会合・雪女の子孫たち

武州人也

雪女の子孫

「ねぇ、雪女って知ってる?」


 朝、一緒に登校していると、優紀ゆうきが尋ねてきた。コイツは俺と同じ学区に住んでる従弟いとこだ。俺のお父さんの兄の息子で、学年はひとつ下の小学五年生。俺の通学路の途中に毎日一緒に小学校へ通っている。


「知ってるけど。前に図書室の本で読んだ」

「その雪女なんだけどさぁ、どうやらオレらの先祖らしいんだよね」

「は? んなわけないだろ」


 思わずマジなトーンで突っ込んでしまった。雪女といえば伝説上の妖怪で、実在なんかしてるはずはない。そんな架空の存在の子孫とか、ありえるわけないでしょ。


「ホントなんだって、聞いたもん」

「誰から?」

「じいちゃんから」

「ウソだろ」


 じいちゃん……俺のお父さんと優紀のお父さんのお父さん。去年に地元企業の社長を退いたばかりのじいちゃんはとても真面目な仕事ニンゲンで、そんな冗談を孫に言うような人じゃない。


「ウソじゃないって。じゃあ放課後うちに来てよ。じいちゃんに話してもらうから」

「おう、わかった」


 そうして放課後、俺は誘いに乗って優紀の家の門を叩いた。家のリビングで、じいちゃんはテレビを見ていた。


「おお、トモ。事情は全部聞いてるぞ」

「じいちゃんがそんな冗談言うなんて意外だったから」

「冗談なんかじゃない。ホントのことだ」


 じいちゃんの声が低くなる。すごく真面目な話をしてるって感じだ。妖怪やら何やらのホラ話をするような声色じゃない。


「トモもユウキも、雪女様ゆきめさまの遠い子孫だ」


 どうやらじいちゃん、雪女のことをユキメさまって呼んでいるらしい。


 じいちゃんの言葉に、どう返せばいいのかわからない。「冗談でしょ」って言っても「冗談なんかじゃない」ってまた言われそうだし、さりとて「そうなんだ」とうなずくこともできなかった。


「実はな……トモとユウキにも、会合に出席してほしいんだよ」

「会合……?」

「そう。雪女様の子孫たちの集まりだ」

「そんなのあるんだ……」


 じいちゃんは信じられないような話を矢継ぎ早に繰り出す。でも真面目なトーンで話しているから、「ウソだ」なんて指摘できない。


「そうそう。オレとじいちゃんが今度行くんだけどさ、トモくんも一緒に来てくれない? 次の次の土曜日なんだけど」

「は、はぁ……」


 その日は何もないから、誘いに乗るのに問題はない。ここまで来ると、じいちゃんの話の真偽をとことん確かめてやりたくなる。


*****


 雪女の子孫たちの集まりとやらは、東京都内のホテルで催されていた。羽田空港を降りた後、あまりの人の多さに目を回しそうになりながら、電車に乗って品川駅で下車。そこから会場のホテルに向かった。


「東京ってすげぇな。人多すぎだろ……」

「トモくん大丈夫? 顔青いけど……」


 人ごみが苦手な僕は、きっと大都市では暮らせないんだろうな……そんなことを考えていると、ホテルにたどり着いた。


 受付で身分証を見せるよう言われたので、健康保険証をサイフから取り出して提示した。この会合、「雪女の子孫」の間でなら話題にしてもいいけど、それ以外の人には絶対に他言してはならないらしい。そういえば雪女のお話でも、雪女が自分のことを他人に言ったら殺すって脅す場面がある。この会合も、雪女に似て秘密主義的なんだろう。


 会場には楕円形にテーブルが設置されている。出席者は思っていたよりずっと多かった。ざっくり百人以上はいそうだ。会合に誘われた後、学校の図書館で雪女についていろいろ調べたけど、どうやら雪女の伝承は一番古いもので室町時代辺りにまで遡るらしい。仮に雪女が存在したとして、いつ頃に子どもを産んだのかはわからないけど、おそらくかなり昔の話だろう。となれば、子孫を名乗る人々がたくさんいるのも無理はない。

 

「あっ、あの人見たことある」

「トモくんよくわかったね。あの人は県議会議員だよ」

「えっ、マジかよ……」

「それだけじゃないよ。あっちの人は加藤宙商事の社長だし、こっちの人は元金融庁長官だし、あの一番奥の人は……」


 どうやらこの会合、政治家やら大企業やら、大物たちが結構出席しているらしい。そんなすごい人たちがこの怪しい会合に集まってるとか、この国は大丈夫なんだろうか……なんて思ってしまう。そういえば、僕と優紀をここに連れてきたじいちゃんも中小企業とはいえ去年まで社長だった。


 見たところ、会合には高齢者が多い。子どもは僕と優紀ぐらいなもんだ。左右に視線を振っていると、突然スピーカーから、「えー、お集まりいただきありがとうございます」という言葉が聞こえた。どうやら何かが始まったらしい。


 どんな話が始まるんだろう……気になった僕は、耳をそばだてていた。聞いていると、集まった人たちはどうやら雪女の情報を集めて、探し出そうとしているらしかった。まるでツチノコ探しみたいだ。他者から情報を募るだけじゃなく、自分で山に入ったりして探し求めている人までいる。この会合はその成果を報告する場らしい。もっとも、雪女を探し出せた人はいないようだが。


「この人たち……なんで雪女探してるの?」

「そりゃあ……「あなたの子孫はこんなにも繁栄していますよ」って報告するためだよ」


 僕が小声で質問すると、じいちゃんはそう答えた。


 雪女……万に一つもないだろうけど、仮に実在するとして、どこにいつ頃いたのだろう。小泉八雲の『怪談』によれば、今の東京都青梅市にいたそうだけど、他の土地にも雪女の伝承があるし、時代も場所もはっきりとは特定できない。


 世の中、変な人たちがいるんだなぁ……なんて思いつつ、僕は大きなあくびを一つした。


 その日の会合は、特に何も起こらないまま終わった。


 それから二か月後のある日……両親が二人とも仕事で家にいなかったので、僕は優紀の家にお邪魔して、夕飯をいただいていた。


 優紀のお母さんが作った餃子に舌鼓を打っていると、テレビのニュース番組で行方不明事件についてのニュースが流れた。どうやら新潟県の山中で四十代の女性が行方不明になり、その後凍死体で発見されたのだという。


 女性の名前を見た僕は――ハッと息を飲んだ。あの会合で、僕の隣に座っていた人だった。


「あーあ、誰かに話しちゃったんだ」


 僕の隣で、優紀は軽い口調で言い放った。

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