警備員さんは掃除屋さん
花園壜
警備員さんは掃除屋さん
母は姪っ子、つまり私の従姉妹の部屋の留守番で、田舎と大都市を数日間隔で行き来していた。
基本叔母が居るのだが、別の地方の住まいで務めもあり、都度母が交替するのだ。
そんな母が体調不良を崩し、暫くの間私が代理することになった。
「えー」
「暇なんだからいいでしょ? だいたい勝手に仕事辞めちゃった罰よ」
新幹線までの私鉄特急。
反対側の窓辺に座る男性は、毎回のように私と同じ駅から乗り、以前からの見覚えもあるもののちゃんと思い出せないでいた。
首をかしげつつみていると気付かれてしまった。
服装を褒めると「ネットでマネキン買い」したのだと言う。
そこで気付く。職場の近所の工事でよくみかけた交通誘導員のおじさんだ。
現場にいたときは60才。
今は40才。まるで巨大IT企業の役員、時代の寵児といった装い。
こうも見た目も所作も違うとちょっとやそっとで分かるはずはなかった。
我ながらよく当てたものだ。
「出張だよ。別部門で清掃もやっているのだ」
「清掃で、出張?」
「……特殊でね。報酬が良いので遠い所でも行く」
「あー」
特殊ってあれか。
私鉄の終点でおじさんとは別れた。
改札を間違えて遠回りしたが、なんとか新幹線に乗り大都市に到着。
さて、ここからはまだまだ真っ白だ。
いや、極度の方向音痴が発動し、真っ白になるのだ。
幼い頃、この方向音痴が警察や消防まで出動させる騒ぎを起こした。
結局、家から随分離れた公園で遊んでいたところを、父が見つけてくれた。
その時のことも、そのあとすぐ死んだという父の事も、今ではまったく覚えていない。
まぁいいや。今回はどう行こうか。
駅構内の柱に持たれてスマホを見ていると、ドンッと音がして顔をあげた。
外の、大きなロータリーの向こう側のビルから煙が上がっていた。
と、誰かがそれを遮るように立ち、私を覗き込んだ。
「きみは」
おじさんだった。
「なにさっきの」
「ああ、ここのところ多いのだ、爆破とか発砲とか。で、きみは」
「迷ってしまって」
「案内板やスマホの乗り換え案内で」
「見ながらでもいつも迷うの」
「うーむ、行き先は」
「キタヤナカのここ。前は歩きとバスで1時間かかっちゃった。その前はもっと」
「まるで昭和だな。では最短ルートを教示しよう」
私の目的の駅のひとつ手前でおじさんは降りて行ったけど、徒歩含め僅か20分程で到着できた。
従姉妹は入院中だった。
飼っている猫はペットホテルに預けられたが、トラブルを繰り返し、最終的に身内が交代で面倒を見ることになったのだ。
途中、叔母から電話があってコンビニへ寄り道して、高いキャットフードを選んで買った。安いものを与えたら全く食べないのだという。なんともややこしい猫だ。
コンビニからの僅かな道のりで迷子になりかけたが、なんとか部屋にたどり着いた。
猫が、やんのかステップで私を出迎えた。コイツのことは、多分また別のお話で。
「ごめんねー」
と奥から声だけがした。
猫を足にぶら下げたまま入っていくと叔母はテレビに釘付けだった。
『速報。ニシアダチ区オオダイで発砲事件』
「うちの子が前に住んでいたあたりだわ。引っ越しさせといてよかった」
「なんか爆発とか発砲とか多いよね。こっちに着いたときも……」
そうだ、多いのだ。
画面の片隅に一瞬だけ、あのおじさんが映った。
地元でおじさんと話すのは初めてかも知れない。
家で洗濯をしていると、近所で工事が始まって、そこへおじさんもやって来た。
「おじさんは正義の掃除屋さんなんだよね?」
私の家の前で看板を設置しているおじさんに聞いた。
「昔この辺りに住んでいたのだよ」
おじさんは問いには答えず、全然違う話をした。そして私に聞く。
「きみはお城の公園で迷子になったことがあったかな?」
「あー、随分小さい頃に? なんで?」
「そんな話を思い出してね……」
ああそうそうと、おじさんはSNSのXのアカウントを教えてくれた。
「Y・Z」
XYZってやはりそれっぽい、と私の瞳は煌めいた。
「ヤマト、ザンジバル」
「? おじさんの名前?」
「好きな宇宙戦艦と機動巡洋艦だ」
「そっちの人ですか……」
そこへクラクションと、
「コラーッ! ガードマン!」
「バック誘導しろってえのー! ボケーッ!!」
巻き舌の、酷い怒鳴り声。
現場の監督と運転手のようだ。
「ヘエイ」
おじさんは声色を変えて返事をし、ヨボヨボと現場へ向かった。
私が背中を見送っていると、気付いて振り返り、頷いてみせた。
私もそれに「うん」と答えた。
洗濯物に戻ってしばらくすると、
「ギャー!」
「ゲー!」
さっきの二人の、断末魔の叫びが聞こえた。
いや、おじさん。
そういう意味じゃなかったんだけど……
了
警備員さんは掃除屋さん 花園壜 @zashiki-ojisan-k
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