【KAC20245】はなさないで

こむぎこ

断崖絶壁の花を摘みに行く話。

「ゆっくり、頼むで!!」


 たった一本の縄に支えられた籠に、全体重がのっかっているこの状況、恐怖心がないとは言えない。


 崖の上でその縄をにぎっているのが、唯一無二の親友にして宝探しの相棒だった。 

 

 相棒は、思い込みとか、思い違いとかの激しいやつではあるけれど、どこかまっすぐで、かっこよくて、筋力には全幅の信頼が置けるやつだ。


 相棒がいるから、この断崖絶壁を籠と縄だけで降りていくなんて無謀なことができる。

 

 二人の目的はただ一つ。


 この崖に生えている月光花の採取だった。


 それは、食べれば数日間、空気無しの空間で生きていける、という効能がある草だと聞く。


「あんたさぁ、何で、こんなことしようと思ったんやっけー?」


 なんて覚悟を再度確認でもしていないと、その冷たい風が、「やっぱやめへんか?」と言わせてくる気がしてしまう。


「なんだってー?」

 

 ずいぶん崖を降りてきたからもう、声も小さくて心細い。


「こんなことしとるわけをはなせっちゅうとんねん!!」


「なんども、いっただろ!! 

 これで宝探しなんてやめて、月光花を、手土産にして、地元で、いい仕事に就くんだよ!!」


 大声が降ってきて、少しだけ安心する。


「へえ、いい仕事!! ええやんか!!

 あたしはな、この仕事終わったらいい男捕まえて結婚するんや!!」


「バカ!! こんな危ないシーンで、フラグみたいなもん、はなさないでくれよ!!」


「ここで言わんでいつ言うんや!!」


 と強がってみるものの、やっぱり怖いものは怖い。そろそろ、上でロープをおろしている彼の負担も厳しくなってくるだろう。


 しばらくの沈黙ののちに、少しだけ、降りられそうな場所が見える。座標的にも、花の群生地と噂されている地点だ。


 しかし、見てみてもそこは不毛の大地だった。


 落胆交じりに、上へ向けて大声で話す。


「花さ!! ないで!!」


 ただ、ほんの少し、うれしくもあった。これで見つかってしまったら、彼との関係も終わりになってしまうから。


「まじかよーー!! くそー!!」


 彼も半分くらいわかっていたような悔しがり方をしていた。いままで、彼と一緒にいろいろな噂の地に向かったけれど、8割がたはガセだったのだから無理もないだろう。


 籠は、あきらめたように、ぐんぐんと上へ進んでいく。彼が上で引っ張っているのだろう。


 彼も、実はまだ、うちと宝探しを続けたいのかも、なんて考えてしまう。


「宝探し、やめるんか?」


「また考える」


 ぐんぐんと、籠は上がっていく。


「いい職についてなにするつもりやったん?」


 返事はなかなか来なかった。


「おーい、どうするつもりやったん?」


 再度たずねても、すぐに返事は来なかった。


 籠は上がっているのだから、彼はいるはずなのに。


 不審に思って、また叫ぼうとした頃に、声は聞こえた。


「……お前に、告白するつもりだったんだよ!!」


 頭が、真っ白になった。


「んえあ!?!? ほ、ほな、大層いい職やないと、美しいうちとはつりあわへんな!?」


「だから、地元の、NASAに入るんだよ!!」


 と叫ばれて。うっかり、素で返してしまう。


「え、あんたの地元にはNASAないで……?」


「え?」

 

 という大声とともに、自由落下というものを体感する。


 こんな話を、危険なところでしたうちにも落ち度はあるだろうけれど。


 どんなにびっくりしても、ロープだけは、離さないでほしかった。




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