ある朝の指令

「きっと、お前のワンマンプレイがひどすぎるから、ご立腹なんだ」


 魔法薬取締局本部の廊下を歩きながら、レオンは言う。


「お前はいつも一人で突っ走ってばかりだ。きっとマリア長官はしびれを切らしたのさ」



 レオンとシィナがバディを組んで、一か月が経過した。


 成果は上々。エッジズニックスの一斉検挙を皮切りに、二人は違反者を次々と捕まえている。

 しかし、どの現場でもバディらしい連携をとれていない。

 いつもシィナが独断先行して、勝手に動きまわって敵をとらえていた。


 先日の雪女もそうだ。フィジカル任せの強引な検挙ばかり。

 こんなものは堅実な魔法薬捜査とはいえない。



 この日、二人は朝からマリアに呼び出しを受けていた。


 長官から直々に呼び出されるなんて珍しい。

 きっとシィナの身勝手さにしびれを切らして、注意するための呼び出しにちがいない。レオンは、そう予想していた。



 そんな少年の憂いを一蹴するように、シィナはあっけらかんと言う。


「あり得ないね。マリアがそんなことで怒るわけないにゃ。きっと任務指令の呼び出しだよ。それもドでかいヤマのね。

そうさ、ようやくあたしたちにも遠征任務をまわしてくれる気になったんだ」



 長官室の扉をノックすると、「どうぞ」と、透きとおった声が扉の向こうから返ってくる。


 シィナは余裕の笑みで、レオンは恐々としながら、長官室へと足を踏み入れる。


 高貴な雰囲気の部屋の奥に赤毛の女性が座っていた。

 魔法薬取締局の長官、マリア・セレスタだ。




「今日から二人には、辺境へ遠征任務に出てもらおうと思ってるの」


 朝の挨拶も早々に、マリアはそう切り出した。



「…………」

 レオンは呆気にとられたように黙った。


「どうかした? レオン君」

「い、いえ。なんでもありません」


 レオンは首を振って誤魔化したあと、横目でちらと相棒の顔をうかがう。

 そいつは、いけ好かないしたり顔でこちらを見上げていたのだった。


 調子に乗るなと言ってやりたいところだが、今は長官の指令を聞くのが先決だ。

 レオンはコホンと改まる。



「辺境地区の捜査……マトリの中でも一部の実力者しか任命されない難しい仕事だと聞いてます。まだバディを組んで一か月の俺たちが、そんな大役を?」


「ウチは実力主義だからね。たとえ結成して日が浅くても、実力があれば、大きな仕事を任せるわ。あなたたちなら大丈夫。ここ最近、とても良い成果を挙げているもの」


 ふふん、と胸を張るシィナ。


 違反者の検挙数が多いのは事実だ。だけどレオンはそんなふうに威張れない。

 どれもシィナの独走ばかりで、行き当たりばったりのずさんな捜査だ。成果につながっているのはただの幸運にすぎない。



「それで? どんな任務なの、マリア?」


「以前、ダンスクラブで一斉検挙したエルフグループを覚えてるわよね。エッジズニックス――彼らが所持していた大量の魔法薬の出どころを探ってほしい」


 魔法薬の出どころの調査。

 今までにないパターンの仕事だ。レオンとシィナは無言で目を合わせる。



 魔法薬の取り締まりは、売人や使用者たちを捕まえただけでは万事解決とは言えない。


 密売ルートが存在するかぎり、また場所を変えて魔法薬が広がることとなり、次のジャンキーが生まれてしまう。

 魔法薬被害をなくすには、その出どころを潰さなければならない。


 エッジズニックスは大量の魔法薬を所持していた。

 おそらく彼らには強力な後ろ盾がいて、そいつからブツを仕入れていただろう。

 すなわち、組織の元締めがいる。


 魔法薬取締局の威信にかけて、その元締めを捕まえなければならない。



「あの連中、取り調べでずーっとだんまりを決め込んでるって聞いたけどにゃ。ついにゲロったの?」


「いいえ。残念ながら警察局の取り調べでは、まだ黙秘をつづけている。魔法薬の出どころについて、はっきりとした証言は得られていないわ。でも、手がかりはある」



 マリアは数枚の写真を撮り出して、デスクに置いた。


 写真には、彼らが使用していた魔法薬が写されている。

 煙草状の魔法薬が〝分解〟されている様子だ。


 すなわち、乾燥させた魔法草と、それを包んでいた巻き紙に分けた状態である。



「彼らが使用していたのは煙草状の魔法薬。俗に〝モク〟と呼ばれているわね。

乾燥させた魔法草を、魔法陣紋様を描いた巻き紙で巻いている。

魔法草は魔力を増強させるもので、巻き紙に描かれた魔法陣は、付与する魔法属性を指定しているのよ」



「へえ、そういう仕組みだったんかにゃ」


 相槌を打ったシィナに対して、「マトリのくせにそんなことも知らなかったのか」と言いたげに、レオンが鋭い視線を向ける。



「もともと魔法の属性には、土地柄というのがあった。

火の魔法はこの地で栄えて、水の魔法はまた別の地で栄えて……といった具合にね。

現代でもその名残がある。魔法薬は、その土地に合った属性のものが造られることになるわ」



「なるほど。魔法の属性と、土地柄……ですか」


 これはレオンも知らなかったことだ。マトリにとって重要な知見ちけんだとして、しかと胸に刻む。



「ふーん。ようするに、あのエルフどもが使っていた魔法薬の属性が分かれば、その製造元の土地が予想できるってわけだにゃ?」


「そのとおり。そして解析の結果、雷の属性だったと分かったわ」


「あー、そういやたしかに、あのときエルフが雷撃魔法をぶっ放してきやがったにゃ。なるほど、雷属性の魔法薬を吸ってたからか」



 あのとき魔法を発現していたのは、組織のリーダー一人だけだった。


 だが、もし他のメンバーたちも同じぐらい重度のジャンキーだった場合、二十人余りのエルフたちが一斉に雷撃を撃ち放ってくることになっていたわけだ。


 そうなると、さすがのシィナでも敵わなかっただろう。

 改めて、マジックジャンキーの危険性が認識される。



「そう。彼らが使用していたのは雷属性の魔法薬。そして、その雷属性の魔法が栄えていた土地についても調べがついたわ」


「それはどこなの?」

「西の辺境にある街、アドリアよ」


「アドリアですか……」

 レオンは合点がいったように頷く。


「アドリアといえば、西の辺境でもっとも栄えている街ですよね。

古くは森林地帯の開拓村落が発祥で、その由来から、今でも人口の大半がエルフだとか」


「なんだレオン、やけに詳しいにゃ」

「地理が得意だったんだ。中等学院ではトップの成績だった」

「なるほど、どおりで頭がカタイやつだと思った」


 レオンがむっとしてシィナを睨むが、少女は知らん顔で視線を逸らす。



「魔法薬の出どころの候補地が、エルフの街だってんだ。こりゃ間違いないにゃ。やつらはアドリアから魔法薬を買い付けてた。

どおりで、警察局の取り調べで口を割らないわけだ。エルフは仲間を売らないもんね」


 取引相手が別種族であれば、きっとすぐに口を割っていただろう。

 かたくなに口を閉ざしているのは、その相手が同族だから。


 皮肉なものである。同族を庇おうとするせいで、かえって同族が共犯だという裏付けになってしまうとは。


〝エッジズニックス〟が所持していた魔法薬の出どころは、西の辺境アドリア。

 ――推論の域は出ないが、確率はかなり高い。




「でもさ、魔法薬の属性で製造元が分かるんなら、どうしてもっと早く調べなかったの? あたしたちがエルフどもを捕まえたのって、もう二週間以上前だよ」


「すぐに調べていたわよ。でもね、魔法陣の解読はとても難儀するものなのよ。

私が使えるのは空間魔法だけで、ほかの属性の魔法陣はさっぱり。古い文献をかき集めて、読み漁って、調べ尽くして……ようやく判明したんですからね」



 どうやら魔法陣の属性調査は、長官自らがおこなったらしい。

 難儀も当然、魔法はとうに衰退しているので、いわば古代文明の検証である。希代きたいの能力をもつマトリたちも、さすがに専門外。




「とにかく、これで魔法薬の出どころが絞り込めた。おそらく、アドリアに魔法薬密売の元締めがいる。

あなたたちには現地へと赴いて、その調査をしてきてほしいの」


 マリアは静かに立ち上がると、二人のもとに歩み寄った。



「これはいわば極秘の潜入任務。街のどこに密売人が潜んでいるかわからない。だれにもマトリだとバレないよう、くれぐれも慎重に行動するようにね」


「だれにも、ですか?」

「ええ。だれにも。たとえ現地の警察が相手でもね」


「現地の警察相手にもですか? 所属が違うとはいえ同じ公安職でしょう、むしろ協力してもらうべきでは?」


「あいにく辺境捜査では、現地の警察と協力関係を築けるとは限らないの。現地警察にとって、マトリはしょせん中央からやってきたよそ者だからね。

よそから来た捜査官に自分たちのシマを踏み荒らされて、いい顔はしないわ。捜査協力をしてもらうのは難しいし、最悪の場合、対立してしまうことだってある。

首都圏と辺境地方での統治体制のあつれきをモロに受けるのがマトリというわけ」


「そういうものですか……」



 レオンはあまり腑に落ちていない様子だ。

 仕方ないだろう。大人が体面をどれほど気にして、つくろいに執心しているかなんて、実直な少年は知りようもない。


 一方、すれた性格の少女は、さもありなんといった様子。

「世知辛いにゃあ」と、肩をすくめた。




「あなたたちは辺境へ行って、元締めの捜査をしてもらう。私は本部で指揮を執って、組織から魔法薬を買っていた顧客の捜査を進めるわ」


「顧客?」


「エッジズニックスは自分たちでも魔法薬を使用していたけど、そもそも言えば売人だからね。辺境からブツを仕入れて首都で売りさばいていたのよ。

彼らからクスリを買っていた客が、まだ野放しになってる。それを探し出して、全員捕まえないと」


「それもまた大変な捜査になりそうですね……」


「そんなことはないわ。魔法薬を買っていた客に関しては、エルフたちが事情聴取であっさり語っている。

情報は充分にあるから、探し出すのに苦労はしないでしょうい」


「そうなんですか? エルフたちは一切の情報を語らず、黙秘を貫いているのかと……」


「彼らが義理立てて秘匿するのは、同族の場合だけ。彼らはいろんな種族を相手に魔法薬を売却していたから。

同族以外の客に関しては、実に饒舌に情報を語ってくれている。……ちなみに他種族相手には、かなり値を引き上げて売りつけていたらしいわ」


「ははっ、いっそ清々しいくらいのクズだにゃ」


 シィナが呆れたように鼻で笑う。

 とはいえ是非もない。もとより、かの組織は徹底した種族主義者の集まりだ。




「私たちは首都でエッジズニックスの客を捕まえる、レオン君とシィナちゃんは辺境でその元締めを捕まえる、

――それぞれ任務を全うできたとき、魔法薬の密売ルートを完全壊滅できたといえるわ。当局の威信にかけて、これを完遂しましょう」


 レオンは真摯なまなざしで頷いた。

 シィナも、このときばかりは飄々ひょうひょうとした態度を控え、真面目な顔を見せている。



「これはむずかしい任務だけど、君たちならきっとうまくこなしてくれると私は信じているわ。良い報告を期待してる。それじゃあ、準備ができ次第、出発してちょうだい」




 ***




「――ほら、あたしの言ったとおり、任務の指令だったでしょ」


 マリア長官から任務に関する資料を受け取って、長官室をあとにした。

 廊下を歩きながら、シィナが得意げな顔で言ってくる。



「たとえマリア長官が怒らなくても、お前の無鉄砲さは目に余る。いいかシィナ、一人で勝手に動いてばかりで、いつまでもうまくいくものじゃないぞ」


「ふーん、言ってろにゃ。ジャンキーどもをひっ捕まえるのはあたしが一人でやれるから。レオンはせいぜいあたしの後ろをついてきたらいいよ」


 シィナは挑発的に尻尾を振る。

 軽やかな鈴の音が、本部廊下に響いた。

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