1-3. 自己紹介
――パタン
少しきしむ扉をゆっくり閉じ、部屋の奥に進んでから扉を振り返る。
自分達が完全に死角になる位置にいるのを確認すると、二人はようやく肩の力を抜いた。
あの召喚された場所から、二つほど大きな塔を挟んだ古びた部屋に二人はたどり着いた。
「はぁ」
「ふぅ」
同時に息を吐き、思わず顔を見合わせ苦笑いする。
「おっと、ごめん。手を離すよ。ここまでありがとうな。ん?」
「あ……」
男性が和泉の手を離そうとするが、硬く握られた和泉の指から何故か力が抜けない。
離そうとしても逆に力が入り、今度は小刻みに震え出す。
「ご、ごめ、なさ」
焦りと羞恥、そして込み上げてくる安心感と、今更ながらの恐怖に和泉の顔が赤く染まり、目の端が熱くなる。
「い、今、手を」
「誰か来るといけないから、まだしばらくこのままでいてもらっていいかな?」
「え?」
「さっきまでの強さじゃなくていいけど、バレない程度で、隠密使ってもらっていい?」
「あ、はい」
和泉の返事を確認したあと、軽く頷き、男性はおもむろにドサリと床に腰を下ろした。
「あー、マジ怖かった」
右手はまだ和泉と繋がっているため、彼はスーツケースを放り出し、左手でガシガシと頭をかく。
「ほんと、何これ。マジに、怖かった。なんなの。悪い方の召喚って、俺運ないわ。生きてる? 俺生きてるよね? 死んで転生も嫌だけど、でもこれもナイわ!」
あ、壊れた。
息を吐く間も無く続く男性の愚痴に、繋がった手に引っ張られるように隣に腰を下ろしながら、和泉は反射的にそう思う。
ただ、その内容には和泉もすこぶる同感で、力強く同意する。
「ですよね! 最悪ですよね! 異世界召喚のパターン数多くあっても、こんなスタートって!」
「やっぱりそう思う!?」
「そう思います!」
激しく頷き合うのとは逆に、握った手からするりと力が抜ける。
「あ」
「お? もうスキル切っても大丈夫かな?」
「は、はい。大丈夫みたいです」
「ん。オッケー」
何事もないかのように軽く手をフリフリしながら返す男性の様子に、和泉は小さく笑ってしまう。
彼はどうやら
少し肩の力が抜けたところで、気になっていた事を聞くことにした。
「色々聞きたいことが、あります」
「はい」
「でもその前にまずは名前から。市川
左膝半月板を損傷していたはずがこっちに来てから何故か治ってます。
あとご存じの通り隠密スキルがあります。まだじっくりステータス見てないですけど、他にもスキルがあるっぽいです。
あの場所で、ステータスを開くのを止めてくれて、ありがとうございました」
「お、おお。こちらこそ隠密ありがと。
俺からも自己紹介を。
名前は高田遥です。一応大手ネット販売サイトの食品部門でバイヤーやってます。やってることは全国各地上司指示で走り回らされるだけだけど。
持ってるスキルで一番強そうなのは鑑定眼。レベルは無限大って出てる。
これが発動した時、申し訳ないけど、市川君のスキルも見えて、咄嗟に隠密を頼んだ」
「はい」
「今はもう市川君のステータスは見えない。多分、隠密が発動しているからじゃないかと思う」
「それですが、隠密のレベルのせいかもしれません。隠密スキルの隣に無限大の記号があるので、高田さんの鑑定眼を弾いているんだと思います」
「なるほど。確かにそれが正しいかも。
ま、勝手に人を鑑定するのは俺もプライバシーの配慮に欠けると思うから、これから考えていかなきゃな。
今回みたいに不可抗力だったり、安全のために仕方がないような状況じゃそうも言ってられないだろうけど」
「そうですね。あの時、ステータスオープンという呪文?に不信感を持ったのはなんでですか?」
「あー、それね。あー、んー、っと、まぁ、オタクの知識だね。転移したと同時に鑑定眼が発動したんだ。それですぐに“ステータスを見たい”って念じた。
んで、まぁ、想像の通りステータスを見られたわけなんだけど、そのタイミングであのおばちゃんが“ステータスオープン”って言えって言い出すからさ。あ、これってヤバイヤツかもって焦ってすぐ隣にいた市川君に泣きついたってわけ」
「泣きついたって……」
「もうそう言うしかないよね。市川君の隠密スキルがなきゃ絶対あそこから出られてなかった自信ある。本当にありがとう!」
「こちらこそ、本当にありがとうございます。流石にステータスウィンドウが開いちゃったら存在を認識されてたと思うので」
「あのおばちゃん達から遠かったし、前に高校生君達がいてラッキーだったな。
流石に兵士には召喚されたのに気づかれたと思うけど、おばちゃんが発言しているのを止めてまでこっちを注意するのはできなかったんだろう」
「あの、先ほどからおばちゃんって言ってますけど、あの女の人まだ若く見えましたよ」
「いや、あの人のステータスにあった年齢は五十オーバーしてたよ」
「ごじゅっ……え? 見えない! てっきり二十歳くらいかと」
「相当な若作りだね、あれは。異世界に何かしら若さキープの秘薬とかあるのかもしれないけど」
「ごじゅ……」
衝撃的な情報に思わず何度も女性の年齢を繰り返してしまう和泉。それを苦笑いで流しながら高田は続ける。
「ちなみにチラッと見えた職業欄には王妃ってあったな。隣にいたおっさんが王様っぽいけど、ちゃんと見る余裕なかった」
「意外に偉い人が揃ってたんですね。ラノベだと、魔術師がゾロゾロいたりするイメージだったんですけど」
「確かに、そのパターンもあるな。若い姫様が出迎えたりするタイプも多かったりするけど、よりによって若作りおばちゃん。運悪すぎじゃない?」
「密林奥地に投げ出されるパターンよりかは良いかもしれないです」
「確かに」
たわいもない愚痴を言い合いながら、二人ふっと力を抜く。
次の発言をどうするか逡巡したあと、和泉は意を決して高田にずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「それで、高田さんは、おいくつですか?」
「ん? 俺は来月っていうか、あと二週で三十二歳」
「三十二歳ですか……」
「中学生から見たらおっさんでしょ? あ、まさか父親と同じ歳とか!?」
「いえ! うちの父親はもう四十歳超えてます。あの……言いづらいんですけど」
「ん? 実は母親と同じ歳とか?」
「いえ、そうでもなくって」
「おう」
「今の高田さん、どう見ても同い年くらいなんです」
「へ?」
ポカンとこちらを見る高田に、真剣さが伝わるよう、ぎゅっと目に力を込めて見つめ返す。
「確かにエレベーター前で会った高田さんはそのくらいの年齢に見えたんですが、あの広間を出る時には、どう見えても若返っていたんです」
「え? そんな嘘でしょ? あ、え? “ステータス”!」
あの時、意志の力でねじ伏せた驚愕の事実。それは、高田が二十歳近く若返って見えたこと。本人が認識していないという確認が取れた今、和泉はそれを伝えるのに迷いはなかった。
一方、とんでもないことを告げられた高田は自身のステータスを開き、ウィンドウに浮かぶ文字を見つめる。
そこには、確かに、
名前: 高田 遥
年齢: 14歳
「えええええ!」
叫び声が上がる直前、和泉は隠密スキルを最大威力で展開した。
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