第8話 カミサマ大先生

 一時間目はいつもと同じように終わった。チャイムが鳴るのと同時に教室を出る。階段を下りて向かう先は二年二組の教室だ。高二の時も二組だったので、ここも勝手知ったる教室である。この時点から見れば1年先のことになるのだけれど。

 後ろのドアから見回して楓さんの姿を探す。

 いた。

 こっちを見て手を振っている。かわいいけど、みんなが見ているからやめてほしい。

 先輩方からの視線を集めながら、楓さんの席へ向かう。

「ちゃんとクラスに馴染めてますか?」

「陽ちゃんったら心配なの?お母さんみたい。バブみを感じるわ」

「軽口叩けるくらいなら大丈夫そうですね」

「さっき、カノウさんって子から課題写させてって頼まれちゃった。私もやってきてないって断るしかなかったけど」

「むしろ今朝改変がわかったばかりで、やってきてた方がすごいですよ」

「でもどうしよ。その課題が出てたの、カミサマ大先生の漢文なのよね」

「怒鳴られるくらい覚悟しといた方がいいかもです」

「え?そんな怖いこと言わないでよ」

「まあ僕もカミサマ大先生が怒っているところをリアルで見たことはないんで、先輩たちの話からの想像ですけど」

「話変わるけど、これって現実改変かな?」

「現実改変と平行世界、そのどっちかでしょう」

「タイムリープに続いて、現実改変ね」

「未来が変わっちゃわないか、僕としては気が気じゃないんですけど」

「陽ちゃんはさ、未来に戻りたいの?」

「戻れるものなら、戻った方がいいと思いますよ。ただ、楓さんと先輩後輩の関係になれたのは嬉しいです」

「じゃあさ、学校では先輩って呼んでほしいな」

「いいですよ、楓先輩」

「きゃああ!もう一回」

「楓先輩」

「いやあ、後輩男子から先輩って呼んでもらえるのはいいなあ」

 楓さんはご満悦だ。

 そういや楓さんは楓さんで女子校だから、そういう経験がないんだった。楓さんにとっ

 ても共学校生活は新鮮だろう。


 そうこうするうちに二時間目の始まる時間になったので、僕は慌てて教室へと戻る。教室に飛び込んだ時にはもうチャイムが鳴り終わっていた。

「こら島田!チャイムまでに戻ってこんかい」

「すいません」

 現代文の恵那えな先生から甲高い声で叱られる。

 男子校なら一人はいるガチオタ教師だ。日本橋にっぽんばしのアニメショップでラノベを爆買いするところを生徒に目撃されたこともあったらしい。良い先生だったが、残念ながら僕が高二の時に辞めてしまった。

「じゃあ、全員揃ったところで授業はじめるぞ」


 2時間目が終わるとまた二年二組の教室へ。スマホ持ち込み禁止で、見つかったら没収される以上、こうやって話すしかないのだ。先生の目を盗んでLINEで連絡を取り合うことだってできるだろうが、次の先生が早めに来る可能性や、廊下から見つかる可能性もあるので、僕には休み時間といえど、教室でスマホを触る勇気はない。行き帰りの電車でも、どこに教員の目があるか分からないから、あまり触らなかった。

「せっかく同じ学校になれたのに、授業中は離れ離れなんてつらいよ!」

「だからこうして授業の合間ごとに来てるんじゃないですか」

 あの一年また来てるぞと噂されているようだ。実際付き合ってるからいいんだけど。

 憎しみや殺意のような負のオーラを感じる。闇討ちされないように気を付けた方がいいかもしれない。

「もし陽ちゃんとクラスメイトだったらなとか思っちゃうんだよね」

 まずい、これはまたフラグ発言だ。そうなっては困るので僕はすぐさま否定する。

「それは絶対にダメです。先輩だからこそ意味があるんですよ!」

「陽ちゃんは年上ヒロインが性癖だもんね。持ってるラノベも年上モノが多すぎ」

 ああ年上モノは特にこまめにチェックしているさ。主に金銭的余裕が出てきた大学以降だけど。あと、2015年時点では残念ながらそこまで流行っていない。波が来るのは2018年あたりからだ。

「楓さんが同い年だろうが年下だろうが僕は楓さんのことが大好きですけど、やっぱり楓さんには僕より年上でいてほしいんです」

「安心して。私もショt…… じゃなかった、年下の男の子が好きだから、陽ちゃんの同級生になるつもりはないよ」

「ショタって言いかけましたよね、楓先輩?」

「な、なんのことかしら」

「目が泳いでますよ」

 ごまかすの下手すぎるでしょこの人。まあ、別にいいんだけど。

 

 10分間の休みはあっという間に終わり、僕はまた教室に戻る。今回は早めに戻ったのでチャイムに間に合った。3時間目は漢文、僕たちの学年の担当は平井先生なのだが、教卓にはなぜかあのカミサマ大先生が立っている。

 お宝鑑定番組のナレーターに似た、よく通る高めの声でこう説明した。

「本日は、平井先生が体調不良につき、加美かみが代役を務めさせていただきます」

 突然現れた大先生にクラスは困惑。そりゃそうだ、先輩たちからは怖い先生と評判を聞いているもの。僕たちの学年は大先生に授業を持ってもらったことは少なく、今日のように平井先生が休んだ時の代役くらいだったように思う。教え子を名乗れるほどではないし、

 大先生の方でも僕らの学年については、部活で関わりのあった生徒くらいしか覚えていないだろう。そういや、大先生って何部の顧問だったかな。

 普段と違う先生に、緊張感が保たれたまま、授業が続いていく。そんな中、左の方の一番前の席では、寝ている生徒が一人。僕とLINEを交換していた数少ない友人の一人だ。

 あいつ、あんな目立つ席でよく寝られるよな。

 もちろん大先生もすぐに気づき、とんとんと肩を叩く。

「君、顔洗ってきなさい」

 そういや、大先生は生徒が寝ていると、顔を洗わせに行くことで有名だったな。

 寝ていた生徒が顔を洗いに行かされたこと以外は特に事件もなく、授業は終わった。

 ところがである、授業終了の礼の後、大先生の口から思いもしない言葉が発せられたのだ。

「島田陽、伝達事項があるので、ついてくること」

 僕は耳を疑った。

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