第29話 一難去ってまた一難

 屋上の件のあった翌日、登校してみると下駄箱に一通の手紙が入っていた。

 開いてみると、「今日の放課後、屋上への入口でお待ちしております」と丸っこい文字で書かれている。

 まさかのラブレターだろうか。やり直していくと決意した翌日にさっそく、ラブコメみたいなイベントが舞い込んでくるなんてできすぎだろ。

 これも、改変能力によるものだろうか。

 ひとまず楓さんに相談してみる。

「下駄箱にこんなものが入ってたんですけど、行くべきだと思いますか?」

「一応行ってみたら?もちろん断るつもりでしょうけど」

「僕としてはいたずらじゃないかなという気がするんですが。昨日の件で突然有名になった僕を誰かがからかおうとしているとか」

「確かにその可能性はあるわね。あと、リア充殲滅を狙っている刺客とか」

「物騒なこと言わないでくださいよ。ただでさえ楓さんには特殊な力があるんですから、言動にも思考にも気を付けてください」

「改めて考えてみればさ、この力をうまく使えば、日常の高校生活をラブコメにできるよね。こういう行事が欲しいって思えば、つくれるかもしれないし、周りにこういうキャラが欲しいって思えば、そういう子が集まってくるんじゃない?」

 ああ、楓さんが真理に到達してしまったか。遅かれ早かれ気付いていただろうけど、こうなってしまったら、これからの日常はもはや一度目のような平凡なものではなくなりそうだ。僕は腹をくくって、楓さんにこう返す。

「じゃあ、さっそくその力を使ってもらえますか?」

「いいよ。なんでも任せて」

「今日の放課後に僕を呼び出した人が刺客とかじゃないようにと願ってください」

「なんだそんなこと。それくらいお安い御用だよ。じゃあ、刺客の代わりになににする?」

「単なるいたずらでいいですよ。その時間に行っても誰もいないとか」

「えー、それじゃあ陽ちゃんがかわいそう。ネカマに釣られた出会い厨の動画配信者じゃないんだからさ」

「そこを憐れまなくていいですから。例えがひどいですし」

「じゃあ、私としてはかませ犬の出現を願っておこっと。かませ犬もラブコメには必要な要素じゃん。どっちみち私が勝つけど」

「僕としてはこれ以上面倒なことに巻き込まれたくないんですけどね。まあ、かませ犬が出たなら出たでさっさと断っちゃいますよ」

 この時の僕はまさかこの「かませ犬」が世界の危機を巻き起こすことになるとは思いもしなかった。


 放課後、僕は大先生のおかげでお馴染みになりつつある、屋上への階段にいた。

 閉鎖された屋上に用のある生徒なんてまずいないので、当然ながらここにやってくる生徒もいない。昨日の事件のせいで教室でも廊下でも常に注目を集めていた僕は、久しぶりに周囲の視線から解放されていた。

 だが、気持ちは落ち着かない。僕をここに呼び出した人物の目的が分からないのだ。

 階段を上った先、ちょうど屋上へのドアの前にその人物はいた。

 長い金髪に、化粧をばっちり決めた派手な顔。絵に描いたようなギャルだ。

「鳳至、お前だったのか」

 そこに立っていたのは鳳至ふげし小百合だった。

 今朝、楓さんが言っていた「かませ犬」という言葉を思い出す。

 疎遠だったのに突然現れた幼馴染という属性は、確かにラブコメのかませ犬っぽい。

「ここで話すのもなんだし、屋上で話そっか」

 鳳至はそう言うなり、ドアノブに手をかけ、屋上へのドアを開いた。

 本来なら、鍵がかかっているはずのそのドアを。

 鳳至に続いて、僕も屋上へ出る。

「ここに呼んだってことは他に聞かれたくない話なんだろ?」

「そうよ。昨日の件で注目を集めている島田っちと一対一で話をするにはここしかないと思って」

 続いて鳳至の口から出たのは衝撃的な告白だった。

「実はあたしも改変能力者なの」

「は⁉」

 鍵がかかっているはずの屋上へのドアを普通に開けた時点で、そうじゃないかと薄々感じてはいた。だけど、これで三人目だぞ?そんなキャラ被りいらんわ。

「あたしが持っている改変能力は、かえでっちやカミサマと同じものだよ」

「鳳至の狙いはなんだ?能力者同士協力したいのなら、二人にまず打ち明けるはずだろう?」

「あたしの目的は、この力について詳しい情報を得ることかな。この力を使いこなすにはまず力についてよく知らないとだし。そのために、かえでっちを観察しようと転入してきたの」

「力について自覚したのはいつだ?」

「えっとね、タイムリープした朝かな。元々、物事が自分の思うとおりに進みやすいなとは思ってたけど、改変能力として自覚したのはタイムリープした時だよ。別に高校生に戻りたいなんて思ってなかったのに、朝起きたら高校生に戻っていてびっくりしちゃった。そしたら突然、協力者を名乗る子たちが現れて、私に改変能力のこととか教えてくれたの」

「協力者?」

「この学校にいる子だよ。名前は明かせないけどね。そして私は協力者と共に色々調べた結果、現実改変の原因であるかえでっちに辿り着いたの。でも、びっくりしたわ、その彼氏があたしの幼馴染なんだから。これが偶然なのかは分からないけど、利用するしかないよね」

 鳳至はそう言うと、突然僕に抱きついてきた。胸のたわわな膨らみをぐいぐいと押し付けてくる。僕も男の子なので、不本意ながらドキッとしてしまった。

「お、おい!突然なにすんだよ」

「どう? 大阪平野並みに真っ平なかえでっちと違って、私の大きいでしょ? かえでっちが大阪平野なら、私は富士山かな」

他人ひとの彼女に対して失礼だな。あの人も天保山てんぽうざん程度にはあるぞ。それに僕はつつましやかな方が好きなんだ」

「天保山って、それ『限りなく貧乳に近い無乳』じゃん。山とは言えないでしょ」

「小説のタイトルみたいに言うなよ。それを言うなら『限りなく無乳に近い貧乳』だ」

「天保山の標高って二階建てよりも低い4メートルでしょ?」

「4メートルでも山は山だ。てか、なんで抱きついてきたんだよ」

「挑発したら、かえでっちは改変能力をどう使ってくるのかなって気になって」

「改変能力の恐ろしさ分かってる?下手すりゃ世界が滅ぶんだよ?」

「そりゃ、あたしだって怖いよ。でも、ちょっとは危ない橋を渡ってみないことにはデータも取れないし」

「お前さ、改変能力について調べるためとは言え、好きでもない男にこんなことするなよ」

「好きだったらやってもいいんだ?あたしは島田っちのこと好きだよ」

「ふざけんな、とりあえず離れろ」

 その時、僕の頬をポツリと冷たいものが濡らしてくる。

「雨?」

 ついさっきまで気持ちいいくらいの快晴だったのだが、突然バケツをひっくり返したかのように大粒の雨が降ってきた。

「やば!メイク落ちちゃう!」

 鳳至は僕を離すと、慌てて階段室へと滑り込んだ。ドタドタと駆け降りる音が聞こえてくる。

 突然の雨のおかげで危機は免れたらしい。このままだとずぶ濡れになってしまうので、僕も鳳至の後を追って、屋内へと戻った。

「あいつ、なにがしたかったんだろ。隠し事はしたくないし、とりあえず楓さんに報告かな」

 かませ犬撃退を楽しみにしてたしな。


 楓さんの待つ部室へ急ぐ。気が付けば、外は台風なみの土砂降りだ。

「楓さん、話したいことがあるんです」

 僕が部室に入ると、楓さんは乾いた笑みを貼り付けた顔で、何枚かの写真を手渡してきた。

「これのことかしら?」

 写っているのは、屋上で抱き合う僕と鳳至。昨日と同じく、中学校舎から撮られたものだ。

「放送新聞部の種村くんからもらったんだけど、どういうことなの? 告白されても断るって言ってなかった?」

 楓さんの目に光はない。怒りを見せるのでもなく、無表情なのが余計に怖い。

「詳しく、説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

 これ、本格的にまずいやつだ。

 楓さんの怒りを表すかのように、外で稲妻がピカリと光る。一瞬遅れて、ゴロゴロゴロと大きな音が鳴った。もしかして、天候も楓さんの心情と連携している?

 雷に驚いたのだろう、複数の悲鳴が聞こえる。

「中庭の木に落ちたぞ!」

 雷が落ちたのはよりにもよって中庭らしい。近すぎる。

「一から説明しますから!とりあえず落ち着いてください!」

 僕は、鳳至も改変能力者であること、力についての情報を得るために楓さんを挑発しようとしたことを説明した。


「なるほど、そういうことなのね」

「分かってもらえてよかったです」

 外の雨は少し落ち着いて小ぶりになっている。

「それにしても、私と同じ改変能力者がいるとはね。本当にライバルキャラって感じがするわ」

「大先生の方にもこのことを伝えておきませんと」

 噂をすればなんとやら。突然、カミサマ大先生の声で放送がかかる。

「高1の2、島田。伝えたいことがあるので、至急小会議室一〇一まで来ること」

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