アドリア捜査1日目 街へ
魔法には土地柄というものがあり、土地によって継承される魔法の属性が決まっていた。
現代の魔法薬製造にも同じことが言える。
反政府体制のエルフグループ〝エッジズニックス〟が所持していた魔法薬を解析したところ、すべて雷属性だった。
したがって、かつて雷魔法が栄えていたこの街アドリアが、その魔法薬の出どころだと推測された。
ただし、具体的な手がかりはない。
見知らぬ土地で、だれとも知らぬ相手をさがして捕まえなければならない……。
正直言って、雲をつかむような捜査なのだった。
「さっそく捜査を開始するぞ、シィナ」
「えー、まだ部屋に着いたばかりだよ?」
ベッドに寝転んで、名残惜しそうに枕に顔をうずめるシィナ。
レオンは、
「やめろバカ、そんなことをしたらシーツに匂いが染みつくだろ、ただでさえ部屋中が良い匂いであふれかえって困ってるのに今夜寝られなくなったらどうする……!」
というセリフを喉元で留めながら、
「いいから立て」と、少女の襟元を引っ張り上げる。
「捜査するって言ったって、どうすんのさ。あたしたちはここに来たばかりだ、土地勘もなければ、情報もなんもない」
「なければ足で稼ぐだけだ。街をまわって情報を集めるんだ。そして密売取引がおこなわれていそうな場所がないか、徹底的に調べる」
「そんなの途方もないよ。……あーあ、せめてこの部屋でゆっくりしながら捜査ができればいいのににゃあ!」
「そんなことできるわけないだろ。わがまま言ってないで、早く行くぞ」
***
「お出かけになられるのですね」
カギを預けるために受付に立ち寄った。
受付嬢は褐色肌のエルフ、モニカ・レッティだ。
「ちょっと街を見てまわってくるよ。おねえさんのオススメのスポットはある?」
シィナは観光者をよそおって、街の情報をさぐってみる。
「東区には街一番の商業ビルがございますよ。
二十階建てで、多くのテナントが入っていますので、お買い物でしたらそこが良いかと。
西区はオフィス街です。
中央オフィスタワーの社員食堂は一般開放されておりまして、ランチがとても人気ですね。昼食をとるならそこがよいでしょう。
あいにくアドリアには公園などはありませんが、南のマンション区に設けられた公開空地がそれに近いですね。
市民の憩いの場です。食後にゆっくり過ごされるには最適かと。
北区には電波塔がございます。
この街の通信を一手に引き受ける集約電波塔です。中に入ることはできませんが、木々を背景に力強くそびえたつ電波塔は一見の価値ありですよ。
夜には当ホテルにご帰宿くださいませ。
二階にレストランがございます。一流のシェフがそろっておりますよ。上品でやさしいエルフの料理をぜひご堪能ください」
事務的な口調で、淡々とおすすめスポットを上げていくモニカ。
ホテルの受付なので、街の案内に慣れているのだろう。
***
街に出た。
すれ違うのはエルフばかりだ。獣耳の少女と、丸い耳輪の少年は、街中ですっかり浮いていた。
とはいえ、エルフたちから好奇の目を向けられるわけでもない。
「エルフばかりの中で、俺たちはすっかりアウェイだと思っていたが……。ジロジロ見られたり、避けられたりしてる感じはしないな。
旅行者に居心地の悪い思いをさせないよう、気を遣っているんだろうか」
「どうだかにゃ。そもそも、ほかの種族なんて眼中にないんじゃない?」
なんにしても怪しまれないなら好都合。
二人は堂々と街を散策する。
天気は良いが、あまり日光を感じられない。
ビル影のせいだ。
背の高い建物が密集しているアドリアでは、どこを歩いていてもビルの影を受ける。
さらに強風や乱流もしきりに発生する。
「こりゃ洗濯ものがたいへんだろうにゃ」とシィナが言う。
たしかに、とレオンも頷く。
彼の敏感な嗅覚は、待ちゆくエルフたちの衣服からしばしば生乾きの臭いを感じ取っていた。
二人の目的は捜査なので、モニカに教えられたとおりの観光スポット巡りをするつもりはなかった。
だが街をまわっていると、それらのスポットはいやでも目につくことになる。
東は商業ビル、
西はオフィスタワー、
南はマンション、
北は電波塔。
それぞれ、各区でもっとも高さのある建物なのだ。
どれも、各所でとびぬけた存在感を放っていた。
なるほどモニカがオススメするのも頷けた。
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