第14話 謎部活をつくろう!
「結局ここに落ち着くんだね」
僕らは昨日の昼と同じく食堂に来ていた。
食堂は席に余裕があるので、弁当を持ち込んで食っているやつがそこそこ見受けられる。建前上、食堂で買った食べ物以外の持ち込みは禁止なのだが、スマホ持ち込み禁止のルール以上に守られていない。
「じゃあ私たちも食べようか」
楓さんが手に持っていた弁当箱のうちの一つを僕の前に置き、もう一つを自分の前に置いた。どちらもいたってシンプルなデザインのもので、大きさは同じだ。
「そういや、楓さんの弁当を食べるの、初めてですね」
「あんまり期待しないでもらえると嬉しいんだけど」
楓さんは恥ずかしそうに目を伏せている。
ひょっとすると、失敗してしまったのだろうか。それとも単なる謙遜か。
そんなことはどっちでもいい。楓さんがつくってくれたものなら、多少焦げてようが塩辛かろうが、食べきってみせる。
僕のそんな決意も、弁当箱を開けた次の瞬間には、もろく砕け散っていた。
楓さんの弁当は「かわいい失敗」なんてレベルでは無かったのだ。
「ごめんね、張り切りすぎて失敗しちゃった」
上目遣いで言ってくる楓さんがかわいいから許せる。いや、やっぱりこれは無理だ。
僕は弁当箱の中身を見る。
一体なにを失敗すればこんな弁当ができるのだろう。
いや、これは失敗ではなくもはや芸術だ。僕は芸術としか言いようのないおかずの一つを指さして楓さんに聞く。
「楓さん、なんで玉子焼きに煮干しが何匹も刺さってるんですか?」
「ああ、それは星を見上げるパイみたいにしたら面白いかなってやってみたんだけど…… 」
なぜやろうとしたし。確かにバズってまとめサイトに転載されそうな面白さはあるけれど。やっぱりこの人は完璧に見えて結構アホなのかもしれない。
見た目はお世辞にもおいしそうとは言えないが、食べても問題なさそうなので、口に運ぶ。ちょっと苦いけどまずくもないという味だった。単に煮干しを刺した玉子焼きである。
「じゃあその隣の禍々しいクリーチャーは?」
玉子焼きの隣には黄色に青の斑点が入った毒々しい物体が入れられている。
「一応タコさんウインナーのつもり」
「なんでウインナーがヒョウモンダコみたいな色してるんですか?食べても死にませんよね?」
「ああ、それはマスタードでコーティングしただけだから食べても問題ないよ」
毒はないらしい。青い斑点の正体がわからないのは怖いが。
こっちは食べてみると普通に美味しかった。
他のおかずも見た目は食欲をそそらないが、食べられないわけではないという感じだ。
料理が苦手なラブコメヒロインがつくりがちな
「感想に困るよね。料理下手としても中途半端だし。やっぱりもっと変なものつくってきた方がラブコメっぽいのかな。爆発とかさせた方がいい?」
「なんでそんな不穏な発想になるんですか。ラブコメヒロインが料理苦手というのはちょっと古いですし、今時は料理が上手なヒロインも多いですよ」
「でもさあ、やっぱりヤバい料理つくってくるヒロインってお約束じゃん。そんで、主人公が無理して完食して笑顔で『美味しかったよ』なんて。あれって優しい嘘だけど、彼女に料理をうまくなってほしいなら、指摘するのもまた愛情だと思うんだよね」
「楓さんは僕に正直な感想を言ってほしいんですか?」
「そりゃ美味しいって言ってくれたら嬉しいけど、今後のことを考えるとね、正直な感想が聞きたいなって」
「正直なこと言うと、見た目は論外だけど、味は食べられないこともないって感じですね」
「ふーん」
わざわざ聞いた割に反応が薄い。
「ところで、昨日さ、謎部活つくろうって話したじゃん」
ヒョウモンダコさんウインナーを口に放り込みながら、楓さんが言う。
「本気でつくるんですか」
「本気よ本気。申請書の用紙ももらってきたわ」
クリアファイルに入った紙を見せてくる。
同好会の設立には書類が必要なことは知っていたが、実物を見るのは初めてだ。名称については既に「ラブコメ研究会」と書き込まれている。ただし、顧問、目的、活動内容といった肝心なものについては空欄のままだ。
「ラブコメ研究会?」
「そうよ。略してラブ研」
略称が微妙だと思うけど、ここは受け流しておく。ぶっとんだ名称じゃなくてよかった。
「活動内容は?」
「決まってるじゃない! ずばりラブコメの研究よ」
そのまんまな答えが返ってきた。進〇郎かよ。
「そうじゃなくって、ラブコメの研究といったって具体的になにをするんですか。鉄道研究部であれば、写真撮ったり、模型つくったりしますよね。そういう中身のことです」
「うーん、ラブコメ作品を読み、その作品のテーマ、背景等について分析する、なんてのはどうかしら」
「まあ、一応それで書いておきますか。目的はどうします?」
「ラブコメ作品を元に、学生生活のあるべき姿、よりよい学生生活を送るにはなにが必要であるかを研究し、日々の生活に生かす、なんてのはどうかな」
「まあ、それっぽくていいんじゃないですか。そうなると後は会員と顧問ですね。部室は活動内容的になくても問題ありませんし」
「えー、部室があってこそじゃん」
「たしかにあるに越したことはないですけど、部室は部活に対して数が足りてないから、獲得競争みたいな状況になってるんですよ。まずは会員と顧問を確保しましょう。それさえすれば設立はできますから」
「同好会は最低三人だよね。あと一人、入ってくれそうな子いる?」
「そうですね…… 」
頭に浮かんだのは
「同じクラスのオタク仲間を誘うので会員は問題ないです」
「そうなるとあとは顧問か」
「引き受けてくれる確証はありませんが、
「一応聞いてみてくれない?」
「わかりました。既に電気物理研究部の顧問もやっているので、忙しいかもしれないでしょうけど」
とりあえず昼休みはそこまで話をまとめて解散した。
結果から言うと、あっさり承諾してくれた。五時間目はちょうど恵那先生の現代文だったので、授業が終わった後に、楓さんから預かった申請書を見せて、聞いてみたのだ。
「ラブコメ研の顧問? ええよ」
「電物の顧問もやってはるのに、大丈夫なんですか?」
「掛け持ちっていうても、どっちも小規模な文化部やしな。それに顧問が付きっきりでおる必要はないし」
「ありがとうございます」
思わず頭を下げる。
「大げさやなあ。それに楽しそうな部活やん。先生も興味あるわ。申請書にはんこ押すから、出してや」
九条も入ると言ってくれているので、これで後は認可を待つだけである。ここまですんなり行くとは思わなかった。
放課後、楓さんと合流して、帰りの電車内で恵那先生との件を伝える。
「同好会設立、思った以上に簡単にできましたね」
「これでもっと楽しめるわ。文化祭ではラブコメ研でなにしようかしら」
「気が早いですよ。第一、それまでに未来に帰る可能性だってあるでしょうし」
「またその話。陽ちゃんはさ、未来に帰りたいの?」
楓さんが咎めるような目をして聞いてくる。
「帰りたくないかどうかって聞かれたら、帰りたいのかもしれません。楓さんと過ごす二度目の高校生活は楽しいですけど、果たしてこのままでいいのかって思ってしまうんですよ」
「私は別にこのままでいいと思うけど。別にさ、戻る方法を苦労してまで探すまでないじゃん」
「でもそれだと僕はもやもやするんですよ。タイムリープした理由も現実が改変された理由もわからないままっていうのは。タイムリープものっていうのは、結局過去に戻ってなにかしらの謎を解き、また未来に帰る物語なんですから。それがお約束ですよ」
「本当にお約束かな?」
「というと?」
「未来に帰らないやり直し系だってあるでしょ。というか9年後の未来ではいくつかなかった?」
「たしかに言われてみればそうかもしれないですね」
続刊次第でどうなるかは分からないけど、9年後で人気だったタイムリープやり直しモノは、基本的に未来に帰ることは考えず、やり直すことを念頭に置いていた。
そもそも異世界転生みたいに死んだのがきっかけで過去に戻る作品もあったしな。
「そりゃ有名な作品だと未来に帰るのが多いけど、だからと言って、タイムリープは未来に帰らないといけないなんてのは決めつけだと思うな。それにもし、私たちのタイムリープが未来に帰るタイプのタイムリープだとしても、なるようになるって。だから、今を楽しもうよ」
楓さんの言うところも一理ある。だが、どうしても未来への戻り方とかタイムリープの意味を考えて、楽しみきれないのだ。つくづく損な性分だと自分でも思う。
「せっかく与えられた二度目の高校生活なんだもん、一度目では起きなかったラブコメ展開が起きてほしいと思わない?」
「ラブコメには憧れますけど、ラブコメみたいなこと現実ではまず起きませんって。中途半端な時期に転校してくるやつもいなければ、謎部活用にちょうど余っている部室もありませんよ」
「夢がないなあ、陽ちゃんは。既にタイムリープと現実改変が起きてるんだよ? 謎の転校生だって来るかもしれないし、部室だって余るかもしれないじゃん。それに、そういうことが起きなくたって、ラブコメのイベントはその気になればつくれるんだからさ。前向きに行こうよ」
「イベントをつくると言ったってどうするんです?」
「それは頑張ればなんとかなるでしょ」
楓さんはそう言って、つつましやかな胸を張る。
楓さんの青春ラブコメ計画は別に綿密なデータに裏打ちされたものではない、ふんわりとしたものだ。説得力があるかと言われたら、ない。
でも、楓さんの自信満々な様子にはさすがの僕も「案外実現したりしてな」と思ってしまうのだった。
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