巡る日々 二日目

 魔法薬取締局本部の近くに、マトリのための官舎があった。

 三階建てのマンションである。ほとんどは空き部屋になっているが。


「おはようにゃ、新人クン」


 寮の廊下でシィナと会った。彼女もここで生活している。

 どうやら同じ階だったようだ。


 猫の少女は、朝の気だるさなんてみじんも感じさせないような快活な笑顔で挨拶をする。



「おはようございます、シィナ先輩」

 レオンはきちっと背筋を伸ばして、頭を下げた。


「なんだよその挨拶、もっとくだけた感じでいいのに」

「先輩への挨拶なんですから、ちゃんとするのは当然です」


「ていうか敬語やめろよにゃ」

「先輩相手に敬語を使うのは当然です」


「まったく、新人クンってば、朝からカタイやつだにゃあ。

……あ、『朝からカタイ』って言っても、別にヘンな意味じゃないからね。勘違いしないでね」

「してません」


「そ。じゃあ、せっかくだしこのまま今日のお仕事始めちゃおうか」

「今日はなにを?」


「決まってるじゃん、昨日と同じ。巡回だよ」



 ***



「今日もいい天気だにゃあ」


 中央公園の休憩所。 

 木製のベンチに腰掛けて、晴天を仰ぐシィナ。


「こんな呑気にしていていいんですか。報告書が溜まってるって言ってたじゃないですか」


「まあねー……。マリアからも、『近いうちに出してね』って急かされてはいるけど。でも急げばいいってもんじゃないよ。焦ったらいい仕事はできないでしょ?

書類を急かされてるときだからこそ、むしろ巡回業務に身を入れるべきなのさ。〝急がば回れ〟ってね」


 どうだ、うまいコト言うだろ、とシィナは鼻を高くする。


 結局、洒落でごまかして書類仕事から逃げているだけだ。

 本当なら叱りつけてやりたいところだが、曲がりなりにも彼女は先輩。黙っているしかない。



 しばらくして、ようやくシィナがベンチから腰をあげた。


「休憩終わりですか? 巡回を再開しますか。それとも本部に戻って、事務作業ですか?」

「トイレ行くだけだよ。せっかくの休憩なのに、こんなすぐに終わるわけないじゃん」

「…………」


 呆れ顔のレオンの前を、悠々と通り過ぎる。



「あ、そうだ。新人クンにだいじな情報を教えといてあげる」

 トイレに向かおうとしていた足を止めて、レオンの方に振り返る。


「この中央公園のトイレは、二つあるんだけどね。西側と東側。トイレに行くときは、ぜったいに東側の方を使いなよ。

西トイレは古くて、すっげえ汚いんだ。中央公園を知ってるやつなら、西トイレなんて使わないよ」


 そんなどうでもいい情報じゃなくて、もっとマトリとして役に立つ情報を教えてほしい。



 シィナがトイレから戻ったあとも、しばらく休憩はつづき……。

 一時間後、ようやく巡回を再開させられた。


 だが先導するシィナは欠伸あくびをしてばかりで、とても真面目に巡回をしているようには見えない。


 そんな調子で、またグダグダのまま巡回が終えられてしまう。


 こんなはずじゃない。

 こんな体たらくは、公安としてあるべき姿じゃない。



 マトリ就任二日目にして、レオンはもう気苦労で押しつぶされそうだった。

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