その手をはなさないで、ずっと。

仁志隆生

第1話

 はなさないで。


 ねえ、どうしてはなしたの?


 ずっと一緒に、幸せに暮らせると思っていたのに……。




「というわけだよ」

 彼が話し終え、じっと顔を見つめた。

「……そんなに似てる?」

「ああ、似てるよ」

「そう……なぜ、はなしたの?」

 彼は顔を曇らせた。

「最初から気づいてた。けどあの時は言えなくてさ……、いつか折を見て話そうと思ったんだ」

「そうだったの。でも」

 そう、なぜ今日なの?


「今日は。そして」

「私達が出会ったのも」

 そう、この日だったわ。


「偶然だったのか? それとも」

「本当に偶然よ」

 いいえ、違うわ。


「そうか。それでどうする? 俺に復讐するか?」

「……仕方なかったのでしょ。

 ううん、そんな訳ないでしょ。


「ああ。山で足を滑らせたあいつの手を……このままじゃ二人共落ちてしまうと思った。けどそれは言い訳だ」

 そう、言い訳よ。


「俺はいつ罵られるのだろう、殴られるのだろうかと思っていた。けど、もしかして気づいてないのか? ならこのまま好きでいても……」

 そんな都合のいい事、許されるとでも?

 

「いや、それはやはり……。だから、もし気づいてないならと思ったんだ」

「たしかに最初は……けど今はそんな事思ってない」

「え?」

「気づいた時にはもう、愛してたから」

「そ、それでいいのか?」

「うん。きっと姉さんも許してくれるよ」 

 誰が許すものか。


「ありがと、話してくれて」

「こちらこそ、ありがとう」

 そう言って唇を……。


 離せ、離れろ……。


 

 そうしてどのくらい経ったか。

「ねえ、今度一緒に姉さんに会いに行こ」

「ああ。きちんと話させてもらうよ」




 ……何を言ってるの? 

 

 私とずっといるって言ったくせに。

 よりによって、なぜ


 ……誰が許すものか。

 そこにいるのは私のはずなのに。

 おのれ……。




「え、何だ!?」

 気がつくと彼は崖の淵に右手で掴まっていた。

 そして左手で、彼女の手を握っている。

「な、何が起こったの? ここ、どこ?」

 彼女は困惑しつつもその手を離すまいとしていた。

 

 下を見ると、底が見えず真っ暗だった。


「とにかく今は……ぐっ」

 彼は彼女を引き上げようとしたが、今の状態では上手く行かなかった。

「く、なんとか俺の体をよじ登れないか?」

「う、う」

 そんな事できれば苦労はしないだろう。

「く、誰かいませんかー!?」

 彼が声を上げると、

「呼んだ?」

 そこに現れたのは……。


「え?」

「ね、姉さん?」

 

「そうよ。ふふふ」


「え、え……?」

「し、死んだはずじゃ?」

 二人は真っ青な顔になった。


「そんな事より、よくもあの時私の手を離したわね……」

 その声は濁って聞こえた。


「そ、それは」

「助かりたいならその手を離しなさい」


「え、いやそれは」

「できないの? 私の手は離したのに」

「俺は、お前の手を離したくて離したんじゃ」

「言い訳なんかいいわ!」


「……そうだよな。じゃあ、祐実ゆみだけは助けてくれよな、祐希ゆき

「ダメ、それなら私が。姉さん、彼を許してあげて」

 二人が互いを庇い合って言うと、

 

「……二人共、ずっとその手を離さないでね」

 彼女が、祐希が笑みを浮かべて言う。


「姉さん」

「祐希」

 二人は気持ちが通じたと思ったが、


「……地獄の底でも、永遠にねえ!」

 祐希がそう叫んだ瞬間、崖が大きな音を立てて崩れ落ち、


「ウワアアー!?」

 二人は暗闇の中へ落ちていった。




「ふふふ……全然気が晴れないわ」

 祐希が悲しげに言うと、

「そうなんだ。せっかく力貸してあげたのに」

 そこにいたのは、小学校低学年くらいで白いシャツに赤いスカートという服装の少女。

「ええ、けど約束は守るわ」

 祐希が少女の手を取り、そうっと握る。

「じゃあ、離さないでね」

 少女がそう言うと、祐希は少女に吸い込まれるように消えた。


「ぬふふふ……凄い力だね、この想いって」

 少女はそんな事を呟いた後、その場を去った。

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その手をはなさないで、ずっと。 仁志隆生 @ryuseienbu

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