1-4. 現状把握


 あれからゆうに数分が経過したが、高田は虚空を見つめたまま動かない。

 かと思ったら、


「カメラ!」


 叫び声を上げ、やにわに横に投げ出されたままのスーツケースをガチャガチャと開け始めた。

 もちろん、この間も和泉は隠密スキル全開である。どうやらこのスキル、触れていなくても対象だと認識したものを範囲に入れてくれるようだ。思ってもみないスキル効果の発見である。



「動け〜、動け〜」


 呪詛のような呟きを繰り返しながら、高田は引っ張り出したタブレットの電源を必要以上の力でグッと押した。



 ――あ、スマホもどうなったんだろう。



 和泉もスマホが動くか確認したい欲求に駆られながら、タブレットが動けばスマホも大丈夫だろうと根拠のない結論をつけ、高田の手元を見つめる。



「電源は入った……カメラ、カメラは?」



 タブレットが起動する数秒にもイライラしながら、高田はカメラのアイコンを押す。

 そこに映し出されたのは、床。

 タブレットを床にむけているんだから当たり前である。


「ああああ、もう!」


 会社支給のタブレットでは使ったことがない自撮りモードに切り替える。

 今度こそ、画面いっぱいに高田の顔が映し出された。



「え!? ええええええええ!? 若返ってる! な、なんで!?」



 やっぱりか。これまでの流れでなんとなく予想はしていたが、やっぱり高田は若返っていたらしい。



「なんで十四歳? 十八も若くなるってなんで! 若くないと魔法使いになれないとか? 魔法使い資格失ってる状態はダメってこと? そんな禁断ラノベ設定?」


 なかなか収まらない衝撃のまま、余計な情報を垂れ流し始めた高田を見て、和泉は一旦彼を落ち着かせようと思い切って声をかける。


「高田さん、落ち着いてください」


「十四じゃ、まだ魔法使い資格持ってた頃だし……いや、だったら若返るのは二十一まででいいだろ」


 ――卒業は二十一だったのか。


「高田さん?」


「それだと成人すぎていてダメなのか? でも異世界の成人はもっと低いはず……十五歳? 成人前にまで戻る必要があった?」


「高田さん!」


「お、おう! 市川君!」


「驚かせてすみません、一旦落ち着いてもらえると嬉しいです。こっちも高田さんがなんでそうなっちゃったのか不思議なので」


「そ、そうだな。そもそも教えてくれたのは市川君だったな。わりぃ、思いっきり取り乱した」


「いえ、この状況で取り乱さない人はいないと思うので、それは大丈夫です」


「そうか。サンキュ」


「いえ……」



 「ハハハ」と乾いた笑いを漏らす高田を見つめながら、和泉はこの部屋に入るまでの高田のイメージがガラガラと崩壊するのを感じた。エレベーター前で会った彼は確実にもっとキリッとしたビジネスマンだった気がする。

 いや、この部屋に入った直後もマトモな大人に見えた。

 異世界に来て素が出たのか、今の彼の年齢に引きずられているのか。わからない事は今はスルーして、とりあえず今解決が必要な事を話しあうことにする。


「さっきも言ったように、こっち来てから怪我していたはずの足が完治しました。

 それから、あの場から脱出するためとしか言いようのない、気配だけでなく音まで隠す隠密スキル。明らかに誰かが、何かがこの状況の裏にいるように感じます。

 それを考えると高田さんが若返ったことにも理由があると思います。一時的なものなのか、元の年齢に戻れるかどうかはわかりませんが…」


「市川君はなかなか冷静だね。大人なはずの俺が取り乱しまくってたのに恥ずかしい。

 しかもなんか色んな恥をばら撒いた気がするし」


「そこは聞かなかったことにします」


「おう、助かる。んで、スキルと足と年齢のことか。

 ――市川君の言う通りとしか思えないね。まるで“逃げろ”と言われているような状況だ」


「この国が危ないということでしょうか?」


「これまで読んだ小説の最悪のパターンではありうるな。でも、今全てを結論づけるのは早すぎる気がする」


「確かに、そうですね。どこに逃げればいいのかもわからないです」


「ああ。動くにも情報が足りなさすぎる。それに――市川君」


「はい」


「さっきステータスウィンドウを見つめてて気づいたことが幾つかあるからそれを共有したい。できれば、市川君のステータスの一部も教えてくれれば助かる」


「はい、分かりました」







 年齢など明らかな情報以外で共有すべきなのはまずスキル。

 メインのスキルは伝えあったが、実はまだお互い他にもスキルが表示されていたのだ。


 高田のスキルは二つ。


  鑑定眼(∞)

  対象の真実を見抜く眼

  対象は有形無形を問わない


  交渉術

  会話を意図した流れに導く



「実は、鑑定眼のレベルは無限大なんだけど、どうやらレベルだけじゃない熟練度みたいなのもあるように感じる」


「熟練度ですか?」


「そう。さっきから手当たり次第鑑定をしてみたんだけど、まず鑑定対象の情報が頭に浮ぶスピードが明らかに早くなっている。本当に一秒にも満たない時間だけどね。

 それと対象をきちんと認識しないと、目の前の全部の情報が視えてくる。最初の召喚の場での発動がそうで、頭が爆発しそうになった。この場合も数秒かかったのが、今は意識した瞬間に出てくるし、ある程度数もコントロールできるみたいだ。

 次に、情報の量が増えた。じっくり視てると情報が増えるんだ。例えばこれ」


 そう言って高田は手元のタブレットを指差す。


「視てすぐはこう」


 そう言って手元の紙に鑑定結果を書き出す。


  タブレット

  異世界のデバイス


「次に鑑定を続けるとこうなる」


 先ほどの紙に追加された情報を加えた。


  タブレット

  異世界のデバイス

  異世界との通信が遮断されている

  通信が必要とされる機能以外は利用可


「これは、すごいですね……」


「だろ? つってもこのスキルくれた誰かがすごいんだけどね。なんとなくだけどスキルレベルだけじゃなく、使えば使うほど熟練度が上がってさらにできることが増えると思う」


「それは隠密も同じだと思います。最初のあの広間では、隠密の対象に触れていないと発動しませんでした。でも今はこの部屋全体を意識しておけば問題なく発動していると感じます」


「やっぱりか。――市川君」


「――はい」


「どう思う?」


「高田さんどうぞ」


「いや、だが……」


「熟練度を発見されたのは高田さんですので」


 お互い考えていることはなんとなく想像できる。でも口に出したら負けな気がして、なんとなく譲り合ってしまう。


「市川君も絶対わかってるくせに。

 ――仕方ない。

 熟練度が上がるのがどう考えても早すぎる。こっちの世界に来てまだ数時間も経っていないのに、体感できるくらいのスピードでスキルが成長するなんて、おそらく普通の人じゃ起こらないと俺は思う」


 真剣な顔で話す高田に向かい、和泉も神妙な顔でこくりと同意する。

 これまでの流れで明らかに超常的な力が働いているのはもう間違いない。


「どこまでスキルを伸ばせるかは分からないが、“伸ばせ”と言われている感じがするから、お互いに頑張るしかないな」


「そうですね。身を守るためにはどうしてもスキルに頼っていく必要があるので、積極的に使うことにします」


「そうしよう」


 一旦結論が出たところで、和泉のスキルも共有する。



  隠密(∞)

  自分と対象の存在感を消す

  存在感を構成する気配、におい、音など全てを含む


  瞬足

  魔力を消費せず、最大体力×100の速さで走ることができる


  感知

  周囲の生物、無機物、敵味方を把握できる



「ん?」


「何か変ですか?」


「市川君、ここの感知って“生物”と“無機物”?」


「はい、そうです。何かおかしいですか?」


「俺のさ、鑑定のとこ、“有形無形”ってあったんだよね。この違いは何だろう」


「“有形”は何と無く分かりますが、“無形”はなんでしょう」


「なんとも言えないな。“無形”っぽいものに鑑定かけて確かめてみるよ。

 とりあえず市川君の感知スキルは役に立ちそうだし、瞬足も凄そうだ」


「そうですね。逃げる時には必須なのでこれも練習しておきます」


「そうしてもらえると助かる」


「――あ」


「何か?」


「あ〜、えっと、感知を発動したんですが、周りは赤もしくは黄色の点だけです」


「赤はわかるけど、黄色?」


「はい。敵ではないけど、味方でもない人みたいです。状況によっては敵もしくは味方になる可能性がある?」


「なるほどね。ちなみに、それって人が点で出るだけ? 地図みたいに見える?」


「地図に近い形ですけど、そこまで詳細ではないです。ぼんやりと建物の形が浮かぶくらいです」


「もしかしたらそれも熟練度で地図化機能が出るかもしれないな」


「だといいですね。地図が出るようになったら教えます」


「よろしく」


 とりあえずお互いのスキルへの理解はできたようだ。熟練度が上がってスキルに変化が出たら、都度報告しあっていけば良いだろう。

 そして、次。

 何となく話題にしたくないけど、絶対に避けては通れない情報がステータスウィンドウには書かれていた。




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