第3話 男子校

 混雑した電車に揺られること二十分で、高槻市駅に着いた。ここが僕の通っていた桜楠高校の最寄りだ。宝塚南口からだと乗り換え待ちも含めて約五十分。通学時間は若干長い。

 同じ制服の生徒に混じって階段を下り、改札口を通る。高校卒業以来、一度もこの駅では降りていないので、やけに懐かしく感じる。


 繁華街を抜け、国道の交差点を歩道橋で越えると、そこは僕が中高六年間通い続けた、桜楠おうなん中学校・高等学校だ。中高一貫の男子校で、世間では進学校として通っている。

 9年後の未来では共学校で、校舎も建て替わって大きく様変わりしていた。共学化されたのは2017年、僕が高三の時だ。2015年から見れば2年後に迫った未来だ。

 通用門から入り、渡り廊下の下をくぐって中庭へ。花壇やモニュメントのあるささやかな中庭を取り囲むように、校舎が横長に口の字を描いている。

 高一の僕の教室があるのは右手、三階建ての高校校舎だ。コンクリート打ちっぱなしで四階建ての中学校舎と比べるとみすぼらしい。当時、築三十五年だった高校校舎は、共学化と同時に役目を終え、僕が高三の時に取り壊された。その後、職員室や図書室の入る管理校舎も建て替わっているので、未来でも残っているのは比較的新しい中学校舎だけだ。


 未来では消滅している母校の風景を懐かしく思いながら、僕は靴から緑色のスリッパに履き替えて三階へと上がる。長い廊下の途中、「高Ⅰ- Ⅱ」と掲げられているのが僕の教室だ。

 開けっ放しの前のドアから入ると、ムワっとした空気が鼻をつく。男の汗と制汗スプレーの臭いが混じった男子校特有の臭いだ。久しぶりに嗅いで頭がクラッとしたが、なんとかこらえて、着席する。

 9年も経っているのに、いざ教室に来たら席の場所を覚えているものだ。高一の僕の身体に記憶が刻み込まれているのかもしれない。

 場所は真ん中の列の一番後ろ。なんということだ。最後尾の席なんて、まるで学園モノの主人公じゃないか。主人公なんて柄じゃないのは、自分が一番よく知っているのだけれども。


「島田くん、おはよう」

 着席するのを見計らっていたかのように、右隣から声をかけられる。突然のことにびっくりしたけど、平静を装って、挨拶を返す。

「おはよう、九条」

 右隣の席の主は九条くじょう将直まさなお。高校時代の僕の数少ない友人の一人だ。

 女体化したら美少女になりそうだなと思ってしまうすっきりとした顔立ちに、フチなし眼鏡をかけている。理知的な雰囲気の中性的なイケメンだ。むさくるしい男どもの中で気品を放っているが、それもそのはず、京都の上流家庭のボンボンらしい。

「ねえ、この前言ってたラノベ読んだよ。タイムリープするやつ」

「おお、そうか」


 なにを隠そう、九条は僕のオタク仲間である。ラノベやマンガの貸し借りもよくしていた。もっとも、財力の違いから、僕が借りることの方が多かったのだけども。9年後の未来では、年賀状とSNSでの付き合いだ。リアルでは久しく会っていない。

 それにしても、なんという偶然か。この数日前の僕は九条にタイムリープもののラノベを薦めていたらしい。2015年という時期的には難病ヒロインとバンドをやるやつかな。

 久しぶりに九条とオタク談義でもしたいところだが、うっかりこの時点で世に出ていない作品について語ってしまっても困る。なんと言ったって、僕はこの時代にとっては9年後からやってきた未来人なのだから。

 とりあえずこちらから語るのは避け、無難に「九条のオススメはなんだ?」と聞いてみよう。

 九条はなにを今さらと困惑した表情を浮かべたが、答えてくれた。

 9年も前の作品の話をリアルタイムの話として聞くのも、当たり前だが不思議な感じだ。一部の作品については、はるか先の結末も知っているがゆえにうかつなことは言えない。


 だが、話すうちに、こいつにならこの質問をしても良さそうだという気がしてきた。

「なあ、九条」

「なに?」

「もしさ、僕が未来からタイムリープしてきたとすれば、九条ならどうする?」

 タイムリープものなら定番の質問だ。

「そうだね…… 」

 九条は考え込む。

「未来でなにが流行ってるのか聞きたいかな」

 ノリがよくて助かる。まあ、タイムリープものをそれなりに読んでるやつなら、友人が突然こんなこと言い出しても、さらっと受け流すだろうな。もし僕が九条の立場でもそうする。

「タイムリープの原因はなんだと思う?」

「なんだろうね。よくあるのは心残りを解消するため。あるいは、歴史を変えるためかな」

「もしそうだとして、未来に戻れるかな、それともずっとこのままなのかな?」

「それはなんとも言えないね。ただ、小説とかマンガなんかだと、心残りを解消したときか、歴史を変えるのに成功した時に元の時代に戻れるみたいなパターンをよく見るね。歴史改変を阻止した時というのもあるけど。これで満足?」

「ああ、満足だ。付き合ってくれてありがとう」

 九条と話したことで、ちょっと頭が整理された気がする。

 僕はさっそく適当なノートに「タイムリープ?」と書き込んだ。

 隣の行に「原因:心残り? 過去改変?」と書き込む。


 心残りならある。というか、ありすぎる。タイムリープの直前、楓さんと話した内容がなんらかの形で結びついているのは間違いないだろう。

 一応タイムリープで過去は変わった。高校時代の二人の出会いという形で。

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