第10話 食堂
4時間目が終わるなり、僕は教室を飛び出し、二年二組へと向かった。
教室前で楓さんと合流する。
「じゃあ、一緒に食堂行きましょうか」
一階まで下りて、中庭を横切り、中学校舎の脇を通って、食堂へと向かう。
日当たりが悪く、ぼろくてお世辞にもきれいとは言えない食堂だ。9年後には建て替わってこそいないが、改装されて多少きれいになっていたはず。
入る前に、入口脇で食券札を買う。
ランチ400円、ラーメン・玉子丼・カレーの大が350円、小が270円という、お
手頃価格。ランチは日替わりだが、今見返してみるとメニュー自体は少ない。でも、中高の食堂なんてどこもこんなもんだろう。
「陽ちゃんはいつもなに食べてたの?」
「食堂使う機会は少なかったですね。親にはランチ食べるって言ってお金もらって、昼飯は抜いてました」
学生時代の節約術だ。大人になって思い返すと親不孝でしかないが。
400円のランチを一週間(6日分)我慢すれば、2400円。単純計算でラノベを4
冊買える。高校生の僕は空腹と引き換えにオタ活をしていたのだ。
「よくそれで身体持ったね」
「今から考えると、よく平気だったもんだと思いますよ」
思い出しただけで惨めな気持ちになるので、今日はあえて一番高いランチを頼もう。
「ランチください」
おばちゃんに声をかけ、500円玉を台の上に置いた。使い古されて端が欠け、傷の入った赤い食券札とお釣りの100円を手渡しで受け取る。食堂を委託されている業者が変わり、食券機が設置され、このおばちゃんたちがいなくなったのはいつだったかな。
「大人からすれば激安ですけど、バイトもしていない高校生にとっては400円が贅沢だったんですよね」
「じゃあ私もランチにしようかな」
楓さんも赤い食券札を買い、僕らは連れ立って食堂内に入った。見回してみると、空席がちらほら目に付く。
「昼休みなのに人少なくない?」
「この頃の食堂は不人気だったんですよ。だから、学校も共学化に先がけてテコ入れしたんです。たしか、この次の年から業者が変わって、購買も充実したんだっけな」
ラーメンの受け取りには3、4人並んでいるが、ランチには誰も並んでいない。ランチは頼む学生が少ないのか、学生時代に並んだ覚えはほとんどない。
今日も並んで待つことなどなく、ランチの載ったお盆を受け取って、適当に空いてた席に向かい合って座る。
「ランチ、全然買う人いないんだね」
「このメニューの中だと一番高いですからね。先生たちが頼んでる様子はよく目にしましたけど」
お盆を受け取り、職員室に持って帰って食べ、またお盆を返しに来る。そんな先生が多かった。
今日のランチは、甘辛いタレのかかった鶏唐揚げ。おかずとサラダの皿を中心に、ご飯と味噌汁、漬物の小皿というのがランチの内容だ。
「これで400円ならコスパ良くない?」
「大人になってみるとやっぱりそう思いますよね。財力はやはり正義です」
「「いただきます」」
手を合わせ、割り箸を割る。あまりきれいに割れなかった。
とりあえず味噌汁の蓋を開けよう。そう思うのだが、これがなかなか開かない。
改めて思い出す、高校時代の僕の不器用さを。大人になっても相変わらず不器用だけど、多少はマシになっていると思いたい。
蓋に苦戦する僕を見かねたのか、楓さんは笑いをこらえながら開けてくれた。恥ずかし
くて死にたい。タイムリープしてまで新たな黒歴史つくってどうするんだ。
「えへへ…… 不器用な陽ちゃん、ダサかわいい」
ダサいところを見られて幻滅されるかと思いきや、逆に好感度が上がってるみたいでよくわからない。これが蛇化現象ってやつ?
「うん、美味しいね」
「こんなに美味しかったんですね、うちの食堂。全然食べなくてもったいないことしました。それに、空腹をこらえる生活はもうしたくないですし」
「二度目の高校生活ではいっぱい食べたらいいじゃん」
「そうしたいところなんですけど、お金が」
「そうだ、いいこと考えた!これから毎日、私がお弁当をつくってきてあげようか? ラブコメだと定番じゃん」
「ほんとに?」
「私も練習になるし、一人分つくるのも二人分つくるのも一緒だから」
「じゃあその提案に甘えちゃいましょうかね」
会話が一旦途切れたところで、僕は肝心なことを話し忘れたことに気が付いた。3時間目の後、カミサマ大先生から言われたことだ。
「ところで、前の休憩時間のことなんですけど」
「そうだ、ご飯食べながらその話しようって約束してたんだった。カミサマ大先生からなに言われたの?」
「タイムリープと現実改変を起こしたのはお前たちだろうって、聞かれました」
「うそ⁉ それでなんて答えたの?」
「なんて答えたらいいんだろうって、考えていたら、月曜にまた話せって言われてあっさり解放されました」
「陽ちゃんはどう思う?」
「大先生が、タイムリープと現実改変について、なにかしら知っているのは間違いないと思います。ひょっとしたら、僕らがまだ気付いていないことにだって気付いているかもしれません。ただ、敵か味方かが分からないんですよね。もし味方なら、色々教えてくれる可能性だってありますけど、敵だったらどうなることか」
「敵か味方か分からない、思わせぶりなことを言う強キャラの登場か。面白いことになってきたね」
楓さんは目をキラキラと輝かせている。
「楽しんでる場合ですか。大先生が漫画の敵役みたいな存在だったら怖すぎますよ」
元々ラスボスみたいな感じの先生だし、シャレにならない。
時計を見ると、休み時間の終わりが近づいていた。
「まだまだ話したいことは山ほどありますけど、続きは放課後にしましょう」
お盆を持って立ち上がり、返却しに行く。ちょうどみんな食べ終えて教室に戻るタイミングとあって、返却口には行列ができていた。僕のすぐ前には、中学生らしき、ポニーテールの小柄な女子が立っている。後ろ姿だけど、妹に似てるなあ。
なにかに気付いたのか、目の前の少女が振り返る。目が合って驚いた。
「お兄ちゃん、食堂で会うなんて珍しいね」
「綾、なんでここに?」
そこにいたのは、僕とは別の学校に通っているはずの妹の綾だった。楓さんが着ているのと同じセーラー服を着ている。
そうか、桜楠が共学になったから、綾もこの学校に来たのか。共学だと、兄妹で同じ中高一貫に通うのってよくある話らしいしな。
「なんでって、綾は毎日食堂で昼食べとうけど?」
「そういやそうだったな」
怪しまれないようとりあえず話を合わせておく。綾は僕の後ろに立っている楓さんに気が付いたようだった。9年後の未来では2、3回会っているけれど、この時代ではもちろん初対面だ。
「その人、もしかしてお兄ちゃんの彼女やったりする?」
「はい、島田陽くんとお付き合いさせていただいている高二の厚東楓です!」
楓さんは綾に見せつけたいのか、お盆を片手に持ち替えて、僕と腕を組もうとしてくる。
見ていて危なっかしい。
「落としそうだからやめて!」
「やめてあげるから、後で腕組んでよね?」
「わかりましたから、お盆を両手でちゃんと持ってください」
綾はそんな僕らの様子を見てニヤニヤしている。
「中二の島田綾です!お兄ちゃんがお世話になっております」
実際楓さんにはお世話になりっぱなしだ。
「それにしても、いつの間に彼女できたん?それもめっちゃ別嬪さんやん」
「色々あってな」
色々ありすぎだよ。特にこの二日間。
「意外やなあ。陰キャでオタクでぼっちなお兄ちゃんに彼女ができようなんて。雪でも降るんとちゃうの」
「そこまで重ねなくていいから!」
今は4月中旬、普通に考えれば雪は降らないが、男子校が一晩で共学になるくらいだからなあ。雪が降ってもおかしくないと思えてきた。
楓さんを二年二組の教室に送り届けてから自分の教室に戻ると、案の定、クラスメイトたちに取り囲まれた。
「なあ島田、あんな美人、どこで知り合おうたんや。お前帰宅部やのに」
そのうちの一人から聞かれる。やっぱりそこが気になるか。
「通学路線が同じでさ、行き帰りの電車が一緒だったんだよ。それで『同じ学校だよね?』って話しかけられて、趣味が同じで盛り上がって仲良くなったんだ」
とりあえず出会いに関しては、朝の電車内でということにしておく。いくら同じ学校だと思ったとしても、見ず知らずの女子に話しかける勇気がある人間だとは自分でも思わないので、向こうから話しかけられたことにしておこう。
「なんやねんそれ、羨ましいわ」
「チクショウ! 俺も朝の電車で出会いないかな」
僕と楓さんの出会いエピソードを聞いた男子たちは予想通りの反応だ。
まだまだ聞きたいことはあったようだが、5時間目の先生が入ってきたので各々の席に戻っていった。
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