1-8. 三つの国

「さて、それではご報告させていただきます」


 プレゼン開始挨拶をする高田に、和泉はパチパチパチと拍手を送る。

 約束の一週間がたち、高田が取りまとめたこの世界、主にこの国と周辺国の状況を報告する日が来た。断片的な情報はもらってはいたが、どの国に向かうかなど、今後を左右する重大な決定はまだしていない。今日の高田の報告をもとに話し合う予定だ。

 ちなみについ先日、高田の二回目の十五歳誕生日があった。何もしなくていいとは言われたが、それもどうかと思った和泉は食糧庫に忍び込み、高そうなワインと手がかかってそうな料理を拝借してお祝いした。

 盗むことには心が痛むが、なんとなくあの王妃のせいで召喚された気がするので、慰謝料と思って心に折り合いをつけている。これに関しては高田も同意見だ。


「ではまず、この国、ラズルシード王国の現状から――」


 和泉たちが召喚されたラズルシード王国は、西大陸の中央から南に位置する有数の大国である。異空間と繋がるダンジョンが複数あり、冒険者や傭兵、商人などが多く行き交い、ダンジョン産資源や天然資源が潤沢にありとても栄えている。

 ダンジョンは一級から五級までランク分けされており、等級に関わらず周期的に氾濫を起こすことが分かっている。そして、難易度が低いと氾濫周期は短く規模は小さく、難易度が高いと氾濫周期は長いが規模が大きく、そして被害が甚大となる。


 現在、ラズルシード王国内にある、難度が一番高い一級ダンジョンが数年以内に氾濫すると予想されている。


 もちろん、氾濫を未然に防ぐ方法はある。徹底的にダンジョン内を探索し、ダンジョンが有するリソースを少なくするのだ。これは小規模ダンジョンに有効であり、この方法が最も一般的である。

 しかし、大規模で難易度の高いダンジョンではこの方法を取るのは難しく、内部の探索で人員を削るより、外に排出させて戦略的に抑え込む方法がとられる。だが都市部にあるダンジョンでは難しかったり、発生する魔獣によっては多くの命が犠牲となってしまう。

 自国民が犠牲になったり、国内の戦力が大幅に削られたりすることを嫌った王妃は、こう決定した。


「異世界から人を呼んで、それにダンジョンを攻略させよ」


 そうして召喚されたのが、和泉たち六人である。

 召喚で喚ばれる異世界人は若く、そして強大なスキルを複数有していると伝えられている。

 中には過去、高難度ダンジョン全てを踏破し、数十年分のリソースを枯渇させたという災害級の力を持った異世界人もいたらしい。

 この異世界人召喚術は、なぜか一級ダンジョンの氾濫が迫った時にのみ可能で、それ以外の期間に召喚しようとしても、召喚の要である「ぎょく」が光を失ってしまう。


「玉ですか?」

「そうだ。氾濫が近づくと玉の光が増し、召喚はその玉の力を使って行われる。

 俺たちが喚ばれたあの広間、床にもどこにも魔法陣とかなかっただろ? それに魔術師もいなかった。

 それはあの広間のどこかに隠された玉だけで召喚できるからだ」

「あの強い光は、召喚玉が放ったものだったんでしょうか」

「確かに、その可能性は高い」

「召喚が終わったら、その光は失われるんですよね?」

「……そうだ。今は光っていないという話を聞いた」

「分かりました」


 召喚が行われたことは近く発表される予定であり、今回喚ばれたのお披露目も同時に行われる。

 

「これが大まかなラズルシード国の状況だ。

 ――悪くもないが良くもない国という感じだな。王妃が力を持っていて、自国発展と保護のためなら、異世界人を使い捨てても構わないという印象を受けた」

「国民を失いたくないから、異世界人に犠牲になれという考えなんでしょうね」

「その通り」



 今日まで王城を探索する間、何度か高校生四人組の姿を見かけている。

 女性二人は豪華なドレスを身にまとい、男性二人はそれぞれ魔術師や騎士装備を着て高待遇を受けているようだった。

 別の日には魔法や戦闘の訓練をしていたが、今のところ理不尽な目にはあってなさそうだ。


「あの人たちは、成人の儀を受けるのでしょうか」

「あの場では後ろ姿だったし、今は遠目で判断できないから、若返っているのかも分からないな」

「高レベルのスキルを持っている同じ異世界人相手だと、迂闊に近寄れませんしね。なんとなく、お姉さんの一人は気配察知スキルみたいなものを持っている気がします」

「あー、そうすると鑑定にも気づかれるかもな。意外に魔術師とか魔法の気配に敏感だし」


 現状を見る限り、しばらくは彼らも大丈夫だろう。

 自分たちが国を出た後も、積極的にラズルシード国のダンジョン氾濫関連の情報を集めておけば、自ずと彼らの情報も手に入るだろうと二人は結論づけた。

 もし四人が理不尽な目にあっているのが分かった時に、この国に戻ってきて助けられるように、氾濫までの数年で力をつけておくことも目標に定めた。

 




「この国について知っておくべきことは、今のところこれくらいかな。

 ――では引き続き、ラズルシード国周辺の状況をご説明いたします」


 十五歳になったばかりの幼さの残る顔をキリッとさせ、高田はプレゼンを続ける。

 和泉も再度気を引き締めて高田と向き合う。



「ラズルシード王国と国境を接しているのは、大きく二つの国です。北西にタジェリア王国、大陸東側の一部及び大陸東海の島々をまとめているアドガン共和国となります」


 タジェリア王国はラズルシード王国と並ぶ大国であり、複数の一級ダンジョンを含め、大陸では最多のダンジョン保有数を誇っている。

 実は、“複数の難関ダンジョンを踏破した災害級異世界人”を召喚したのはこのタジェリア王国とされており、数十年リソースが枯渇したせいで、必要なダンジョン産資源も取れなくなって苦境に立たされたという。

 二年ほど前に一級ダンジョンの氾濫が起こったが、異世界人の力に頼ることなく、入念な事前準備と計画的な戦略により、ほぼ人的被害なく氾濫を乗り切っている。


「異世界人、嫌いですかね?」

「これだけの情報じゃ判断つかないな」

「過去の異世界人がはっちゃけちゃうのはラノベあるあるですね」

「……だな」

「高田さんも、鑑定眼が魔眼になって疼き出したりしないですよね」

「せんわ。そっちこそ“隠密スキルで陰の実力者として暗躍します”とか言い出すなよ」

「しませんよ」



 タジェリア王国のことは一通り分かったので、次はアドガン共和国である。

 元々は複数の小国が集まってできており、地域によって全く異なる文化が発展している。所属する島は三十以上もあり、それぞれ違う部族が自治を認められている。

 一番力を持っているのは大陸側に住む部族で、それと並んで商人が多く所属する議会の発言権が強い。

 一級ダンジョンはなく、大陸側と各島に小規模のダンジョンが確認されている。


「島国はちょっと惹かれますね。魚が食べたいです」

「魚への執着は日本人のさがだな。俺も同感なんだが、一つ難題がある」

「何でしょう?」

「地理的な問題というか、移動手段かな」


 そう言いつつ高田がタブレットを取り、どこかで写してきた地図の写真を指し示すので、和泉も一緒になって覗き込む。


「ラズルシード王国がここ。で、この辺りが今俺たちがいる王都だ」


 そう言いながら、ダイヤモンドのような形をした大陸の下側を指して、少し左上に指をずらす。


「タジェリア王国がこっちで、アドガン共和国はこっちな」


 続けて高田はダイヤモンドの左右のトンガリを軽く指す。


「なるほど。で、何が問題なんです?」

「それがここ」

 写真を二本の指で拡大しながら見せたのは、ラズルシード王国東部とアドガン共和国西部の国境地帯である。


「なんでこの辺り黒いんです?」

「樹海もしくは腐海だってよ」

「腐海? 腐ってる?」

「何百年も前の一級ダンジョン氾濫がここで起こって、それの押さえ込みに失敗してから、誰も入れない超危険地帯らしい」

「えーー……」

「ってことで!

 アドガンに入るには二つのルートがある。

 一つ目は、すぐ北に向かってタジェリア王国に入り、タジェリア内を移動してアドガンを目指す。ラズルシード国内の移動はこっちの方が短い。

 二つ目は、今王都があるラズルシード王国の西側からずっと国内を通って、東の腐海ギリギリの位置にある都市まで進む。そこから、海に点在する島々を船を乗り継ぎながら移動して、アドガン共和国に入るルートだ」


 ビシッとピースサインのように掲げた二本の指をワキワキ動かしながら、高田が結論づけた。






 

 

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