検問と公安手帳
「住人の大半がエルフってのはホントだね。どいつもこいつも、耳がとんがってやがるにゃ」
列車を降りると、広い駅構内に出た。
シィナは構内に混みあう人々の顔ぶれを見る。
彼らは、髪や肌、目の色はさまざまだが、耳の形は共通していた。
人間であれば丸くなっている
エルフ族の特徴だ。魔力の継承が薄まろうとも、かつて種族が誇った魔法術が衰退しようとも、この特徴だけは現代でもしっかりと残されている。
鼻の良いレオンは、密度の濃いエルフのにおいを感じていた。
新緑を撫でるそよ風のような爽やかさと、古い木の根の香気がまじったようなにおいだ。別段、不快なにおいではない。
「それにしても、ずいぶん混みあってるな……」
構内は人で……もといエルフでいっぱいだった。
とても広い駅だが、ホームも通路も混雑を極めていた。利用者が多すぎるのだ。
アドリアには鉄道駅がここだけしかない。
周囲を深い森に囲まれたこの街で、ここが唯一の玄関だと言える。
街に入るにも出るにもこの駅を利用する必要があった。発展した都市に駅が一つでは、混雑するのは当然だ。
改札を出ようとしたところで、混雑のさらなる要因を知った。
「なにあいつら? ケーサツ?」
シィナがひょこっと顔をのぞかせる。
人混みの向こうに整列している制服姿の男たちが見えた。
出で立ちから、アドリアの警察官であると思われる。首都警察の濃い紺色の制服とちがって、森を意識してか穏やかな緑色の制服だが。
「どうやら検問をやっているらしいな」
シィナにつづいて、レオンも人混みの隙間をのぞく。
改札を出た乗客たちが、整列している警察官たちに荷物を見せているようだ。
反対側では、これから改札に入る者にたいしても同様に荷物検査が行われている。
「わざわざ駅で検問するなんて、何事だろう? なにか事件があったんだろうか」
「うんにゃ、それにしては、みんなふつうの顔して検問をうけてる。どうやら、これがアドリア駅の日常風景っぽいにゃ」
警察官は、みな制帽からのぞく耳が尖っている。
目鼻立ちの整ったきれいな面持ちのエルフたちは、いかにも規律正しく厳粛に職務をまっとうしそうである。
毎日検問をおこなっているからといって、流れ作業で適当に済ませることはなさそうだ。
「まずいにゃあ……。このまま検問受けたら、公安手帳が見られちゃう。あたしらがマトリだってことがバレちゃうよ」
「相手は警察だぞ? 俺たちがマトリだとバレて、なにか不都合があるか?」
「分かってないにゃあ、レオン。これは極秘の潜入任務なんだぞ。だれにもバレないようにしろって、マリアに言われたでしょ」
「それはそうだが……」
たしかに長官は、たとえ現地警察が相手でも、マトリだとバレないようにしなさいと言っていた。
だがレオンにはまだ実感が湧かない。
所属は違えども同じ公安職だ。彼ら相手にコソコソと正体を隠す必要があるのだろうか……。
「仕方ねーにゃ」
シィナは行列を横に抜けて、通路の壁際に向かった。
なにかを探しているようだ。やがて「お。あった」と、目当てのものを見つけて駆け寄っていく。
「シ、シィナ、お前まさか……」
シィナが向かった先は、なんと通路の隅に置かれていたゴミ箱だ。
彼女はポケットから公安手帳を取り出すと、躊躇もなく、あっさりと、ゴミ箱に投げ入れてしまった。
「バ、バカ! なにやってんだよ‼」
「だってこれ持ったまま検問うけたら、マトリだってバレちゃうでしょ」
「だからって公安手帳を捨てるやつがあるか! 帰ったらどんな処罰を受けるか……」
「大丈夫だよ。公安手帳を紛失しても、意外と処分は軽いんだよ。
やけに詳しい。
さては今までに手帳を紛失したことがあるのだろう。
「さ、レオンも早く捨てちまいなよ」
「…………」
レオンはおずおずと公安手帳を取り出す。
それをゴミ箱の投入口に近づけるが、なかなか投げ入れることができない。
公安手帳を捨てるなんて、まるで公安職の誇りを自らの手で穢しているかのような行いだ。
「ぐずぐずすんなよ、レオン。そいつを捨てなきゃ、潜入任務が始まんないよ」
レオンは、断腸の思いで手を離した。
自分がマトリである証明や、公安としての規則などが記載された手帳が、汚いゴミのなかに落ちる。
「公安としてやってはいけないことをしてしまった気がする。罪悪感で息が詰まりそうだ」
「罪悪感? 何言ってんにゃ。むしろ、これからあたしたちが犯罪者を捕まえるんだぞ」
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