いやな予感

 車輪が線路の継ぎ目を踏むたびに、ガタンガタン、と車体が小さく跳ねる。


 資料の確認もしっかりと終えられた。レオンは柔らかな背もたれに体重を預け、列車の揺れに身を任せていた。


 心地よい。

 このまま目を閉じたら、きっとすぐに眠ってしまう。


 隣にシィナがいないだけでこんなに静かで快適な列車旅になるのだ。


 座席の質が良いから、いっそう心地よい。

 こんなの税金の無駄遣いだと言ったものの、シートが柔らかいのはありがたかった。



 マクスヴェイン家は人狼の直系。

 狼への変身能力を有するが、平時から、イヌ科としての特徴をあるていど備えていた。


 嗅覚がすぐれていることと、そして尾てい骨が大きいこと。


 尾てい骨は尻尾の名残である。幼い頃から苦労させられてきた体質だ。

 椅子の背もたれにもたれかかると、尾てい骨が圧迫されて痛むことがよくあった。


 この座席なら、遠慮なくもたれかかれる。

 レオンは静かな個室のなかで、座席の柔らかさを堪能していた。



 しかし、安穏あんのんは長くつづかない。



 個室扉の向こうが、なにやら騒がしい。

 ドタドタと、慌ただしい足音が列車の揺れにあわせて聞こえてくる。


 何事かと、レオンは個室の扉を開けた。


 見ると、ひとつ前の車両が、人でいっぱいになっているではないか。

 押し込まれた人が車両の扉を開けて、この最後部車両にも一気になだれ込んでくる。



「な、なにがあったんですか!?」

「ま、前の車両で、オークが暴れてるんだ!」

「オークが、暴れてる……⁉」


「どうやらマジックジャンキーらしい! 近くにいたら殴り殺されてしまう!」

「マジックジャンキー⁉」


 その単語を聞いた途端、レオンの顔色が変わる。



 オークと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、資料にあったエッジズニックスの顧客情報。もっとも金払いが良くて、〝骨太客〟というあだ名がつけられていた男だ。


 ガタイがよい種族として、だれしも思い浮かべるのは、やはりオーク。


 エッジズニックスが壊滅した今、彼らの客がクスリを求めて仕入れ元へ向かう可能性があるとは思っていたが……。

 いやな予感というのは、得てしてドンピシャで的中するものだ。



「すまない、通してくれ‼」


 混みあう通路の中を、流れに逆らって前へと進む。


 シィナが「列車の中を散歩してくる」と言って出ていった矢先のことだ。

 彼女が今、騒ぎの中心にいるだろうと容易に想像がついた。



「あいつ、また一人で突っ走ったのか……‼」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る