1-5. 成長した荷物

 スキルの次に重要なものとは、お互いの「所持品」である。

 これがただの荷物の確認であれば全く問題などなかった。

 だが、これらが異世界のステータスウィンドウの「所持品」に載ってくると、全く話が変わってしまうのだ。


「高田さん」


「市川君」


「高田さんもですか?」


「やっぱり?」


 お互い、所持品の項目に何が書かれているか想像でき、ひきつった笑みを浮かべる。

 そこには、元がバックパックとスーツケースという違いはあれど、全く同じ文が載っていた。



  マジックバッグ(∞)

  異世界のカバン

  中に入っている異世界品は不壊不変

  また&¥h@9エad由来品を入れると状態維持する



「これって、おそらく日本のものは壊れないってことですかね?」

「壊れないのもそうだけど、不変は腐らないってことかな?」

「そうかもしれません。惣菜とか食べ物とか入ってるので」

「俺も。バイヤーの仕事で色々仕入れた食べ物が入ってる」

「しばらく食事で苦労はしなさそうですね」

「それは非常にありがたいな」

「本当に。ちなみに♾って、容量に限界がないってことでしょうか」

「多分そうじゃないかな」

「なんか、怖すぎません?」

「言うな」


 文字化け部分も気になるし、所持品の中身にまで及ぶお膳立てに、二人は薄寒さを感じるが何とか話を進める。


「じ、じゃ、次な」

「はい。この“杖”ですよね?」

「そう、それが何かさっきから気になってたんだ。ちょっと鑑定させてもらえないかな?」


 どうぞと言いつつ和泉は“松葉杖”を高田に渡す。

 実はこの松葉杖、なぜかステータスウィンドウの所持品欄には“杖”とだけ書かれているのだ。


「――やっぱり」


 そう言って高田は鑑定結果を紙に書き出した。



  杖

  異世界素材で作られた不壊の杖

  魔法発動の際の補助具

  譲渡: 不可

  形状変化: 可 (松葉杖)

  魔法効果倍率: 1〜∞



「形状変化?」

「おそらくだけど、形を変えられるってことだと思う」

「形を、変える。松葉杖じゃない形にできるってことでしょうか」

「そうだと思う。そもそもこんな形じゃ持ち歩くのが不便だしね」

「それはそうですが……どんな形がいいですかね。ステッキ?」

「そこはこだわらなくっていいんじゃないか? 魔法発動の補助だから、身につけるアクセサリーとかだと便利かもしれないし」

「確かにそうですね。ちょっとやってみます」


 そう言って和泉は高田から松葉杖を受け取り、両腕で胸に抱えるようにして持つ。

 ステータスウィンドウの“杖”を意識しながら、変化してほしい形を思い浮かべる。

 すると、瞬く間に松葉杖は縮んでいき、最後には和泉の両手で覆えるほど小さくなった。


「お? だいぶ小さくなったな」

「はい、これです」


 そう言って和泉が手のひらを広げて見せると、そこには銀色のバングルがあった。

 それを右手首に当てると、和泉の手首に合わせるようにさらに細く縮み、そこにおさまった。


「ステータスウィンドウの形状変化の欄が“バングル”になりました」

「これは便利だな。俺は指輪にするのかと思ったぞ」

「指輪はちょっと恥ずかしいです。バングルなら、バスケ部でしてたリストバンドと変わらないかなと」

「納得。確かに中坊にゃ指輪はまだ早いな」

「余計なお世話です。高田さんもしてないくせに」

「ぐはぁっ」


 容赦ない和泉の指摘に高田はぐらりとよろめいた振りをする。だいぶ高田のノリが中学生に近くなっているが、やはり年齢に引きずられているのだろうか。

 高田の様子を興味深く観察しながら、和泉は杖の説明文をもう一度読む。


「この魔法効果倍率ってのはやっぱり威力のことでしょうか」

「そうだと思う。こりゃまたサービスがすごいな」

「でも魔法を放てるようなスキルを持ってませんよ?」

「それは調べるしかないな。ラノベだとスキルを購入できたり、後で開花したりとかのパターンもあるし」

「そうですね。実際に身につけたら検証してみましょう」


 これでとりあえず杖に関しては良いだろう。

 次は何があるだろうか。

 バックパックの中身はほとんど合宿セットや食べ物だ。


「あ、高田さんすみません。ちょっとこれ視てもらえます?」


 そう言って和泉が差し出したのは、薬局で受け取った飲み薬の袋だ。

 膝はすでに完治したが、今後もしかしたら痛み止めなどは必要になる日が来るかもしれない。荷物と同じように不変になっていれば嬉しい。

 そう思ったのだが、袋から薬を取り出した高田の反応にたじろぐ。


「へっ!?」

「えっ?」

「ちょっと、これ!?」


 そう言ってガリガリと鑑定結果を紙に書き出す高田の手元を覗き込み、和泉も衝撃でカチンと固まる。



  ヒールポーション

  あらゆる傷を治す飲み薬


  シックポーション

  あらゆる病気を治す飲み薬



「えっと、これ、元は化膿止めと鎮痛剤なんですけど」

「どっちがどっちになったか分かる?」

「多分、化膿止めがシックポーションで、鎮痛剤がヒールポーションだと思います」

「体の中の炎症を抑える化膿止めがイコール病気を治して、怪我は痛みが強いからヒールポーションになったってことかな」

「お、おそらく……」


 和泉の返事の後、しばらく高田は黙り込んでしまった。

 そのあとゴソゴソとスーツケースの中をあさりだし、何かを床に並べる。

 和泉が使うより難しいボタンがついた電卓と、旅行用にしては大きめな入浴セット?

 共通点が見つからず、真剣な顔をした高田をじっと見る。


「この二つは、俺がバイヤーの仕事で地方に行く時に必ず持ってくんだ。まずはこれ」


 そう言って電卓を指さしつつ、その横に鑑定結果の書かれた紙を置く。



  キャッシュ換算機

  異世界の計算機

  &¥h@9エad内で移動した際に、貨幣の交換が可能

  追加機能: 買取

  譲渡: 不可



「生産者と売値交渉する時に、目の前で計算して見せたりするのによく使うんだ。で、新たに両替機能とフリマみたいな機能が付いてる」

「両替はわかりますが、フリマですか?」

「この追加機能の“買取”ってのがそうだ。売りたいものをこの換算機にかざすと買取価格が表示されて、売ることができる、らしい。それ以上はやってみないと分からないけど」

「……誰が買い取るんでしょう?」

「……さぁ?」


 また何か怖い。怖すぎる。


「えっと、こっちは?」

「これはただの俺の入浴セット、だったはずのもの。温泉好きなのもあって、地方に行くときは絶対ご当地の銭湯とか温泉に入ってたんだけどね〜」


 恐々と入浴セットを指差す和泉に、軽く笑いサラサラと鑑定結果を書いて、入浴セットの横に置く高田。



  美容セットきわみ

  異世界の美容成分が詰まった散布ポーション

  髪・全身に利用可能

  ボトル: 無限生成機能付き



「極……」

「極めちゃってるね。ただのシャンプー、ボディソープにメンズ美容液のはずだったのに。しかも無限に作られるっぽいから、減らないのかな?」

「そ、そんな感じがしますね」


 立て続けに出てくる驚愕の情報に、和泉は頭を抱えて呻き声を上げる。


「大丈夫?」

「だいじょばないです。異世界転移をした瞬間より、今の方がだいじょばないです」

「――気持ちはわかるけどね。ちょっと休憩しようか」


 そう言って高田はスーツケースの奥から四角い包みを取り出して、包装紙をベリベリと破いて開け始めた。

 「疲れた時にはやっぱり甘いものでしょう」と言いながら差し出されたのは、天照大神で有名な地方のあんころ餅である。


「すみません。ありがとうございます」

「いえいえ」


 付属の楊枝で餅をつまみながら、バックパックから取り出したペットボトルのお茶を飲む。

 夏で多めの飲み物を入れておいてよかったと思いながら、優しい甘さに癒され、大きく深呼吸をする。


「とりあえず今日はどこか隠れて休めるとこ探そうか。で、明日また色々確認して、次に何をするか決めよう」

「はい。それでいいと思います」


 結局その日は部屋の奥でそれぞれ服を敷き詰めて寝た。

 

 

 そして次の日。

 食べたり飲んだりしたはずのものが復活しており、二人して絶叫したのである。



  




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