EDMと遠吠え

 マズロア・ホテルの三十九階、特別パーティ会場。

 そこで週に一度ていどの頻度でおこなわれているパーティがる。


 ホテルのオーナーでありアドリアの知事をつとめる男、エリック・マズロア。


 彼の主催によって開かれるそのパーティには、各地で政界に携わるエルフや、貴家の当主、由緒ある部族の長などが招かれる。


 彼らは夕食をたしなみつつ、エルフ種族全体の安寧や発展などについて意見を交わし合うのだ。



 ただし会食や談議はあくまで余興にすぎない。


 夜も更けた頃、パーティ会場には、あるものが用意されはじめる。


 乾燥させた魔法草の葉を呪紙で巻いて包んだもの。

 魔法薬、通称〝モク〟と呼ばれるものだ。


 優雅な会食から一転して、ここからは違法なマジックパーティへと舞台が変わる。



 エリック・マズロアを筆頭に、毒々しい紫色の煙を、黙々と吹かすエルフたち。


 魔法薬の煙は、ツンと鼻にくる独特な臭いがする。

 吸い慣れていなければ、鼻腔にくる刺激がつよすぎてむせ返ってしまうものだ。


 でも次第に慣れてくると、むしろその刺激が心地よくなる。



 刺激的な煙が鼻をつき抜けたあと、肺に入って、魔毒が体に沁みわたる感覚。


 頭がポウっと浮ついて、表層意識と深層意識がになるようだ。

 鬱屈とした高揚感こうようかんが、意識を溶かしていく。

 俗的に言えば、ダイナー系でキマっている状態だ。



 さらに使用が長期にわたると、魔法薬を吸ってもあまり刺激を感じなくなる。


 つよいトリップ感はなく、自分の魔力が上昇していくのをありありと感じるのみ。

 ここまでくると、ついに魔法を発現しはじめる。



 エリック・マズロアは、すでにこの段階に至っていた。


 だが、まだだ。本物の威力にはほど遠い。


 雷撃魔法は、かつてアドリアエルフが誇った魔法だ。

 これをつかって種族の敵をやり損ねるなど、たいへんな失態である。

 偉大な先祖も草葉くさばかげで泣いていよう。



 そのため彼は、今夜、相当量の魔法薬を摂取するつもりだ。

 魔力を一気に高めて、本物の雷撃魔法を手に入れる。


 ……そして改めて、あの憎きマトリどもを殺しにかかるのだ。

 我らの誇りを踏みにじろうとする不遜ふそんな輩には、我らの誇りを以って討ち取るべきだろう。




 特別パーティ会場の照明は薄暗く落とされており、備え付けのスピーカーからはエルフの民族音楽が流されている。


 ゆったりとした太鼓のリズムに、

 穏やかな調子の笛のメロディがのって、

 さらにそれらをクポーン、クポーン、という木筒の響きでまとめあげる。


 かつて森に住まい、自然と対話したエルフたちがつくりあげた素晴らしい音楽だ。


 伝統的な音楽に身をゆだねながら紫煙しえんを吹かす重鎮たち。

 それを見守るのはホテルの警備員とアドリア警察。

 警戒は万全だ。

 特別パーティは、つつがなく進行していた。



 異変がおこったのは、パーティが開始されて一時間ほど経ったころだった。


 ゆったりと流れていた民族音楽に、ザザ、ザ――、と、しきりにノイズが乗りはじめる。


 魔法薬に夢中のVIPたちはあまり気に留めなかったが、壁際に並ぶ警備員たちはすぐに反応した。


 スピーカーの不調だろうか。

 あまりノイズが激しくなるようでは、神聖なパーティに魔が差してしまう。

「だれが音響室に直しに行くか?」と、警備員たちの間で目配せしあった。


 音響室は同じ階にある。

 パーティ会場を出ると廊下があり、そこに、音響室と、資材置きの部屋が隣り合っているのだ。



 警備員たちが逡巡しゅんじゅんしているうちに、やがてノイズは止んだ。


 ……その代わりに、異質な音が聞こえはじめる。

 ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン、というキック音だ。


 心地よい太鼓のリズムをぶち壊す音に、会場内はいっきにどよめき立った。

 魔法薬で意識を浮つかせていた参加者たちも、さすがに異変に気付く。



 四つ打ちのキックに重厚感のあるベースが乗り、弦楽器をはじいたような軽い音も散らばせられる。

 すでに民族音楽の雰囲気は台無しである。


 そして、エルフたちの動揺をさらに煽り立てるように、シュウゥゥウウ……ン、と徐々に上がっていくスウィープ音が鳴りはじめた。



 これ以上、VIPたちの機嫌を損なってはまずい。

 オーナーの顔も立たない。

 警備員は、音響室に向かおうと急いだ。パーティ会場の扉を勢いよく開く。




 ……そこで警備員が目にしたのは、ホテル上層階の通路にはいるはずのない異様なモノだった。


 黒い体毛に覆われた狗。

 いや、狼だ。


 とんでもなく大きな狼だった。

 体長にして百五十センチほど、ヒト一人分ほどの大きさ。そんな巨体の狼が、扉の前で、待ち構えていたのだ。



「なっ――!?」

 なぜこんなところに狼が――と、叫ぼうとしたが、それよりもさきに狼が力強く吠える。



『ウォオンッッッッ』


 大きな吠え声をあげた狼は、そばに立っていた警備員に突進した。


 突進を受けた警備員の体は天高く突き上げられる。

 ふわり、とエルフが宙を舞う。

 そのまま、会場の中央テーブルのうえに落下した。


 がしゃあああああんっ、と派手な音ともに、テーブルの上に広げられていた魔法薬やそれを吸うための器具一式を撒き散らす。



「な、何事だっ!?」


 魔法薬の煙に陶酔していた上流階級のエルフたちは、突如、会場に乱入してきた獣に騒然とする。

 みな席を立ち、あちこち動きまわって、狼狽ろうばいする。



 流されている音楽も、実に混沌。


 ダンスミュージックは、思わず体を跳ねさせたくなるようなタテノリのビートを刻んでいる。


 一方、民族音楽はとても伸びやかな笛の旋律。

 太鼓の打音は、メロディの調子を後押しするような感じで、ビートという概念ではない。


 規則的な縦割りテンポの楽曲と、

 奏者の息の合わせで緩急をつける楽曲、

 そもそも相容あいいれれるはずはない。



『アォオ――――……ン』


 カオスなミックス音楽。

 そこへさらに、狼の遠吠えが上乗せされた――……。

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