第11話 楓さんの青春ラブコメ計画

 終礼の後、僕はいの一番に教室を飛び出した。

 帰宅部だったので、出入口に生徒が殺到する前に教室を出てしまうのには慣れている。帰宅部の全国大会があるなら、きっと上位を狙えることだろう。

 だが、今日の僕はすぐには帰らない。


 階段を下りて向かうは二年二組の教室。

 教室前に着くと、ちょうど楓さんも出てきたところだった。

「放課後どうします?」

「とりあえずどこかに落ち着いて話し合おっか。どこか人が少なくて、喋っても大丈夫な場所ある?」

 僕はとっさに校内の地図を思い浮かべる。

 条件に当てはまる場所が一ヵ所だけあった。

「じゃあ食堂ですね。放課後も開放されてますし」

 高校時代の僕は図書室に行くことが多かったけど、そこで色々会話を交わすのはまずいだろう。食堂なら適度に人が少ないし、ちょうどいい。


 食堂へ行くと、案の定がら空きだった。片隅で何人かダべっているくらいなものだ。おばちゃんがコロッケを揚げる音だけが響き渡っている。体育会系の部活のやつらが、おやつ代わりに買っていくらしい。

 昼と同じ席につくなり、楓さんはこう切り出した。

「じゃあ、作戦を立てましょうか」

「なんの作戦ですか?」

「共学校で私たちが先輩後輩として青春していくための作戦よ」

「タイムリープと現実改変を解決する作戦じゃないんですか?」

「なによ、陽ちゃんは青春をやり直したくないの?」

「そりゃ楓さんと一緒にやり直す青春は楽しいだろうなって思いますけど、まずはこの異変を解決しなくちゃいけないと思います。カミサマ大先生にだって気付かれてますし」

 大先生は確か、2017年の共学化に反対する先生の一人だったはずだ。そんな人が、一晩で桜楠が共学校になり、生徒の半分が女子になってしまったなんて事態を快く思うはずがないだろう。

 それに女体化されてしまった生徒たちは、それによって未来を大きく変えられてしまうのは間違いない。この状況を解決しないことには、9年後の未来もきっと大きく変わってしまうことだろう。元の鞘に収めるに越したことはないのだ。

「カミサマ大先生は確かに問題だよね。指からビームを出したり、漢文による恐怖政治を敷いたりしてるんでしょ?」

「それは映画の中の話ですよ。現実ではせいぜい怒鳴りつけられるくらいだと思います。僕が在学していた時代にはさすがに体罰なんてありませんでしたし」

 昔はチョーク投げたり机蹴ったりしていたらしいけど。

「冗談だって。ところで、陽ちゃんは大先生が敵だと思う?」

「それがイマイチよく分からないというか」

 共学化反対派からすれば、世界を改変して桜楠を共学にした僕らは敵だろう。だが、相手は教師。特に大先生は40年近いキャリアがあって、生徒のことも考えてくれているプロ中のプロである。楓さんは突然現れた存在であるにせよ、僕らも一応生徒である以上、もし正直に打ち明ければ、解決策について相談に乗ってくれる可能性はある。

「保留にしとく?」

「そうですね。打ち明けない限り、敵か味方か分からないかもです」

「ところでさ、原因ってわかった?」

「わかったとまでは行きませんけど、僕たちの会話が影響しているのは間違いないと思います」

「具体的には?」

「もし高校時代に戻ったらという話をして寝たら、9年前に戻っていて、もし同じ学校だったらという話をして別れたら、翌朝には同じ共学校の生徒になっていたという感じです」

「たしかにそのつながりは無視できないわね」

「だからこそ、僕らは発言するにも慎重になった方がいいと思うんですよ」

 楓さんが頷く。

「元に戻すためになにが必要なのかはわかりませんけど、これ以上変えないことはできると思います」

「戻る方法はそのうち見つかるんじゃない?なにかしら行動することで見えてくるものだってあると思うし。だからそれはひとまずおいといて、まずは青春を楽しみましょうよ。せっかく高校生に戻って、しかも同じ学校になれたんだから、楽しまなきゃ損よ」

 たしかに僕は真剣に考えすぎていたのかもしれない。楓さんの言うとおり、まずは楽しんでみるのも悪くなさそうだ。


「そこで私考えたのよ。青春を楽しむ計画を」

 楓さんはそう言って、一枚のルーズリーフを取り出した。なにやら箇条書きしてある。

 ・部活

 ・勉強会

 ・夏休み(海、山、川、花火、夏祭り、帰省etc )

 ・合宿

 ・体育祭

 ・文化祭

 ・クリスマス

 ・正月

 ・バレンタイン

 ・修学旅行

 ・受験

 ・卒業

「青春にありがちなイベントを一通り書き出してみたのよ!」

 いやな予感がする。やめてくれよ、やりたいことを達成できないから時間がループする展開とか。もしかして、これが次の異変へのフラグとかないよね?

「要するに、このイベントを一つずつ消化していくってことですよね」

「そうそう。物分かりが早くて助かるわ」

「リストにするのはやめた方がいい気がしますね。15497回も青春をやり直すなんて勘弁ですし」

「陽ちゃんとなら、私は何万回だろうと、繰り返しても構わないけど」

「そんなこと言うのは反則です!」

 思わずキュンと来てしまった。そんな僕の反応を見て、楓さんはニヤニヤしている。

「そう言うなら仕方ないなあ」

 楓さんがルーズリーフに手をかけ、縦に裂く。

「リストに頼らなきゃ多分、そういうことも起こらないよ」

「考えすぎですよね、きっと」

「それで、話は変わるけどさ、謎部活つくらない?」

「謎ってわざわざつける必要あるんですかそれ」

「謎部活は謎部活。そういうジャンルよ。青春モノの定番の一つでしょ?」

「それは分かりましたから。それで、なんで謎部活を?」

「私がつくりたいからに決まってるでしょ。せっかく二度目の高校生活なんだもの。前回は人の目を気にしてできなかったことを精いっぱい楽しみたいのよ。もちろん陽ちゃんと一緒に」

 ちくしょう、さっきからかわいいことばかり言ってくれるなあ。狙って言ってるなら、とんだ策士だ。

「もしかしなくても、ラブコメ的青春を地で行こうとしてます?」

「なにか問題でも?」

「やっぱりラブコメってフィクションだし、現実はそううまくはいかないと思うんです。それに部活をつくる以上はなにかと縛られるわけで」

「陽ちゃんは私のラブコメ計画に反対なの?」

「いや反対とまで行きませんけど」

「フィクションだの現実だの言うけどさ、もうこの状況が既に非現実的なわけじゃない。タイムリープじゃ飽き足らず、男子校が共学に改変されてるんだしさあ」

「言われてみればたしかに」

「正直、この勢いで秘密結社やら超能力やら出てきても驚かないよ?」

「だから発言を慎重にって言ったじゃないですか。ほんとに秘密結社や超能力が登場したらどうするんです」

「それはそれで楽しくていいんじゃないかしら。ジャンルはラブコメからファンタジーやSFに変わりそうだけど」

「僕としてはそっちのジャンルは勘弁してほしいですね。これ以上意味不明な事件が起きてほしくないんで」

「そっちのジャンルはってことは、ラブコメはOKってこと?」

「まあラブコメならマシに思えてきましたね」

 これってあれかな。受け入れにくい選択肢を出すことで、本当に通したい意見をマシに見せて通しやすくするやつ。

「私たちの今日の様子とか、既にラブコメっぽいなって自分でも思うんだけど」

 言われてみればラブコメっぽいかな。こうやって、放課後にわけわからん計画立てながら話し合ってるとこも含めて。

「でもまあ、僕たちがラブコメっぽいのは楓さんがちゃんとヒロインしてくれているおかげですよ」

「そういう陽ちゃんだって充分主人公っぽいと思うけどね」

「え、僕がですか?正直自分では主人公って柄じゃないと思ってるんですけど。面倒くさがりでなにかと人任せだし、交友関係は狭いし、人より秀でた能力があるわけでもないし、むしろ劣ってるんじゃないかと思いますよ」

「よくそこまで自己卑下できるわね…… 」

「自分ではモブだと思ってますよ。それもいじめられてるところを主人公に助けられるとかそういう役回り」

「主人公っぽいと自覚してないところも余計に主人公っぽいわね。主人公ほど自分では平凡な高校生と自称するもんよ。天才だったり完璧人間だったりすると共感しにくいからね。もっとも、未来では高スペック主人公も増えてたけど。それに面倒くさがり設定もテンプレよ。自分では面倒くさいとと言いつつも、ヒロインのためならなにかやってあげちゃうところも含めてね。陽ちゃんも色んな作品読んでるから分かるでしょ?」

 言われてみれば主人公っぽいのかな。高校時代はぼっち系主人公に「これは僕のことじゃないか?」と共感して、自己投影しながら読んでたけどね。思い返すと恥ずかしい。

 変にひねくれてるところが主人公っぽいとか、それむしろ悪口じゃん。

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