第二章――【ジャンキー乗り合い列車】

ひんやりヒステリック

 ザザ、ザー――……。


「こちらレオン。聞こえるか、シィナ」

 ぬるい夜風にのって、ノイズ交じりの音声がとぶ。



 そこは首都近郊に建つ大型の冷蔵倉庫。

 大手の物流会社が所有する倉庫であり、毎日ここからさまざまな冷蔵食品が配送されている。


 レオン・マクスヴェインは断熱パネルの外壁を背にしながら、無線機に声をかけていた。



『ハイハイ、こちらシィナ。聞こえるよー』


「ターゲットが出てきた。裏口の方だ」


『んにゃっ。そっちか。正面のでっかい扉から出てくると思ったのに!』


 倉庫の裏口から、すらりとした細身の女性が出てきた。

 仕事を終えた倉庫のピッキング作業員である。


 レオンとシィナは倉庫の裏具と正面口、それぞれ待機して、彼女が出てくるのを見張っていた。当たりを引いたのはレオンの方だ。



『いそいでそっち側にまわるから! それまでターゲットのこと、見失わないでよ』


「ああ。わかってる」


『で、どうなの? その女、見た目は?』


 走りながら無線で話しているのだろう、ぼふぼふと風切りノイズで声が聞き取りづらかった。

 それでも、シィナの息はまったく上がっていない。



「夜でもはっきりわかるぐらい、真っ白な肌だな。正直言うと、気味が悪いぐらいだ。それにどことなく冷気も漂ってる感じもするな」


 女性はとても美しい白磁はくじの肌をしていた。

 宵闇の中でくっきりと浮かび上がって見えるほど白い。

 髪はきれいな濡れ烏。

 白装束を着ればとても映えそうな容姿だ。


 女性が街灯の灯りに照らされると、ドライアイスから出るような、白い煙がわずかに見えた。


 ドライアイスの白い煙といえば、周囲の空気が急激に冷やされることによって水蒸気が水滴となり、光を反射することで見えるものである。

 いくら冷蔵倉庫から出てきたばかりとはいえ、そこまで体が冷えているなんてふつうの人間ではありえない。



『情報通りだね、そいつは〝雪女〟だ』


「雪国由来の種族だな。初めて見た」


『血筋自体はいろんなとこで継がれてるらしいよ。でも、血はすごく薄まってるはずなんだ。外見や体質に雪女の特徴がはっきりと表れるようなやつは、そういない』



 魔法薬取締局にタレコミがあった。

 ある女性が、魔法薬使用の疑いがあるという。


 雪女の血を引く女性だ。もともと肌が白くきれいな女性だったが、最近、その肌の白さが異常ともいえるほど際立ってきていた。

 それに伴って、日を増すごとに体も冷ややかになっている。


 さらに、たまに言動がおかしかったり、怒りやすくなったり、かと思えば急にボーっとして話を聞かなくなったりと……とにかく様子がおかしいとのこと。



 レオンとシィナは女性の勤め先である冷蔵倉庫に向かい、彼女が出てくるのを待っていた。

 これから女性の生活を見張り、魔法薬使用の証拠をつかむ算段だったが……。



『間違いないね、そいつはもうクロだ。ちまちま調べる必要はないよ』


「は? 調べる必要はないって……」


『その女は、気味悪いぐらいお肌真っ白なんでしょ? 冷気もまとってる。だったらそれが証拠だ。それはまぎれもなく雪女としての能力だもん。

そいつは魔法薬を使ってるにちがいないよ。……はは、お肌が白いからクロってか。笑えるにゃ』


「ちょっと待て。たしかに怪しいけど、まだ断定するには早すぎる!」


 レオンが待ったをかけるが、彼の制止を素直に聞くようなシィナではない。


『よし、いつものだ。待ってて、もうすぐそっち側にまわるから』


「体当たりってまさか……、おい待てシィナ」


 レオンの制止もむなしく、無線が切られてしまった。

 直後、ちりんちりん……と鈴の音がどことなく聞こえはじめる。張り込みだというのに鈴を外していなかったのか。



 鈴の音がだんだん近づいてくる。

 しかし、ターゲットの女性はその音に気付いていない様子だ。ボーっとしながら夜道を歩いていた。

 やがて曲がり角に差しかかったとき、角から少女が飛び出してくる。


 雪女とネコビトの少女が交差点で派手にぶつかり、転倒しあう。


 少し離れた位置からその様子を見て、既視感を覚えるレオン。

 初めてエルフを捕まえたときと同じだ。

 今回も、「ケガしてない?」などといって体をまさぐって、魔法薬を隠して持っていないか探るつもりだろう。


 たしかに、ここでブツが見つかればすぐに検挙はできるだろうが……。



「なにすんのよ、クソガキっ‼」


 しりもちをついた女性は、甲高い声で叫んだ。

 傍目はために見る分には、涼やかな美しい女性に思えたが、ずいぶんと怒りっぽいようだ。


 持ち前の性分だろうか?

 そうでなければ、クスリによって情緒が不安定になっているのか。


「……ありゃま。ヒス入っちゃったか」



 女性の周囲に、冷気の白煙がもうもうと立ち込めていく。

 感情の昂ぶりとは反比例して、体の温度はどんどん下がっているようである。

 白い肌に、ピキピキと氷の亀裂のような筋が浮かぶ。


 これでは、いつもの作戦は使えなさそうだ。とても、体をまさぐらせてくれるような雰囲気ではない。



「ヒィヤあああああああッッ」


 女性は狂気の叫び声をあげながら、シィナに向かって襲いかかった。


「シィナ、逃げろ!」


 雪女は少女の肩をつかみにかかる。

 冷気をまとう手で触れられたら、一瞬で凍傷だ。



 シィナは地面を蹴って、後方へ飛ぶ。

 ひとまず雪女と距離を取った。


 もちろん、いかにも執念深そうな女は、少女を逃がしはしない。狂気にあふれた形相で追いかけてきた。


 せまりくる雪女に臆することもなく、シィナはなぜか……靴を脱ごうとしていた。



(あいつ、こんなときに、なにやってるんだ……?)


 離れたところで様子をうかがっていたレオンは、相棒の奇行に困惑してしまう。

 それでも彼は、なりゆきを見ていることしかできない。



 シィナは、片方の靴で、もう片方のかかとを踏んで、足を浮かせた。

 かかと履きの状態だ。

 そのまま、大きく足を振りかぶった。



「さて、明日の天気はどうなるかにゃ?」

 にやり、と笑ったシィナは、右足を思いっきり振り抜いてスニーカーを発射する。



 まっすぐ放たれたスニーカーは狂女の顔面にクリーンヒットした。


 スパコオォオオオオン……、と乾いた音が夜の路地に響きわたる。

 屈辱的な一撃を受けた雪女は、そのまま地面に倒れて動かなくなった。



 なるほど、とレオンは納得する。

 雪女の冷気に直接触れないよう、飛び道具として靴を使ったわけである。とても機知に富んだ戦い方だ。


 まあ、シィナに対して言うならば、『小賢しい』と言った方がしっくり来るが。



「はは、見ろよレオン。ひでえ顔になったにゃ」


 地面に倒れた女の顔を指差して、ケタケタと笑うシィナ。

 雪女の清らかな白い顔に、靴裏の跡がくっきりとついていた。



「まったく、おまえは相変わらず無茶するな……。もう少し慎重に動けないのか。考えもなしに一人で突っ込んでいくのは危険だ」


「危険? 大丈夫だよ、あたしがマジックジャンキーどもに負けるはずないでしょ」


 シィナはそう言うと、けんけん、と片足で跳ねながら靴を拾いに行く。


「お。よかったにゃ、レオン。あしたは晴れだよ」



 ***



 ――翌日、快晴の日。


 警察局でおこなわれた事情聴取にて、雪女は語った。


「カレシが、私のお肌が白くてきれいだって褒めてくれたの。それに体もひんやりしていて抱き心地が良いって。私が雪女の血筋だからよ。

私はもっと褒められたくて、もっと雪女の特性を発現させたくて……。


それで、魔法薬に手を出してしまったの。友だちが、たまたまプッシャーと知り合いだったから……。


魔法薬を吸えば吸うほど、どんどん肌が白くなって、体も冷たくなっていったわ。

そうすればカレシが喜んでくれると思うと、嬉しくて、気が付けばやめられなくなっていたのぉぉお……っ!」


 恋人に褒められたいがために、魔法薬を使用したという女性。



 しかし、その想いは彼に受け入れられることはなかった。


 魔法薬取締局にタレコミをしたのは、その彼氏だったのだ。

 彼女が魔法薬に手を出していることに気付いた男は、身の危険を感じ、当局に情報を流したのである。



「ふーん。雪女なのに、男を想う気持ちはずいぶん熱かったんだな。だけど行き過ぎた。マジックなんかに手をだして、相手の気持ちを冷めさせてちゃあ、世話ないよにゃあ」


 この顛末てんまつを聞いたシィナは、気味良く言って笑っていた。

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