バディの結束
『任務の行き道でマジックジャンキーに遭遇するなんて、不運だったわね。……いえ、むしろ幸先が良いと言うべきかしら』
マリア・セレスタはそう言って、クス、と小さく笑った。
通話越しでもわかるぐらい、相変わらずの透き通った声である。
たいへんな事件が起こってしまったが、列車はそのまま山岳地帯を超えて、アラゴ駅に到着した。
レオンは今、アラゴ駅の通信機をつかって本部へ連絡をとっている。
ここはまだ公安の秘匿回線が通じていて幸いだった。
「ゴードンの身柄は、ひとまずアラゴの地元警察に引き渡しました。シィナの蹴りがよほど効いたのか、連行時もまだ気絶したままでしたよ」
『あら、そう。……きっと、元々ひ弱な体の男だったのでしょう。だからこそクスリに手を出して、魔力のドーピングによって強靭な肉体を得ていた。
魔法薬は彼なりの救いだったのかもしれないけど、その顛末がこれじゃあ、同情の余地もないわね』
基本的に心優しいマリアだが、犯罪者に無用な慈悲をかけたりはしない。
『そのオークは、エッジズニックスの仕入れ元はアドリアだと言ったのね?』
「はい、シィナがそう聞いたと。……ただし、具体的な製造方法や、密売の元締め人についてはなにも知らなかったようで……」
アラゴ駅に到着したあと、オークの身柄を回収してもらうためにアラゴの所轄警察を呼んだ。
シィナの渾身の足刀で気を失っていたオークだったが、ちょうどアラゴ警察が到着した頃に目を覚ます。
ワイヤーロープで厳重に拘束されたオークに対して、シィナが
「売人について知ってることがあったら今すぐ吐けにゃ!」
と食ってかかったが、オークはその太い首を左右に振った。
彼はアドリアが魔法薬の出どころだということは知っていたが、具体的な製造方法や密売の元締め人について、詳しい情報は知らなかったようだ。
ただ魔法薬欲しさに、文字通り、見切り発車で西辺境行きの列車に乗ったようである。
「オークはエッジズニックスの構成員ではないのですから、元締め人を庇う義理もないでしょう。彼が情報を持っていないのはたしかだと思います」
『そうね。……オークの身柄はこちらで請け負わなきゃならないけど、身柄の護送は別の者を手配するわ。レオン君たちは予定どおり、アドリアへ向かってちょうだい』
「分かりました」
『投げ捨てられた乗客の荷物の補償なども、本部で対応するから』
「あ……。すみません。咄嗟のことで、それしか方法が思い浮かばなくて……」
『ふふっ。レオン君にしては、ずいぶんと大胆な作戦をとったものね。意外だったわ。
でも、マトリはジャンキーを相手にするんですもの、それぐらい大胆じゃないとね』
「……そうですね」
その後も報告や指示を伝えあい、通信を終了しようとしたが、マリアが待ったをかけた。
『シィナちゃんに通話を代わってもらえる?』
***
「どうしたの、マリア?」
駅の顔洗い場で煤汚れを念入りに落としていたシィナだったが、レオンに呼ばれて通信所に向かう。
受話器を上げて開口一番がこれだ。長官相手だというのに敬意のかけらもない。
しかし、温厚なマリアはこんなことでは怒らない。
『おつかれさま、シィナちゃん。お手柄だったわね』
「ふふん、思わぬ収穫ってやつだね。あたしの勘が光ったよ」
『うん。シィナちゃんの勘の良さはマトリの中でもピカイチね』
長官直々に褒められて、えへへと頬を緩めるシィナ。
しかし、マリアは少女を喜ばせるために通信を代わらせたわけではなかった。
『でも、今回はレオン君のはたらきがとても大きかったと思うわ。彼から詳しい報告を聞いたけど、オークを捕まえられたのはレオン君の機転があってこそでしょう』
「う……、そうだね。正直、レオンがいなかったら、まずかったかも……」
『シィナちゃんはとっても勘が良い。戦闘能力も高い。それはマトリとしてとても重要なことだわ。
でもね、相手にむやみに突っ込んでいけばいいというものではないわ。怪しいやつがいても、ちゃんと調査をして、準備を整えてから臨むべき。
今回の場合なら、オークが怪しいと思った時点で、まずレオン君に報告すべきだったわね。レオン君なら、慎重に状況を判断して、列車の中で戦闘を勃発させるような危険なことはしなかったでしょう。
そもそも彼はちゃんと資料を読みこんで、ジャンキーが列車に乗り込んでいる可能性があると踏んでいたみたいだし』
「……うん、まあ。たしかに……」
『もともと、シィナちゃんは少しワンマンプレイが過ぎるところがあったからね。それはあなたの欠点だと思っていた』
「んにゃ⁉ マリア、そんなふうに思ってたんかにゃ……」
『ええ。でもあえて言わなかった。レオン君と一緒にいるうちに、きっとシィナちゃんが自分で気づける機会が来ると思っていたから』
「そ、そんにゃ!」
『……私からはこれ以上はなにも言わないわ。これは、あなたたち二人の、バディの問題だから。彼に言いたいことがあるならちゃんと言うのよ?』
「わ、わかりましたにゃ……」
なんとか無事に通信が終えられた。
シィナは「ふにゃあぁ……」と安堵の息をもらす。
マリアは怒鳴りつけるような説教はしないが、その声がとても冷たくて怖い。
通話なのに、まるで銃口を突きつけられているかのような緊張感だった。
***
首都発の旅客列車が、たいへんな事件を乗せてやってきたため、アラゴ駅は一時騒然となってしまっていた。
だが、犯人も連行され、ようやく騒ぎも落ち着いた。
当駅からはアドリア行きの定期便が出ている。運行は予定通りおこなわれるようだ。
その列車に乗れば、本日中にアドリアに到着できる。
時刻表を確認していたレオンの背後で、ちりん、と鈴の音が鳴った。
振り返るまでもない、シィナだ。
「シィナ。どうかしたか?」
「レオン。えっと、その、……うにゃぁ……」
どこか気まずそうに俯いて、尻尾をくねくねと揺らしている。どうしたのだろうか。
「レオン。……ゴメンにゃ」
「え? な、なんだよ、急に」
「今までのこと……。前からレオンに言われてた通り、あたし、ちょっと一人で突っ走りすぎだったかなって。今回のことで思い知ったっていうか……」
シィナは俯かせていた顔を、ゆっくりと持ち上げる。
気まずさと気恥ずかしさと申し訳なさが混じった、心細そうな表情。
まるでいたずらを白状する子供のようだった。
「あたしたちはバディだもんね。ちゃんと協力しないといけないよね……。ごめんにゃ」
「べ、べつに謝らなくていい。……俺の方こそ、少し反省はしてる」
「え? なんで?」
「マリア長官に言われたよ。『客の荷物を投げ捨てるなんて、意外だった』って。
たしかに以前の俺なら、こんな大胆な作戦はとらなかった。お前とバディを組んで、俺は少し変わったのかもしれない」
今までの真面目
つまり今回の勝利は、ある意味でシィナのおかげでもあるのだ。
「俺はシィナに『独りで突っ走るな』なんて注意してばかりだったけど、マトリの戦いには、お前みたいな大胆さも必要になるんだよな。
……俺のほうこそ、お前のことをもっと信頼すべきだった」
「……そ、そっか。まあ、お互いさまってことかにゃ」
狗と猫。
まるで正反対のバディだが、それゆえに切磋琢磨することができ、その相乗効果も大きいというもの。
レオンもシィナも、お互いに信頼し合うことの重要性をよく理解した。
しばらく気まずい沈黙が流れたあと、互いの顔を見て吹き出してしまった。
この気まずさが可笑しかったからだ。
「さて、シィナ。本番はこれからだ。もうすぐ、アドリア行きの次の列車がくる」
「え、もう⁉ さすがに休憩しようよ。まだ全身煤だらけだ。着替えたいし、お風呂入りたい。今日はもうこの街に泊まっていこうにゃ」
「ここで一泊? そんな暇はない。俺たちの任務はまだ始まってないんだ。休んでなんかいられないだろ」
「なんだレオン。年頃の女の子に、こんな汚い格好のままでいろってのか⁉」
「そ、それは……」
「ほら、さっさと駅出て、宿探しに行こう。温泉宿なんかあったらいいにゃあ。露天風呂付の部屋でさ、長旅で凝り固まったからだをほぐしたいよ」
「だから、これは旅行じゃないって……」
レオンが引き留めようとしても、シィナは気にせず駆けていく。
かき鳴らされる鈴の音は「はやくこいよ」と言っているかのよう。レオンは諦めて、少女についていく。
その表情は、どこか愉快気でもあった。
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