新人捜査官、都会へ――

 線路の節目で、ガタンと車体が跳ねる。


 遠くに山脈が連なり、手前は緑一杯の草原。

 美しい自然の景色だ。その景色が、窓枠の中で右から左へと流れていく。


 まるで動く絵画だと、レオンは思った。



 まもなく首都中央駅に到着すると、アナウンスが入った。


 レオンはすぐに降りられるよう、足元に置いていたトラベリングバッグを抱えあげておく。

 切符がちゃんとポケットに入っているか確認も怠らない。少年はマメな性格だった。


 少し離れたところで、女性が網棚の荷物を降ろそうと背伸びをしていた。

 身長が低く、なかなか手が届かない。


 網棚に載っているのは大きなキャリーケースだ。ずいぶん重そうで、もし手が届いたとしても、女性が降ろすには苦労しそうである。


 すかさず、そばの席にいた男が手助けに入った。細身で高身長の男である。



「ありがとうございます」

「いえいえ、これぐらい」


 二人の会話が、レオンの耳に入る。


「身長、高いですね。うらやましいです」

「一応、オーク族の血を引いていますから」

「オーク? なるほど、ご立派ですね!」


「いえいえ、かつてのオークは、もっと強靭な肉体を持っていましたよ。キャリーケースだって片手で軽々降ろせたでしょう。でも今時のオークは俺みたいにひょろいのばっかりです」


「あら、それを言うなら私だって、先祖は高名な魔女でしたからね。もし私にも魔力があれば、キャリーケースぐらい、浮遊魔法をつかってちょちょいと降ろしてみせましたよ」


 二人はそう言って顔を見合わせたあと、こらえきれず吹き出した。

「今時そんなの、あり得ないですよね」と、可笑しそうに笑い合う。



〝もし自分に魔力があれば、こんな能力が使える、こんなすごいことをしてみせる〟

 ……それらを言い合うのは、現代人にとって定番のジョークとなっていた。


 かつて種族が誇った力も、今やすっかり衰退している。


 最近の若者にとって、魔法や能力なんてものはまったく現実感が湧かない。

 物をあやつる魔法だとか、超常的な能力だとか、そんなのまるで絵物語の中の話だ。だからこうして笑い話にできた。


 和やかな雰囲気で笑う男女。そんな二人を見て、レオンは内心、複雑な気持ちになる。


 少年は、彼らとは違う。



 レオンは百万分の一の才覚者だった。

 魔力を生まれ持った真正の能力者だ。彼にとって種族の力は空想なんかではなく、はっきりとした現実なのである。


 そしてそれは、決して笑いのネタにできるようなシロモノではなかった――……。




 マクスヴェインは〝人狼〟の直系である。


 その血に宿る能力は、狼化。狼への変身能力だ。


 これはとても危険な力だった。ひとたび狼になってしまうと、もう制御不能。

 理性が失われ、血に飢えた獣になり下がるのだ。

 古い記録には、当家の者が人々に危害を加えてしまった事例が、いくつもあった。


 昔、みなから恐れられ、嫌煙されていた人狼種族。

 そんな彼らを守ってくれたのが当時の公安だった。ほかの住民に害が及ばぬよう、適切に管理してくれたのだ。


 マクスヴェイン家は公安に大恩がある。


 その恩義を返すため、公安に所属して治安維持に尽力するのが、当家代々のならわしだった。

 幼い頃からその話を聞かされていたレオンは、自分も当然そうなるべきだと考えた。



 公安といってもいろいろな部局がある。

 その中で彼が志願したのは、魔法薬取締局。


 魔法薬取締局は、公安機関の中でも異質だ。

 魔力を持つ真正能力者のみを採用している。

 それ以外は不問。種族も年齢も関係ないし、ときには前科者でさえ取り入れるという。


 ここなら、どこよりも年若く入職できる。

 自分の生涯を、より長くかけて、公安に尽くすことができる。


 だからレオン・マクスヴェインは、マトリになることを志願したのだ。



 マトリは〝公安の狗〟などと揶揄されるが――少年は、そんな揶揄なんて歯牙にもかけない。

 狗で上等、むしろ望むところだった。



 列車が汽笛をあげて停止する。首都中央駅に到着したようだ。


 トラベリングバッグを背に、そして熱い使命感を胸に、少年は都会の地に臨んだ。

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