお邪魔虫みたいなんで、先に帰りますね。どうぞ、ごゆっくり」

 楓さんと僕の間の空気を察したのだろう。九条はそう言うと、さっさと部室を出て行ってしまった。

 気を遣わせてしまったな。でも、これで聞かれたらまずいことも安心して話せるという安心感がある。

「ということで、明日は不思議探しの体を取った地元デートということでいいですよね」

 街中にそうそう常識を外れたものがあるとは思えないし、言霊にさえ気を付けておけば大丈夫だろう。僕は自分にそう言い聞かせるのだった。

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