アドリア捜査1日目 帰宿
一日かけて、街中を歩きまわった。
日が暮れてきたのでホテルに帰ることにする。
「それで? 今日一日街を歩きまわって、なんか収穫あった?」
「いや、とくに手がかりは見つからなかったな……」
「なんだよー、今日歩きまわったのは無駄足だったのー?」
「一朝一夕でいかないのはわかってたことだ。明日もまた調査に出るぞ!」
レオンは持ち前の
しかしシィナは「うへえ」と肩を落とすばかり。
尻尾もしなだれて、鈴ピアスが虚しい音を響かせた。
「首都にいたときも巡回ばかりしてたじゃないか。同じようなものだろ」
「ぜんぜん違うよ。この街は、歩いていても楽しくない。どこもかしこも狭苦しいんだもん。息が詰まりそうだ」
もちろん首都にも、ビルがひしめく閉塞感はある。
だけどここはまた別種だ。
木造ビルの色味は暖かだし自然も豊かだが、それでも誤魔化しきれない息苦しさがあった。
「どこもかしこも、エルフだらけ。首都にもエルフはたくさんいるけど、こうもがん首揃えていられちゃあ、うっとうしく感じるよ。
それに、どの地区でもマズロアの物件が飛びぬけてたでしょ。なんか、どこにいてもあいつに監視されてるみたいなカンジで、居心地が悪いんにゃ」
シィナは、ロビーの一角に置かれた彫像をじとっと睨む。
「見ろよ、あの顔。キナ臭ぇツラしてるにゃ」
「何言ってるんだ。いかにもエルフらしい、気品のある顔じゃないか」
まるで正反対の感想を言い合いながら、二人はエレベーターに乗り込んだ。
「ようやく部屋にもどれる! 息苦しい街中より、部屋のほうがよっぽど落ち着くよ」
清々と言うシィナ。
一方、レオンの表情は浮かない。
彼にとっては、少女の匂いに満ちているセミダブブルの部屋のほうが、よっぽど息苦しいのだ。
チン、と音が鳴ってエレベーターが四階に到着する。
扉から出てきた二人の顔色はまるで正反対だった。
***
落ち着こうとして深呼吸をするも、胸焼けするような甘ったるい匂いを肺いっぱい吸いこんでしまい、かえって焦りが加速する。
部屋にもどってきて一時間。
レオンはずっとそわそわしていた。
少女の香りが部屋に充満しているからだ。
暖かく匂やかなセミダブルルーム……聞こえは良いが、レオンにとってはまるで拷問部屋だった。
悩ましい匂いがずっと頭の中に滞留して、落ち着かない。
律儀に固めた理性の箱を、チクチクと針でつつかれているかのような気分だ。
「ふにゃーっ。シャワー、お先いただいたよ」
シィナがシャワー室から出てきた。
彼女の湯上り姿は、昨日の露天風呂で見たものをレオンの脳裏に鮮明によみがえらせる。
「じゃ、じゃあ俺もシャワーに入ってくる……!」
動揺を隠すために急いでシャワー室に入ったが、失策だった。
狭いシャワー室には少女の匂いがまだ色濃く残っていて、まるで彼女がそこにいるかのように感じられた。
匂いは形をもって、湯気のなかに少女の裸を浮かび上がらせる。
レオンは必死に煩悩と戦いながら体を洗わなければならず、危うくのぼせるところだった。
そして床につくが、ベッドはセミダブル。
彼女と体を寄せ合って眠ることになる。
シィナは意外にも寝相が良かった。
少しだけ体を丸めながら、すぅすぅと寝息を立てている。
普段は暴れまわっているくせに寝るときは行儀が良い。そんなところが可愛らしい、とか思ってしまう。
かような精神状態で落ち着いて寝られるわけもなく、レオンはほとんど不眠のまま朝を迎えた……。
***
「んにゃあ……」
シィナはベッドから体を起こして、ぐっと伸びをした。
寝ぼけ眼のままベッドのサイドテーブルに手を伸ばす。
手に取ったのは、就寝前に外しておいたピアスだ。
左の猫耳にはミニフープピアス、そして尻尾に鈴ピアスを差す。
耳と尻尾に空いた穴をふさぐと、覚醒スイッチが入り、ぱっちりと目が開いた。
レオンはすでに起きていて、カーテンを半ば開けて外の景色を眺めていた。
「おはよう、シィナ……」と弱々しく挨拶をする。
「どしたんにゃ、レオン。元気がないじゃないか」
「あまりよく寝られなくてな……」
「ああ、そっか、枕が変わると寝られないタチだったね。相変わらず難儀なヤツだにゃあ」
シィナはそう言って快活に笑う。
ひとの気も知らないで……と、レオンは恨めしそうな目で少女を睨んだ。
しかしその目つきも、もはや弱々しい。
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