第26話 弟、気を引き締める
お披露目会までは毎日ダンスの練習とマナー講習に明け暮れた。
踊りの相手はいつもクロだが、確実にクロの方がダンスの才能があった。
転びそうになっても、クロがリードしてくれるからどうにか形になったが、女性相手だったら転ぶだろう。
そもそもなぜこんなにダンスを頑張っているのか理由があった。
「なんで僕が一番初めに踊らないといけないの……」
「お披露目会の決まりなので仕方ないですよ」
ダンスの一曲目は俺のみで踊ることになっていた。
二曲目からは他の参加者やパートナーを変えて踊るため、転んだとしてもあまりバレないし、参加しなくても良い。
最低でも一曲踊り切れば問題ないのだ。
強制的に逃げるという選択肢がないならやるしかない。
「ダミアン準備できたか」
「はい」
憂鬱な顔で部屋から出ると、すでにみんな準備が終わり待っていた。
「わぁー、みんな似合ってますね」
俺と同じ色をしたドレスやタキシード。
それに比べて短パンにサスペンダー。
確実に俺だけ園児スタイルで浮いている。
兄は成長期なのもあり、身長が高いのもあり子どもぽくはない。
姉もお化粧していれば、悪役令嬢感は薄まる。
むしろ一番の変化は両親だ。
父はただただイケメンのラスボスだ。
母に関してはパリコレに出ているモデルにしか見えない。
主役の俺が一番みすぼらしく見えてしまう。
「みんなばかり似合っててずるい……」
ついつい本音が出てしまうほどだ。
横並びしたら俺だけ雑魚キャラで、他はボス勢揃いに見えるだろう。
「ダミアンも似合っているぞ」
「そうね。この世で一番ダミアンが可愛いわね」
両親は珍しく褒めてくれた。
「可愛いのはいつもだけどね」
「ふん、主役だからそれくらい目立たないでどうするのよ」
兄と姉も今日はやけに優しいようだ。
俺のお披露目会だから、気落ちしないように気を使ってくれたのだろう。
この世界に来て怖い顔の家族だが、優しい一面もたくさん持っている。
優しい言葉の裏には失敗したらタダじゃおかないという意味もありそうだ。
「今日は絶対成功させます」
「ああ」
意気込みを伝えるが、父はどこか歯切れが悪かった。
「なぜ入れないのだ!」
会場に到着するとクロは入り口で止められていた。
「クロちんは犬だから仕方ないよ」
「ぬっ……」
クロは騎士に持ち上げられてバタバタと手足を動かしている。
「また後で美味しい物を持ってきてあげるから庭で待っててよ」
「絶対持ってこいよ!」
こうやって普通に話しているが、他の人達には聞こえないように小さな声で話している。
公爵家の息子が犬に話しかけていると噂されただけで、父に殺されるかもしれないからな。
とぼとぼと歩きながらクロは何度も俺を振り返っていた。
その姿を見ていると、少し可哀想に見えてしまう。
庭園に行くクロを見送ると、俺達は会場の中に入った。
「すごっ……」
会場の中は結婚式かと思うほど煌びやかに装飾していた。
天井にはシャンデリア、テーブルの上にはたくさんの料理が並べられている。
それに一番驚いたのは人の多さだった。
公爵家のお披露目会だから、たくさんの人達が集まったのだろう。
実際目にすると、緊張して言葉を失ってしまう。
自分のためだけに用意されたのか。
そんな気持ちに心が締め付けられる。
「ダミアンしっかりしろ」
「はい!」
父の一言で会場の空気が一瞬にしてピリッとする。
それと同時に視線が一気に集まった。
これから俺の戦いが始まる。
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