第4話 タイムリープの理由は?

 朝礼を知らせるチャイムが鳴った。

 教卓のところには担任の日下部くさかべ先生が立っている。眼鏡をかけた、白髪交じりの小柄な中年男性だ。

 高一の時だけじゃなく、6年間で何度もお世話になったし迷惑もかけたけど、9年後も元気なのだろうか。ふとそんなことを考える。


 朝礼を済ませると一時間目の授業だ。科目は数学。

 タイムリープして初っ端から苦手科目というのはきつい。

 ホワイトボードのところに立って、ボソボソと頼りない声で授業を進めるのは田端先生。

 どこか暗い感じのする先生だが、9年後の未来では故人だ。卒業の翌年、同窓会報に訃報が載っていた。

 高校時代の僕はこの先生の授業を寝て過ごしていたはずだが、罪悪感を覚えるので真面目に受けておく。亡くなった先生の授業をいい加減に受けていたことへの後悔からタイムリープした可能性は…… ないだろうな、多分。もしそれが原因なら、訃報を知った時にタイムリープしているに違いない。


 2時間目は英語、3時間目は古文、4時間目は家庭科。一度は受けたはずの授業を一応真面目に受けていく。だけどイマイチ集中できない。

 原因は分かっている。楓さんのことが気になってしょうがないからだ。

 うまくこの時代に適応できているだろうか。

 タイムリープの原因に心当たりはあるだろうか。

 目を閉じれば、今朝の電車内で目にした楓さんの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。

 連絡をこまめに取りたいところだけれど、あいにくこの時代の桜楠高校は校則でスマホ・携帯電話が持ち込み禁止となっている。見つかれば即没収で、保護者を通じて返還となるので、校内で使うのはリスクが大きい。トイレの個室にこもって使っているやつもいるらしいけど。


 放課後、西宮北口で落ち合うとしてもタイムリープのヒントくらい掴んでおきたいところだ。心当たりならある。タイムリープ直前の会話なんて、今にして思えばフラグにしか思えない。だけど、それがどう結びついたのかというと微妙だ。

 戻りたいと願ったから起きたことなのか、2015年でなにかを成し遂げるために起こったことなのか。

 なにか目的を達成すれば未来へ帰れるのか、それとも二度目の高校生活をやり直すのか。

 そこらへんが分からない。


 僕はいてもたってもいられず、ポケットにスマホをしのばせて、休み時間になるなり、トイレの個室にとびこんだ。高校校舎は古いので、トイレは和式である。僕は立ったまま、スマホを取り出した。

 LINEを開くと、楓さんからのメッセージが溜まっている。僕からの既読が付かないことに、イライラしつつも心配している様子だ。

 慌てて詫びを入れる。

「学校ではスマホ持ち込み禁止だから見れませんでした、ごめんなさい!」

 土下座のスタンプも送る。

「そういうことならしょうがないね」

 秒で返信が来た。

「楓さんの方では、心当たりはないですか?」

「昨日話したように、私にも心残りはあったの。きっと二人とも高校生としてやり直したいと思ったから、タイムリープしたんだと思う」

「それで、タイムリープできたわけですが、なにをすればいいと思います?」

「二人で青春すること以外になくない?」

「それもそうですね。でもどうやって」

「放課後、デートしましょう。集合場所はニシキタで」

 デートのお誘いだ。放課後に別の学校に通う彼女との制服デート。男子校に通う全ての男たちにとって憧れのイベントだ。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったので、スマホの電源を切って、僕はトイレを出た。

 そういや、昼飯食うの忘れたな。とてもそれどころじゃなかったけど。でも抜けば節約になるし、まあいいか。


 空腹をこらえ、楓さんとのデートを心待ちにしながら、午後の授業をやり過ごす。集中力なんて、あってないようなものだ。彼女のことばかり考えて学業をおろそかにするなんて罪悪感があるけど、今回ばかりはしょうがない。

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