1-7. 情報料

 二人が王城に潜伏し始めて、すでに一週間が経った。

 少しは街に出てみた方がいいのではないかと言う和泉の意見は、“見た目は中二、頭脳は厨二”でさらには交渉スキルを持つ高田に瞬殺された。


 ――交渉スキル、ずるい。


 心の中で密かにリベンジを誓いながら、和泉は世界的有名なネズミーさんがいるお城を全て集合させても足りないくらい広大な敷地を堂々と進む。

 初日の二人の予想通り、この一週間でスキルの熟練度はあっという間に上がり、メインスキルから派生スキルが生まれた。



  鑑定眼

   ∟心理眼

   ∟真理眼


  隠密

   ∟隠蔽

   ∟偽装



「心理と真理?」

「ややこしいよな」

「違いはなんですか?」

「心理眼は主に人の感情の鑑定だな。相手の心理状態が明確に感じ取れる。交渉術と併用すると効果がすごそうだ。

 真理眼の方は、逆にモノというか、書籍の情報が本物かどうかとか、絵画の作者とか価値が鑑定できる。

 “無形”ってのは、感情や情報の真偽鑑定を指してると思う」

「なるほど。相手の感情を読み取りながら、その人の話す情報が真実かどうかを見極めたら、騙されたりは絶対されなさそうですね」

「……笑いながらエグイこと言うな」

「そうです?」

「スキルもなんかエグそうなのが出てるし」

「……本人にも自覚ありです」

「名前だけでなんとなく予想できるけど、詳細を教えてくれると嬉しい」

「隠蔽はステータスウィンドウの情報を隠すことができるようです。看破スキルや、高田さんほどではないにしても鑑定スキルを持つ人に有効なようです。

 さらにこっちの偽装スキルを使えば、ステータスの改ざんができる感じがします」

「……思った以上にエグかった」

「失礼な」


 隠蔽スキルは、隠密スキルで行動してもどうしても残ってしまう痕跡――物の位置の変化や足跡などーーを瞬時に以前の状態に戻すことができる。

 さらに偽装スキルは見た目や声などを変えたり、短時間であれば対象の痛覚や触覚などをごまかすことまで可能なようだ。


「スパイ垂涎のスキルだな」

「すいぜん?」

「めっちゃ欲しがるってことだよ」

「ほー、受験に出そうな言葉ですね」

「日本に戻って受験問題に出たら、高田様に感謝しな」

「うち、中高一貫なので可能性は低そうですね」

「ボッチャマかよ」


 その後、熟練度が上がった隠蔽と偽装スキルを使うと、一定時間であれば和泉自身だけでなく、高田の見た目や気配をごまかせることがわかった。

 それにより、ずっと一緒にいなければいけなかった二人が、別行動で情報を集めることができるようになった。

 それからは高田は主に財務棟や資料館に入り浸り、国家中枢に集まる情報の吟味をしている。毎日歴史書を読み漁り、各地の膨大な納税データと格闘する姿に、和泉は絶対真似できないと若干の恐怖を抱きつつ密かに感心していた。

 一方、和泉は使用人棟や商人が出入りしそうな場所、兵士の鍛錬場などを手当たり次第に回り、彼らの会話から使えそうなネタを日々拾ってきては夜、高田に報告をしている。

 ちなみに今いる部屋は、主に厩舎や騎士団の世話をする男性使用人の宿舎棟だ。朝が早く夜番も多いのか、この棟で寝起きする人数は思ったより少ない。

 しかし、この一週間で二回ほど寝る場所を変えているが、今までで一番汚いし臭い。

 明日の朝には潜伏場所の変更を提案しよう。和泉は固く決意しつつ、今日の報告のため、隣の空き部屋でシャワーを浴びて戻ってきた高田に声をかける。


「おやっさん! 今日はいいネタありまっせ!」

「……怪しい情報屋か?」

「寿司職人と言ってくれると思ったんですけどね」

「……ごめんなさい?」

「仕方がないので許します。で、ですね。高田さん十四歳の謎が解けそうです」

「まじか! 良くやった!」

「でしょう! ま、第三姫殿下、って言ってもアラサー出戻り姫らしいんですけど、そこの料理人のさらに下っ端の男性のおかげですね」

「感謝したくても伝えられなさそうだな」

「それは仕方ありません」




 その日、使用人が多く出入りする食堂で和泉は情報を集めていた。聞こえるのはどこのカフェが美味しいとか、どの隊の兵士の体が良いとか、どの役人が不倫して奥さんに刺されたとか、主に女性が好むゴシップばかりである。

 だがどの地域の魔物が強いとか、どの国の料理がうまいとか、将来旅をする際に役立ちそうな情報を拾うこともできる。机の間を縫ってふらふらしながら、たまに誰かのお皿からうまそうな肉をつまむのも楽しい。

 ちょうど美味そうな山盛りポテチサラダと鶏もどきの炒め物を持った男性を見つけ、ちょこちょこと近くに寄る。手をつけられる前につまんでおかないと、髭面親父と間接キスになる。それだけは勘弁願いたい。そう思いながら完璧に気配を消しつつ、鶏肉に手を伸ばしたところで、別の男性が寄ってきた。


「デン! お前も早上がりだろ? 今日飲みに行こうぜ!」

「あー、悪い。今月ってか来月まで無理だわ」

「何でだよ。金ねぇのか?」

「まさにその通り。来月次男の成人の儀があるんだ」

「あれ? お前んとこの次男、先月で十五じゃなかったか? まだ成人の儀に行ってないのかよ」

「だからだよ。成人の儀の喜捨代で飲んじまってよ。来月までに小銭貯めて早く教会に連れてかねえと、あいつに殴り殺されちまう」

「カミさんか?」

「いや、次男だ。元々ゴツかったが、最近はガタイがデカくなりやがって。絶対成人の儀で授かるスキルは戦闘系だ」

「そりゃ確定だな。ま、男が戦闘系スキルもらうのは憧れだからな。それで裁縫スキルとか発現したら大笑いだ」

「やめてくれ。想像したくもねぇ。女神様に必死で祈って、なんとかいいスキル授けてもらわにゃ。ま、そんなんだから飲みは来月以降だ」

「了解」


 ちなみに貴重な情報への感謝の意を込めて、このデンという髭男のお皿から鶏肉を失敬するのはやめておいた。代わりに後から来た男性のプレートにあった果物をいただいた。梨と桃の中間のような甘みがあり、大変美味だった。




 使用人男性二人の会話を偽装スキルで声音を真似てまで、無駄に高いクオリティで再現する和泉。会話再現が終わったら興奮して絶賛してくれるかと思ったら、高田は顎に手をやって真剣に考え出した。

 こうなってはしばらく放っておくしかないと、若干落胆しながら今日の晩御飯を指輪型マジックバッグから取り出す。

 異世界にきてまだ一週間なため、バックパックの惣菜に飽きてはいない。だがずっとこれだけを食べるわけにもいかないので、そのうちどこかで食料を入手しなければ。食堂のつまみ食いはそのための下準備だ、と誰に向かってかわからないが言い訳を並べながらきゅうりのキムチ和えを口に入れたところで、高田が顔を上げてこちらを見る。


「なかなか興味深い情報が詰まってたな。キムチ俺にもくれ」

「どうぞどうぞ。演技はどうでした?」

「……野太い男の声が市川君の顔からするのはちょっとキモかったが、臨場感もあってよかったぞ」

「それは課題ですね。で、どうです?」

「まず一つ目、成人の儀が十五歳で、さらに誕生日を大幅に過ぎても問題ないというのは重要だ。俺の誕生日はもう来週に迫ってるから、当日に受けなくてもいいのは大いに助かる。

 二つ目は、喜捨代が必要だが、下っ端が二か月小銭を貯めればなんとかなるくらいの金額だということ。子供姿のおれたちだけで成人の儀を受けられるか心配だが、高額じゃなければなんとかなるだろう。

 三つ目、成人の儀ではスキルを授かること。儀を受ける前から得意とすることが何かで、ある程度どんなスキルを授かるかが予想できることだな。

 んで、最後重要なのが、教会と女神様。これまでの超常的な状況から考えると、明らかに俺たちに教会に来い、会いに来いと言っているように感じる」

「ですよね。高田さんが十四歳になったのも、成人の儀を受けさせるためでしょうか」

「その可能性は高い。教会に行ったら女神降臨とかマジ勘弁してほしいんだが」

「それは行ってみないと分かりませんね」

「ああ。だが行くしかないだろう。――市川君、ありがとう。城を出たらまずしなきゃいけないことが決まりそうだ。成人の儀を受けに行こう」


 そう言いながら高田は目の前の机にじゃらじゃらと小銭を出し始める。大小様々な硬貨が並ぶが意外に量が多い。


「これって換算機で出したんですか?」

「それもあるが、俺のバイト代も入ってるな」

「バイト?」

「納税データ見てたら変な箇所があったから、ちょこっとな、管理してたやつに指摘しといた。したら『取っとけ』って言われてこれもらった」


 そう言いながら指すのは、明らかに他の古びたり欠けたりしている硬貨とは異なる、ピカピカの金貨である。


「……価値はどれくらいでしょうか」

「分からないな。もし口止め料だったら端金にも見える。どれだけ流通してるかも分からないから、教会で使うのはやめておこう」

「そうですね。残りの小銭で足りそうです?」

「それも微妙だな。教会に何も知らなさそうな子供のふりして聞いてみるってのもありだが……」

「なんでこっち見るんです」

「市川君ならピュアな幼い子供のフリで聞けそうかなと」

「幼いは余計です。ちょっとここの人間がデカイだけです」

「デカくはない。いっても北欧人くらいの体格だ」

「十分デカイです」


 とりあえずここを出た時の最初の目的は、教会で成人の儀を受けることに決まった。

 その前に優先事項である召喚の詳細、この国と他の国の情勢をまとめなければならない。

 それに関してはあと一週間もかからないだろうと高田は言うので、任せておけば良いだろう。ふっと息をついて和泉は食後の水饅頭をつつく。

 温かい緑茶もしくはほうじ茶が飲みたい気分だが、ペットボトルのお茶は生憎麦茶だ。あとはジャスミン茶と微糖紅茶があるが、和菓子とは合わない。

 高田はコーヒーもしくはミネラルウォーター派で、持っていた飲み物の種類が少なく、こっちに来てから大変悔しがっていた。ただ、生産者から分けてもらった希少なお酒が無限に味わえる、ということに気づいた時は狂喜乱舞していた。

 翌日、十四歳の体に度数の高い日本酒は強すぎたらしく、ゾンビのような顔で「悔しい……」と呟きながら、それでもお酒の瓶を握りしめていた。

 さらに後日、「大人に戻った時に浴びるほど飲むんだ」と楽しそうに別容器にお酒を移している姿を見て、和泉はこんな大人には絶対ならないと心に誓ったのである。







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