第49話 弟、入学パーティーに運ばれる
「嫌だー行きたくないよー」
「ダミアン様、いい加減諦めてください」
準備を終えた生徒達が次々と会場に向かっていく。
何か正装をするわけでもなく、制服のまま参加するため、特に準備があるわけでもない。
やったとしても従者に髪の毛を整えてもらうぐらいだ。
クロにそんなことができると思うか?
俺はさっきと変わらない。
変わったのは一人残された教室で駄々をこねるぐらいだ。
俺は椅子から動かないぞ!
「だって人前でダンスとか嫌じゃん」
「もうそれは諦めてください」
「えー! それにフェルナンが来ないかもしれないんだぞ?」
フェルナンはあれから戻ってくることはなかった。
昼食を残すぐらいだから、きっと体調が悪くて休んでいるのだろう。
そうなるとダンスの相手は兄と姉だけになる。
さすがに二人だけだと、すぐに終わってしまう。
確実に知り合い以外とダンスを踊ることになるのだ。
長年踊っていない俺が見知らぬ人とできるはずもない。
「はいはい、それならダミアン様は俺と駆け落ちでもしてみますか?」
そんな俺の頬をクロは掴んで視線を上げる。
身長が高いためいつものように顔をあげると、目の前にはクロの顔があった。
いつもより真剣な視線に少し戸惑う。
「いや、クロちんと駆け落ちもいいかもな」
破滅フラグが回収できないと思った時には、クロと逃げるのも悪くない。
俺はそんなことを思いながら、視線を下げるとクロは足を大きく広げてひざを曲げた。
身長差があるから、視線を合わせるために腰を下ろしているのだろう。
「ほらほら!」
そんなクロのひざを持って左右に揺らす。
中々体幹もしっかりしていてびくともしない。
本当にこいつだけ成長したな……。
「はぁー、ダミアン様行きますよ」
「うぇ!?」
俺の体は一瞬浮くと、そのままクロの肩に担がれた。
ひょっとして姿勢を低くしていたのは、俺を担ぐためだったのか。
「クロちん騙したな!」
「騙してませんよー」
めんどくさそうに運んでいるクロの顔はどこか楽しそうだった。
他の人がいるところでは遊んであげれないからな。
これくらいは遊ばせてあげよう。
俺はみんなと違っておっさんだからな。
「仕方ない運ばれてやるか」
俺は諦めて入学パーティー会場まで運んでもらうことにした。
主人を担いで移動する従者なんてどこにいるのだろうか。
いや、ここにいたな。
「学園の中でも結構しっかりしているんだな」
パーティー会場はちゃんと準備されており、豪華な調度品や料理が並べられていた。
上級生の従者がパーティーの運営をしているのか、入学した生徒の近くには従者はいるが、上級生の隣には誰もいない。
それは姉のイザベラも同様だ。
「姉さーん!」
俺の姿を見たイザベラは驚いていた。
「ダミアン、あなた何をしているのかしら?」
ああ、今クロの肩にいるのがいけなかったのか。
なんやかんやでクロに運ばれている時はそれはそれで楽しかった。
小さい頃の気持ちを取り戻した気分だ。
中身はおっさんだからな。
「ダミアン様が逃げようとしていたので、捕まえてきました」
「いや、逃げる――」
「それでも公爵家の次男としての自覚はあるのかしら?」
「ごめんなさい」
まさか怒られるとは思わなかった。
俺はゆっくりとクロに下される。
「クロちんありがとう」
運んでくれたクロの背中を叩いてお礼を伝えた。
「いえ、これが仕事なので」
本当にクロは仕事が好きなんだろう。
嬉しそうな顔をしていた。
「もうそろそろパーティーが始まるから、あっちに向かうわよ」
爵位ごとに別れているため、公爵家はパーティー会場の中央に向かう。
外側から男爵、子爵と始まり、中央に公爵家と王族である殿下がいる。
「ちょ、姉さん速いよ」
歩くのが遅い俺は姉に置いていかれた。
本当に鈍臭い体をしている。
段々と静かになり、中央にいる殿下が挨拶し出した。
「本日入学した諸君。入学おめでとう! 君達の活躍を私は願っている」
結局俺は伯爵家あたりで姉を見失い立ち止まった。
まぁ、ここにいてもバレないだろうしね。
「今日はそんな君達……いや、全員に伝えたいことがある」
殿下は何かみんなにメッセージがあるのだろう。
「私はイザベラ・ダークウッド公爵令嬢と婚約破棄する」
あまりにも唐突な出来事に俺の頭は理解できないでいた。
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