1-6. 目標設定
初日の衝撃はすごかった。
転移そのものもスキルも持ち物も、とりあえず衝撃が凄すぎて、和泉は人格が壊れるのではないかと恐れている。
人格崩壊はもしかしたら大人であるはずの高田にも、すでに起こっているのかもしれない。
高田が聞いたら涙目になりそうなことを考えながら、和泉は隠密を使いトイレを探す。
さすが王城だけあって下水が完備されており、心配していたほどトイレは臭くなかった。異世界のトイレ事情は、
マジックバッグの“異世界品不変”の真実に盛大に驚愕したあと、和泉と高田は次にやるべきことを昨日と同じく床に座り込んで考え出す。
「とりあえず、食糧と服、金はなんとかなりそうだな」
「フリマ機能を使ったんですか?」
「さっき隣の部屋で拾った皿を売ってみた。そうしたら換算機に“25s”って出て、元々のイコールボタンを押したら、皿が消えて硬貨が落ちてきた」
「落ちてきた……」
高田の掌に置かれた硬貨を恐々とつつく。本物に見えるが、本当に使えるのか疑問だ。
「お金の価値や種類は流石にまだ分からないな。鑑定を繰り返しながら少しずつ覚えるしかなさそうだ。そもそもこの国を出るなら、この国の貨幣や物価を学んでも、別の国じゃ通用しないかもしれないし」
「確かにそれはありますね。お金がどこまで流通しているかも分からないですし」
「だね。あ、それと、びっくりな事実がもう一個ある」
高田はそう言いながら、ずいっと和泉の前に左腕を差し出してきた。
なんだろうと思いながら見ると、彼の手首には昨日はなかった銀色の太いバングルがはまっている。
「もしかして、これって」
「そう、形状変化」
「元はなんです?」
「俺のスーツケース」
「え?」
和泉は慌てて彼の後ろを覗き込むが、昨日まで確かにあったスーツケースがない。
狭い部屋のどこを見渡しても、スーツケースは無くなっている。
「マジックバッグの機能はそのままだよ」
そう言うと、彼の横にポロッと菓子パンの袋が転がり落ちた。
「ね?」と言いながら袋を開けて嬉しそうにパンを食べ始める高田。
やっぱり、肉体年齢に精神も引っ張られているのでは。
「あーっと、それってバックパックでもできますかね?」
「ふぇふぃふとおもふゅよ」
「そうですか」
パンを食べるのに一生懸命な高田をその場に残し、部屋の隅に置いたままのバックパックを手に取る。
少し悩んでから、昨日杖を形状変化させた時と同じように、変化してほしい形を頭にイメージする。
杖の時よりゆっくりバックパックが縮んでいき、コロンと掌の上に金属の感触が乗る。
「出来ました」
高田のところに戻りながら報告をし、彼の前に右手を広げる。
「指輪?」
「はい。もうこの際、恥も何もないかなと」
「ちょっと大きくない?」
「中指にしようと思います」
「マセガキだな」
「厨二病の一部だと思ってください。ホンモノの中学二年生ですから」
軽いふざけ合いをしつつ、高田の横に座り、右手の中指にできたばかりの指輪を通す。
チビで華奢な和泉には少し不釣り合いな無骨な指輪である。
和泉はそれを満足そうに眺めたあと、右掌を上に向けて、その上にお茶のペットボトルを出した。
「機能も問題ないようです」
「そりゃ何より」
二人ともそれぞれ軽く朝食を済ませたあと、本格的にこれからのことを話し合う。
「まず、集めたい情報を整理しよう。それに優先順位をつけ、さらにその情報がどこで手に入るかを考えていこう。
さっき一通り書き出してみたけど、何か意見があれば遠慮せず言ってほしい」
「分かりました」
さすがは社会人。行き当たりばったりにしようとしない姿に和泉は感心してしまう。
高田はタブレットのアプリを起動し、和泉の前に置く。
どうやらさまざまな細かいメモを作成し、それを動かしたり繋げたりして脳内の整理をするためのものらしい。
簡単にアプリの説明を受けながら、和泉は書かれたメモを読んでいく。
先程高田が言った通り、いつかほしいけど今すぐにはいらない情報や、確実に掴んでおきたい情報がごちゃ混ぜになっている。
あーだこーだ言いながら二人で決めたとりあえずの目標と、将来的な目標は以下の通りである。
【優先度の高い目標】
・日本へ戻る方法の有無
・この国の情勢(召喚理由含む)
・この国の周辺の情勢(目指すべき国の選定)
【重要な目標】
・高田の若返りの理由
・日本に戻れなかった場合の人生設計
・フリマ機能以外の金策
「この世界での身分証明はどうなっているかとかも心配だけど、とりあえずはこんだけかな。あんまり色々手を出しても中途半端で良い決定ができなくなる恐れもあるし」
「日本に……帰れるんでしょうか」
「今は、分からないとしか言えない。あまり期待しない方がいいかもしれない」
「そうですよね」
実際、高田のメモに書かれた「日本に帰れるか?」を見るまで、和泉は戻れる可能性を全く考えていなかった。
昨日が慌ただしすぎたのもあるかもしれない。だけど、たった今日本に帰れると言われたとしても、それを喜んで受け入れるかと問われれば、答えは否だろう。
自分は薄情なのだろうかと、少し沈み始めた和泉に向かい、高田は気楽な声をかける。
「俺としては若返りの原因が分かって、すぐに大人に戻れないってなったら覚悟決めてこの世界に住むかな。
二十歳近くも若返ったままじゃ、日本に戻っても仕事に行けなくなるし」
「それは、そうですね」
「そうなったら市川君にもしばらく一緒にいてもらえると嬉しいな」
「え?」
「流石に異世界で一人きりは寂しいよ。ま、厳密にはあの高校生四人組もいるけど、しばらくは関われなさそうだろ? それに四人ですでに仲良さそうだったから、混ざっても気まずいし。
あと、昨日もらった唐揚げも最高に美味かったし、各種ラーメンおよびスナックは今後絶対に必需品だ」
「マジックバッグの中身狙いですね」
「そうとも言う」
「それだけとも言えます」
高田の軽いノリに和泉の気分も浮上する。
「後は……書かなくてもいいけど、いつか定住先を決めたいな」
「定住先ですか?」
「うん。異世界を思う存分旅して回りたいって気持ちもあるんだ。だけど、ちゃんと戻る家が欲しい。
ほら、俺の職業ってバイヤーで色々なところに行ってただろ? 旅ももちろん楽しいけど、旅が終わって、自分の家に帰って、ソファにグデ〜って座って、自分の好きなもので溢れた狭いアパートの中をぐるって見渡すのが好きなんだ。その瞬間が一番ホッとする」
本当にその瞬間を思い描いているような、14歳には似合わない目をして高田が笑う。
自分の幸せがわかっている大人がそこにいた。
「きっと見つけましょう」
「うん、本当にいつか、また三十二歳に戻る頃には見つかっているといいな」
目標が決まったら次はその達成方法である。
これは高田が簡潔に解決してしまった。
「今俺たちがいるのはこの国の中枢だろ? 確実に全ての情報が集まっている場所だ。ここを徹底的に探ろう」
その一言で、二人の「王城潜伏生活」が始まったのである。
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