1-9. 目指す場所

 アドガン共和国にむけて、ラズルシード王国を通るか、タジェリア王国を通るか。

 簡単に言えばこの二択である。

 和泉の気持ちとしてはさっさとこの国から出たい。だが、タジェリア王国がこの国より良いという確証もない。


「今すぐに決めないでもいいと思うぞ。王都からタジェリアまでの移動距離は、少なく見積もっても一ヶ月近くかかる。

 移動するための備えをしないといけないし、移動中や国境近くでも情報を集めて、必要なら南東へのルートに切り替えよう」

「高田さんはそれでいいんですか?」

「もちろん。アドガンに直接行くより、他の国を経由した方が色々見て回れるし、正直この国から出たいって気持ちは俺も一緒だしな」


 同じ意見だったことにほっとして、高田にプレゼンのお礼を言いつつ、彼の前にブランデー漬フルーツとナッツがふんだんに入ったケーキを差し出した。


「こ、これは!?」

「そうです。これは昨日財務長官が食べられなくて激怒し、秘書官を殴り飛ばしてまで食べたがっていた、かのケーキでございます」

「こ、これをどこで!?」

「異世界人が滞在している宮から頂いて盗んでまいりました」


 フッフッフッと笑いながら、和泉は自分の分もテーブルに置く。

 ちなみに、今日二人がいるのは高位役人が王城に泊まり込んだり、地方役人が定期報告などで王都に参じる際の一時宿泊施設である。

 上下水が完備され、清潔で綺麗に整えられた広い部屋は、和泉が隠密で探し回ったベスト潜伏スポット第一位だ。


「うわー、市川君、ついにあの宮にも手を出したのか。大丈夫だったか? あいつらに見つからなかった?」

「大丈夫です。感知スキルで出たエリア図に、あの四人をマーキングしておいたので、どこにいるか把握できるようになりました」

「流石だな。で、なんかいい情報あった?」

「んー、周りの人がだいぶ汚職にまみれている感じです。

 ほら、異世界人って滅多に召喚されないでしょう? なのに宮が建てられてたり、そこそこの予算が毎年組まれているみたいなんです。でも大分ザルな管理がされているみたいで、あそこにいる人たちは随分好き勝手してますね」

「うーわー……高校生組に影響は?」

「今のところ、なしです。でも実際の討伐に出たりしたら、物資購入が滞る可能性はあります」

「そうか。今度何か不正の証拠になるようなものを見つけたら、持ってきてくれないか? 財務官の中で信用できそうな奴のとこに報告書紛れ込ませとくから」

「りょーかーい」


 軽く暗躍の予定を立てる二人。

 この潜伏生活で、順調に異世界に染まってきているようである。


「あ、てか、今度俺もその宮に連れてってくんない?」

「高田さんもですか? もちろんいいですよ。何かしたいことでも?」

「換算機で現金手に入れるのに、そこの宮のものを頂こうと思って」

「へ?」

「今までもちまちまと拾いもんで現金作ってたけど、やっぱ長期の旅には心もとない。

 逆にあそこは“異世界人が住む宮”で、提供される衣服や宝石類も“異世界人のもの”ってことだ。つまり、俺たちにも権利がある。

 んでもって周りが汚職してるなら、万一物品がなくなっているのを気づかれても、そいつらのせいにしかならないという訳だ」

「おーぅ、説得力ありますねー」

「交渉術スキルなぞ使わなくともこれくらいはな」


 フッフッフッと先ほどの和泉のような笑い声を出しながら、高田はグサリとケーキにフォークを突き刺した。

 二人はしばし高位役人も唸らせるほどの絶品ケーキを堪能しつつ、雑談を交えながら次の計画を立てていく。



 【王城にいる間にすること】

 ・換算機で現金化

 ・詳細地図入手と街道ルートの決定

 ・旅装備入手

 ・国境越えに必要な書類確認(身分証や通行許可証など)


 【王城を出たらすること】

 ・成人の儀を受ける

 ・一般人の旅装備及びルート確認

 ・物価及び貨幣価値確認

 ・各種ギルドの役割と登録方法調査



「意外とたくさんありますね」

「直近の目標が決まると、やる事リストは細かくなりがちなんだ。

 本当はギルド情報はここ王城で手に入ったら楽なんだけど、王国機関とは独立してるらしくて、なかなか詳しいことがわからなかった。これは城から出たらすぐ確認したい。

 もしかしたら冒険者ギルドに登録して身分証を作り、依頼をこなしながら許可証を入手して、国境を越えるっていう手が一番スムーズに行くかもしれないから」

「確かに、異世界モノのテッパンですね」

「おう、そろそろテンプレルートに乗っかりたい」

「厨二ですからね」

「だまらっしゃい、中二め」


 とりあえず、もうしばらく王城で準備を進めることにして、二人はまたそれぞれの役割に集中する。

 もちろん、異世界人の宮にもちょこちょこ顔を出しつつ、不正の証拠を集めつつ、時代遅れな貴金属を拝借しつつ、新鮮な野菜など旅に役立ちそうな食料を分けてもらいつつ、である。

 その間に二人はそれぞれ偽名を決め、兄弟設定で旅をすることにした。

 年齢が低いのに長距離移動するのを不審がられないためと、二人して異世界常識がないので、育った環境を同じにしてボロを少なくするためである。

 ちなみに名前は高田は遥から「ハル」、和泉は「イース」と「イーズ」で迷って結局「イーズ」に決めた。

 名字は平民が持っているか確証がないため、今のところは無しにしている。もし必要になった場合には「ターキュア」とすることにした。


「“高田”と“市川”を合わせて、タカーチ? タカーガァ? ターチー? うーん、ターキュ、タカーチュ、ターチュ、ターキュ? ターキュ……ターキュアにしよう!」

「……厨二」(ボソリ)

「なんか言った?」

「いえ。ハル兄、ステータスウィンドウの名前は両方変えたからね。今は名字は無しにしてある。んじゃ、今日はもう寝よう」

「オッケー、イーズ、おやすみ!」

 


 それからさらに王城に潜伏すること二週間。

 ついに二人は長い長い下準備を終え、ラズルシード王国王城を後にした。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る