〝エッジズニックス〟
「名前はマイク・エドライナー。首都近郊のアパートで一人暮らしをしているエルフの男よ」
翌日、レオンとシィナは長官室へと呼ばれた。
マリアはデスクの上に資料を広げて、話をはじめる。
資料には、昨日のエルフの顔写真と、彼に関する情報が書き並べられていた。
「検査の結果、これまで何度か魔法薬を使用していることが認められた。魔法薬の所持ならびに使用はすでに確定。これから警察局によって余罪の調査が進められるわ」
「俺たちは調査に加わらないんですか?」
「マトリは常に人手不足だからね。違反者を捕まえるまでが精いっぱいよ。その後のことは、警察局に一任しているわ。
だから、マイクの取り調べや、余罪の調査は警察局の管轄。……私たちのほうは、ここから派生した重大な案件について取りかかることになる」
マリアは、デスク上の資料を別のものに代えた。
「〝エッジズニックス〟という、若いエルフを中心に構成された魔法薬密売組織がある。以前から公安が目をつけていた連中よ。
マイクは、その組織と深い関わりがあった。
正式な構成員ではなかったようだけど、同じエルフ同士の仲間というか……いわば〝マジック仲間〟ね。
彼はかねてより、組織が所持する魔法薬を安値で譲り受けていた。
レオン君とシィナちゃんが中央公園で目撃したのは、まさに組織の構成員との魔法薬受け渡しの現場だったわけ」
すなわち、あのとき公園にいたもう一人のエルフは、流れのプッシャーなどではなく、反政府組織の構成員だったというのだ。
「だったら、その売人のほうを捕まえればよかったにゃあ。ハズレ引いちまったか」
あのあと別々にわかれていくエルフのうち、片方に標的を絞って尾行をした。
標的にしたのは客で、見送った方が密売組織の構成員だったのだ。
そっちを追っていたほうがよかっただろうかと、二人は後悔した。
「悔やむことはないわ。むしろ都合がいい。あのとき組織構成員のほうを捕まえていたら、やつらの警戒心をつよめることになっていたでしょう。
でも今は、こちらが一方的にヤツらへの足がかりをつかんでいる状態。これはチャンスよ」
構成員が捕まれば組織は警戒心をつよめ、当局が組織の核心に迫るより先に雲隠れしてしまっていただろう。
組織に感づかれていない現状のほうが、むしろ好都合なのだ。
「マイク・エドライナーから、とても有益な情報を聞きだせたわ。エッジズニックスから魔法薬を買いつづけて上客となった者は、彼らから、とある〝誘い〟を受ける」
「誘い?」
「マジックパーティの誘いよ。彼らは定期的にとあるダンスクラブを貸し切って、違法なマジックパーティをおこなっているのよ。マイクはその誘いを受けた」
マリアはまた資料に視線を戻す。
「場所は夜間営業のダンスクラブ。一週間後の夜。そこでエルフたちが集まってマジックパーティをする。――レオン君、シィナちゃん、これはまたとない大チャンスよ。
この現場を押さえれば、魔法薬の密売組織を一網打尽にできる。
たった一人の検挙からこんなチャンスに発展するなんて。シィナちゃんはいつも運を招くよね」
褒められたシィナは嬉しそうに尻尾を振り、鈴を鳴らした。
「それにしても、初日の事情聴取だけで、よくそれだけ情報を聞きだせましたね。エルフといえば、とくに仲間意識が強い種族だと聞いています。
マイクはあくまで客とはいえ、同族組織の情報を簡単にもらすとは思えませんが……」
とレオンが言うと、シィナがこそっと彼に耳打ちする。
「マリアが昨日警察局に行ったのは、自分で事情聴取をするためだよ。マリアが本気になればエルフだってビビってなんでも話しちゃうもん」
「…………」
昨日、長官に怒られたときのことを思い出して、身震いするレオン。
なるほどマリアは警察局員も顔負けの気迫で以って、エルフから情報を聞きだしたのだ。
「どうしたの? 二人とも」
「な、なんでもないよっ。ちょっと二人でお話ししてただけにゃ。ねえレオン!」
「ああ、シィナ。ほんとうに大したことじゃありませんので、長官はお気になさらず」
「ふふ。二人ともずいぶんと仲良くなったのね。嬉しいわ」
そう言ってマリアは微笑むが、レオンは内心、恐怖を禁じ得ない。
マリアは魔法能力者である。
空間魔法を扱う彼女は、その気になればすぐにでも手元に拳銃を出現させ、ほぼノーモーションで射撃をおこなうことができるのだ。
その能力を知った今、たとえ笑顔を見せられようとも、心から安堵することなどできなかった。
能ある鷹は爪を隠す。
そして能ある組織長は、威圧感を笑顔の裏に隠すのだ。
***
その後、シィナとレオンは、エッジズニックスの一斉検挙に向けて動き始めた。
ダンスクラブの関係者を洗ったり、普段の営業には怪しいところがないか調べたり。
マトリが嗅ぎまわっていると勘繰られないよう慎重に調査を進めた。
調査四日目のことだった。
その日はクラブの休業日で、終日、イベントはない。スタッフの姿はなかったが、代わりにダクトの清掃業者がきていた。
「おじさんたち、なにしてるのー?」
シィナは無邪気な子供を装って、作業中の男たちに尋ねてみた。
「お店の人に頼まれてね、ダクトの掃除をしているんだよ」
「ダクト? そのちっさいトンネルのこと?」
「そう。狭い通路だから、こうやって機械を使って掃除をするんだ。お嬢ちゃんなら体が小さいから、中にも入れるだろうけどね」
シィナは通気口をじっと眺める。
たしかに自分ならこの通路を通り抜けることは可能だ。
その翌日。夜にイベントが予定されていた。
レオンはマリアの指示でイベントに潜り込んだ。
「あたしも一緒に行きたい!」とシィナが駄々をこねたが、さすがにネコビトの少女が夜のダンスクラブに行っては目立つ。
これは慎重な捜査なので引き留めた。
ぶーぶーと文句を垂れるシィナだったが、マリアが一言
一人で夜のダンスホールに潜入したレオン。
大音量の音楽、
充満する酒のにおい、
ひしめき合い、踊り狂う客たち……。
今まで味わったことのない空気にめまいがしそうだった。
人の群れに紛れながら、さりげなく店内を観察する。
メインホールの真上に通気口の蓋を見つけた。外からここまで、ダクトでつながっているようだ。
翌朝、すぐにマリアに報告をした。
「それは都合が良いわ。シィナちゃんがダクトからメインホールに潜入できるってわけね」
マリアは「当日の動きが見えてきたわね」と、作戦をまとめ上げていく。
「シィナちゃんがダクトから潜入して、現場の様子を探る。レオン君は外で待機。
エルフたちが魔法薬を使っていることを確認できれば、すぐに機動隊への出動要請を出すわ。
機動隊がクラブを包囲完了し次第、一斉に突入。まとめて検挙という流れになるわね」
「機動隊との共同作戦ですか?」
「敵がどれほどの人数規模か、まだ分からないからね。あなたたち二人だけに任せるのは危険かもしれない。
かといって、ほかのマトリはみんな任務で各地に飛んでいる。ウチはいつだって人手不足なのよ」
マリア長官としては、マトリの手だけで検挙を成し遂げたいところだろうが、戦闘能力がないレオンにとっては、機動隊の協力は非常に頼もしかった。
レオンは、作戦のながれを手帳にメモしていく。
そこでふと、さっきからシィナがずいぶん静かだと思った。
元気な少女が、いつになく大人しい。
横目で見ると、シィナはうつらうつらと頭を揺らしていた。
「おいシィナ、ちゃんと聞いてるのか?」
「ふにゃっ、……う、うん、大丈夫だよ。聞いてた聞いてた!」
本当にわかってるのかコイツは、とため息をつくレオン。
マリアが作戦指示を続けるが、やがてシィナはまた頭を揺らし始めるのだった――……。
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