アドリア捜査2日目 捜査の展望
「思いがけず、耳寄りな情報を聞けたにゃ」
と言いながら、両の猫耳を指でつまんで、実際に耳を寄せてみせるシィナ。
「〝限られたエルフしか参加できない特別なパーティ〟だってさ。……ねえレオン、なんだか怪しくない?」
シィナが何を言いたいのか、レオンも分かっている。
「それがマジックパーティだって言いたいのか?」
「そうだよ。エッジズニックスの連中だって、ダンスホールを貸し切ってパーティをヤってたんだ。
ここが魔法薬の出どころなら、同じようにパーティがおこなわれてても、おかしくないでしょ」
「たしかに、そうだが……」
受付カウンターを離れた二人は、エレベーターのほうへ歩いていく。
ボタンを押すと、ゴウン、と上階にいたカゴが一階へと降りてきた。
「ようするに、マズロアの野郎が魔法薬密売の元締め人だってことだにゃ。間違いないね」
チン、と音がして、扉が開く。
二人はエレベーターに乗りこんで、四階のボタンを押した。
それまで周囲を気にして小声で話していたが、扉が閉まると、すぐに声量を戻す。
「さすがに、それはないだろう。知事が魔法薬密売に関わってるなんて、あり得ない」
「あり得ない? なに言ってんにゃ、レオン。図書館にでも行って、過去の新聞記事を読み漁ってこいよ。政治家の汚職事件なんて、いくらでも出てくんぞ」
「そ、それは……」
「っていうか、むしろつじつまが合うんじゃないかにゃ?」
「どういうことだ?」
「昨日と今日、アドリアの街を調べてまわったけど、『ほんとうにこの街に魔法薬密売人がいるのか』って、疑問に思ったよね」
帰宿前に話していたことだ。
疑問点①、これだけの人口密集地で、どうやって密売人が身を潜めているのか。
「ヤツはこのホテルの最上階に住んでる。この街でいちばん高いところだ。アドリアで、人目につかないところっていったら、そこしかないよにゃあ」
二人はそろってエレベーター上部の液晶表示を見る。
たった今、1の数字の照明が消えて、2が明るくなった。
表示されている数字は35までだ。
このエレベーターは上層フロアへはつながっていない。
上層階へ行くには、どこか別の専用エレベーターに乗らなければならないようだ。
街中を歩きまわったが、これほど明確に、立ち入りが制限されている場所はなかった。
この街で闇取引をおこなえるような場所は、マズロア・ホテルの上層階をのぞいて、ほかにないのだ。
次いで疑問点②は、魔法薬の出荷方法についてだ。
森に囲まれたこの街を出入りするには鉄道を利用するしかない。
だが駅にはアドリア警察による厳しい検問がある。密売人はどうやってあの検問をすり抜けているのか。
「マズロアが密売に関わってるんなら、それもカンタンだね。だってアドリア警察はヤツの指揮下だもん」
「知事の権限で、魔法薬の積み荷だけ検問を免除させてるってことか?」
「それもあり得るけど、もっと単純に考えればいい。……ケーサツもグルなんだよ」
ただ息を吐くみたいに、あっさりと警察の汚職を示唆するシィナ。
「世を正すためにはたらく警察が魔法薬密売に加担するなんて、そんなバカな……」
「〝ケーサツだから悪いことするはずがない〟って? そんなの職業差別だにゃあ」
「…………」
レオンは反論できずに、言葉を詰まらせる。
一理ある。公安職にかぎって悪事をはたらくはずがない、というのは、ある種の偏見ともいえる。
マトリとして捜査をおこなう以上、どんな対象が相手でも疑ってかかるべきだろう。
レオンは次第にシィナの論調に呑まれていた。
もう一つの疑問点③は、魔法草の栽培方法。
木陰やビル影ばかりのこの土地では魔法草の栽培が困難である。この街で、どうやって魔法薬を育てているのだろうか。
「最後の栽培方法については……これはまだよく分かんないにゃ。でもさっきの2つに比べたら、そんなに重要な問題じゃないよ」
これは、①・②にくらべれば
もしかしたら魔法草自体は、別の土地から運び込んでいて、アドリアはあくまで製造や売買の拠点ということかもしれない。
どうせ駅の検問を通れるなら、魔法草の輸入も可能だ。
「どうだレオン、これでもまだマズロアの野郎が怪しくないって言えるか?」
「……たしかに、これだけつじつまが合えば、彼に
「あたしの勘は当たるんだよ。ロビーに置いてある像をみたとき思ったんだ。胡散臭そうな顔してるって」
シィナがそう言うと、チン、と音が鳴った。
エレベーターの扉が開く。
雲をつかむような捜査に、ようやく展望が見えはじめた。
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