第6話 共学化は突然に
目が覚めたら令和に戻ってやしないかな。
そう思いながら目を開けると、そこは実家の僕の部屋だった。
スマホで日付を確認すると「2015年4月14日(火)」の文字。単に一日進んだだけだ。あいかわらず僕は高校生のまま、タイムリープは継続中らしい。
LINEをチェックすると、楓さんからは「準急の最後尾で」とメッセージが来ていた。
昨日僕らが出会った電車の一本前のことを言っているのだろう。高校時代の僕が毎日通学に使っていた電車だ。
「でも」と僕は首を傾げる。準急に乗るのは楓さんにとっては通学に不便なはずだ。
なぜなら、準急は乗換駅である西宮北口に停まらないから。西宮北口で神戸方面行きに乗り換える楓さんは、一つ手前の
僕が
「西宮北口に停まらないけどいいの?」
そうメッセージを送る。
「それでいいのよ」
秒で返信が来た。楓さんも今津線で通学していたわけだから、準急が西宮北口に停まらないことくらい百も承知だろう。
昨日よりも早めに家を出て宝塚南口駅へ。
指定されたとおり、準急の最後尾、一番後ろの乗車位置で待つ。今津線は普通も準急も前の車両ほど混むから、座って寝て行きたかった僕はいつも最後尾の車両に乗っていたものだ。そんなことを思い出す。
チャイムと放送が鳴り、準急電車が入ってくる。普通電車は6両だけど、準急電車は8両、ちょっとだけ長いのだ。十三、梅田へ乗り換えなしで行けるので、重宝する。
さて、乗り込んで車内を見ると、一番後ろの二人掛けロングシートに楓さんが座っていた。隣が空いていたので僕も座る。
「おはよう、陽ちゃん」
「おはようございます、楓さん」
「ねえ気付いたことない?」
「制服のことですか?」
一目見た瞬間から気になっていた。今朝の楓さんが着ているセーラー服は、昨日見た青ベースのものではなく、黒ベースのものだったのだ。しかもデザインはシンプルになっている。
「楓さんの学校って、制服に別のバージョンありましたっけ」
「そうじゃないのよ。ここをよく見て」
楓さんが胸を指差す。そこには校章が付いていた。
桜の花びらの形の中に「楠」の文字。
ちょうど今僕が着ている学ランの襟についているのと同じものだ。
「
「陽ちゃん、声が大きいよ」
「あ、驚いたからつい」
向かいの席の中年サラリーマンが若さを羨望するかのような温かい目で見てくる。
ごめんなさい、僕ら見た目は高校生だけど中身は二十代なんです。
「これは桜楠の女子制服よ」
「ちょっとなに言ってるのかわからないです」
桜楠高校は現時点では男子校のはずだし、この2年後に共学化された際には、男女ともにブレザーが採用されるはずだ。桜楠のセーラー服、それは存在すらしない概念である。
だが、デザインを見る限り、「もし男子の制服に合わせて女子の制服を導入してたらこうなっていただろうな」という説得力はある。
「百歩譲って、それが桜楠の女子制服だとして、なんで楓さんが着てるんですか?」
「そりゃ私が生徒だからに決まってるでしょ」
昨日の夕方、武庫川を眺めながら交わした会話が頭をよぎる。
もし、桜楠が共学校だったら。もし楓さんと僕が先輩後輩の関係だったら。
まさか、そんなまさか。
「信じてないなら、学生証で確認する?」
楓さんはポケットから学生手帳を取り出すと、挟んでいた学生証を僕に見せた。
〈下記の者は本校第2学年の生徒であることを証明する。
氏名
生年月日 1998年10月4日
有効期限 平成28年3月31日
平成27年4月1日発行
桜楠高等学校長
隣には高校生の楓さんの顔写真。めっちゃかわいい。家宝にしたい。
「どう、これで信じる気になった?」
「信じるしかないですよ」
まさか学生証を偽造したりはしないだろうし、これは動かぬ証拠といっていいだろう。
自分の学生証を取り出して並べてみる。
〈下記の者は本校第1学年の生徒であることを証明する
氏名 島田陽
生年月日 1999年5月12日
有効期限 平成28年3月31日
平成27年4月1日発行
桜楠高等学校長 祝園 伊知郎〉
「お揃いだね」
文言だけでなく、使われている台紙やデザイン、学校印までもちろん一緒だ。ちなみに西暦と元号が混じっているのは誤植ではなく、元々そういう表記である。
「これは一体どういうことなんですか?」
とりあえずスマホで学校のHPを見てみよう。沿革を見れば、手っ取り早いかな。
沿革のページを開いて、スクロールしてみると、次のような文字が目に飛び込んできた。
〈平成22(2010)年 創立70周年、校歌制定、男女共学化〉
どうやら、この時点で共学化から5年経過しているらしい。HPには制服の写真も載っているが、女子の冬服はちょうど今楓さんが着ているものだ。
「いつ気付いたんですか?」
楓さんに尋ねてみる。
「今朝起きたら、壁にかかっている制服がこれになっていたの。それでどういうことだろうって思って、漁ってみたら、ポケットから桜楠の生徒手帳と学生証が出てきたんだ。その瞬間、昨日の会話がフラッシュバックして、その通りになったと気付いたの」
「だったら、準急で会う約束よりも先に、そのことを教えてくださいよ」
「黙っててごめんね。でも、驚かせたかったから」
気が付くと電車は西宮北口駅に差し掛かっていた。車内も混んできている。床下からはカーブを通過する音が聞こえてきた。準急が西宮北口に停まらないのは、今津線と神戸線を結ぶこのカーブが急すぎてホームをつくれないかららしい。
中高6年間、一人で通り過ぎていたこのカーブを、楓さんと一緒に通り過ぎるのは不思議な感じがする。
十三に着き、跨線橋を渡って、京都線ホームに向かう。京都線の狭いホームは今日も端まで学生やサラリーマンでびっしり埋まっている。よく誰も転落しないものだとひやひやする光景だが、未来ではさすがにホームドアが設置されていた。
「最寄り駅、高槻市だよね。快速急行で行けば一番早いのかな」
「確かに一番早いのは快速急行ですね。でも、混んでるので僕はいつも普通電車に乗ってました」
ちなみに快速急行は未来では「準特急」という名前に変わっている。
ほどなくやってきた普通河原町行きに乗り込む。案の定二人並んで座ることができた。
「前回の高校生活では、通学の電車内でどう過ごしてたの?」
「座れるのをいいことに、寝てましたね。寝れない時は本を読んでいました。とにかく行き帰りの電車内で読書が捗りましたよ」
多分人生で一番本を読んでた時期だと思う。裏を返せば一緒に登下校する相手がいなかったってことなんだけど。なんかこれじゃあぼっちみたいじゃん。まあ、友だちゼロ人ではなかったにしろ、広義のぼっちには入ってたと思う。思い出すと泣けてくるな。
「ごめん、辛いこと思い出させちゃった?」
「いや、勝手に連想した僕が悪いだけですから」
高校時代は「いっぱい本読めてラッキー」くらいに思ってたけど、強がって目をそらしていたのかもしれない。
でも、今の僕の隣には一緒に登校できる相手がいるのだ。もうぼっちじゃない。
男子校の陰キャだった前回の僕なら「リア充死ね」って思うだろうなあ。
ごめんね、一度目の高校時代の僕。二度目の高校生活ではリアルを満喫しています。
楓さんは京都線にあまり乗る機会がなかったらしく、見慣れぬ車窓に興味津々。
この車窓も9年後には大きく変わっているはずだ。
淡路駅の高架化は9年経っても完成してないけど。
当初の計画では僕の在学中に高架に切り替わっていたはずなのに、工事が遅れて7年延期された。確かこの頃はまだ延期が決定してないよなあ。
マジで大阪のサグラダ・ファミリアだ。サグラダ・ファミリアの方が先に完成するはずだし、そのうち淡路駅が増殖して日本を覆い尽くすんじゃないか。
ふと気付く。あの小説もこの時点ではまだ発表されていないのだと。「淡路駅SF」なんて言ってみたところで、元ネタが未発表だと笑ってももらえない。
考えてみれば随分昔に来たものだ。こんなこと言うとガラケー時代にタイムリープしたやり直し系ラノベの主人公たちから怒られるだろうけど。
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