第50話 弟、婚約破棄と婚約宣言

 この状況はどういうことだろうか。


「殿下、なぜ私と婚約破棄をされるんですか?」


「私には大事な人がいる。その人と婚約をするためだ」


 声だけ聞こえてくるが、現状どうなっているのかは見えてない。


 俺は隙間を通って姉を探す。


 これだけはずっと避けたかった。


 殿下から婚約破棄される。


 それは乙女ゲームの中で最後の方で出てくるイベントのはずだ。


 実際にゲームの中でも最後の方にあるイベントだと聞いている。


 さすがに婚約破棄するのは早い。


 いや、俺は姉の入学から一年遅れている。


 可能性としてはなくはなかった。


 それなのに俺は頭からその意識が抜けていたのだ。


 少しずつ道が開いた俺は姉の元へ向かう。


 きっと今頃放心状態になっているだろう。


 そう思っていたら、キラキラした装いの殿下が入学したばかりの俺の元へ歩いてきた。


 なんであの人だけ制服ではないのだろうか。

 

 周囲を警戒すると俺の後ろには彼女がいた。


 この乙女ゲームの世界でヒロインの女性だ。


 きっとヒロインに婚約を申し込むのだろう。


 姉と婚約破棄したことは許せないが、立ち止まり俺もそっと道を開ける。


 だが、殿下は俺の目の前で止まった。


 そっとその場で片膝立ちになり、俺の手を取った。


「ダミアン・ダークウッド公爵令息よ。私と婚約してくれないか」


 ん?


 どういうことだ?


 ヒロインは俺の隣にいるぞ?


「ちっ、私は兄弟カップリング推しなのに殿下かよ」


 彼女の声を初めて聞いた。


 この乙女ゲームのヒロインってこんなキャラなのか。


 しかし、今は頭が混乱してそれどころではない。


「どうなってるのおおおお!」


 俺の声がパーティー会場に響く。


 きっと姉もこんな気持ちなんだろう。


 姉からの声は聞こえてこない。


 今頃落ち込んでいるのだろうか。


 項垂れて表情が見えないから、なんとも言えない。


「その婚約に意義あり!」


 そんな中、俺達に声をかけたのは教員席にいた兄だった。


「俺の弟と勝手に婚約することは俺が許さない」


 ああ、頼れるのはやっぱり兄だ。


 もっと言ってやれ!


「ギュフフフこれだよ、これ! 私が求めていたのはこれよ!」


 隣から聞いたこともない声が聞こえてきた。


 よだれを必死に拭う姿は、獲物を見つけた獣のようだ。


「婚約を申し込むのに兄弟は関係ないはずだ」


「いや、ダミアンは俺の婚約者になるからな」


「はぁん!?」


 つい俺も声が出てしまった。


 そして、ヒロインからのキラキラな視線が邪魔だ。


 普通はヒロインに婚約を申し込むはずだが、なぜ俺のところに来るんだ。


 そして、妹であるイザベラのフォローをしてくれよ!


 まだ項垂れて落ちているぞ。


「ダミアン、俺はダークウッド公爵家を出るつもりだ。だから俺と婚約してくれないか」


 これは何かの演出か。


 今までそんな話は一度も聞いたことがない。


 両親から何も聞かされていないのだ。


「姉さん大丈夫?」


 俺は遠くから姉を呼ぶと顔を上げた。


 その顔は俺を睨んでいた。


 それは仕方ないだろう。


 婚約者に婚約破棄されて、弟に対して目の前で婚約を申し出ているからな。


 一方、ヒロインはギュフギュフと言っている。


 実はヒロインも魔物説もあるのだろうか。


「なら俺も立候補しよう」


「フェルナン!? 体調は大丈夫なの?」


「ああ」


 なぜかフェルナンは視線を逸らした。


 何かやましいことがあるのだろう。


 それよりも"なら俺も立候補"ってところで、これが入学パーティーのイベントだと確信に変わった。


 ひょっとしたらダンスから逃れられる作戦なのかもしれない。


 なら俺も一役買って出よう。


 おっさんはそういうところに鈍感だからな。


 ただ、涙目になってきている姉のイザベラが気になっている。


 嘘でも自分の目の前で婚約破棄されたんだもんな。


 俺は姉のところへ向かうと、そのまま手を取る。


 このまま婚約破棄なんかされたら、俺が破滅の道を一直線だ。


「俺は姉さんと結婚する!」


「なっ!?」


「へっ!?」


「姉さん行くよ?」


「あっ……はい」


 俺はそのまま姉と入学パーティーを抜け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る