偉業や覇業はなさないで

眞壁 暁大

第1話

「ついにできたぞ」

 郊外の小さな研究所で、ディー氏は拳を握りしめ、小さく快哉を叫んだ。

 彼が完全・完全食と呼んでいる夢の食べ物が完成したのだ。

 食べたぶんが全て余さず活用され、排泄されることがない食べ物。完全・完全食の習慣が定着するまでは身体の老廃物を排出するためにしばらくは便が出るが、それが終わって身体を構成する全てが完全・完全食由来になれば、老廃物は発汗でじゅうぶん排出できるようになる。

 これが行き渡れば、排泄機能の低下に悩む人々や、排泄の介助に悩む数多の人々が救われる。食糧のムダも究極まで削減できるし、いいことづくめだった。

 しかし、それだけ画期的な発明となるとライバルからは強く警戒されることになる。強引な同業者になればディー氏から無理矢理奪い取ることもありえない話ではない。ディー氏はそうした攻撃を警戒するために、郊外に引っ越してひっそりと研究を続けていたのだ。


 ついに完成した完全・完全食をひとくち食べたディー氏は

「あじに改善の必要あり」

 とメモを残して、口直しと祝勝会を兼ねて、一人街のレストランに出かけることにした。そしてこれがディー氏の遺言となった。

 ディー氏は食後、(同業の食品メーカーではなく)トイレット陶器を作る製陶業者の手配した暗殺者のトラックによって轢殺されてしまった。


「こまるなぁ」

 死後目覚めたディー氏に神は言った。

 ディー氏はまだぼんやりとしていて自分が死んだことに気づいていないが、神は続けた。

「こっちにはこっちの進化計画があるんだ。こういうことをされるとこまる」

 なにを言っているのか。

 この発明で世界の人々の暮らしが良くなる。それを神が止めるというのか、そんなまさか。

「じゃけぇこの世界はリセットしてやり直しね」

 ディー氏が反論する間もなく、神はそう言った。


 次に目覚めたときにディー氏は神とのやり取りを覚えていた。

 親に言っても先生に言っても真面目に取り合ってもらえない。

「この子はあまりにも賢すぎるけど、偶には子供らしいことをいう」

 そう言って笑うばかりだった。

 そうして成長したディー氏は、二度目の人生でも偉大な発明をした。


「ついにできたぞ」

 郊外の小さな研究所で、ディー氏は拳を握りしめ、小さく快哉を叫んだ。

 彼が完全・乾電池と呼んでいる夢のエネルギー源が完成したのだ。

 いったんそこに電気を溜め込んでしまえば、いざ利用するまではどれほどの時間が経っても放電して電気が減るようなことのない、まるで奇跡のような電池。

 これが行き渡れば、自然エネルギー発電のような需要と供給の均衡の取れていない電気でも余さず利用できる。余剰となった電力はいくらでも貯めて減ることがないからだ。これまでの電池は貯めおくことが出来ず、しばらくしたら電気が減るのが厄介だったがそれが解決することになる。

 まるでいいことしかない。

 しかし、それだけ画期的な発明となるとライバルからは強く警戒されることになる。強引な同業者になればディー氏から無理矢理奪い取ることもありえない話ではない。ディー氏はそうした攻撃を警戒するために、郊外に引っ越してひっそりと研究を続けていたのだ。


 にも関わらずディー氏はころされてしまった。

 ディー氏の発明発表後、(悪質な同業者ではなく)太陽電池や風力発電がますます増えて景観が悪化することを懸念した環境テロリストが、自らディー氏を手にかけたのである。


「こまるなぁ」

 死後目覚めたディー氏に神は言った。このやり取りは二度目だった。

「こっちにはこっちの進化計画があるんだ。こういうことをされるとこまる」

 ならばせめて、どれくらいの発明ならやっても良いのか教えてくれないか。

「じゃけぇこの世界はリセットしてやり直しね」

 ディー氏が反論する間もなく、神はそう言った。


 次に目覚めたときにもディー氏は神とのやり取りを覚えていた。

 おなじ親、おなじ教師、おなじ友達、おなじ街。一度目、二度目と寸分たがわずおなじ世界でディー氏のやり直しが始まる。

 ディー氏は今度は親にも教師にも神とのやり取りを話しはしなかった。

 代わりに同じ街に住んでいたけれども一度も話したことのなかった牧師や神父、それに坊主や神主を訪ねて回った。

 聡明なディー氏の質問は当初こそ彼ら宗教家を喜ばせはしたものの、ほどなく手に負えない難解な質問を投げかけられるようになると匙を投げて、より専門的な教育が受けられるように手配をしてくれた。

 みな自分の宗派の有力な理論家になると期待してディー氏をそれぞれ送り出したが、ディー氏は全ての宗教の専門教育を履修した後、人前から姿を消した。


「できたぞ」

 山中の庵で、ディー氏はささやくように言った。

 手のひらに乗っているのは小さな木の実だった。何の変哲もない、ただのどんぐりにしか見えない。それをディー氏は庵のそばに植えた。

 ほんのすこしだけ成長の早いそれは、やがてどんぐりをいくつも落とす。

 ディー氏は落ちてきたどんぐりを拾い集めては庵の周りにばら撒いていった。

 ディー氏の庵が木に囲まれて、深い森が出来上がる頃にディー氏は息を引き取った。


 死後目覚めることのなかったディー氏は、次の生がこれまでとは異なることに気がついた。

 ちがう両親。ちがう教師。ちがう友達。そして、ちがう街。

 先の生で暮らしていた街に出かけたあと、最後を迎えた庵のあった場所へ向かう。そこは今も深い森のままだったが、その森は以前よりもずっと広がっていた。

 先の生でディー氏がつくったどんぐりは、じわじわとその生息域を広げて放置された杉林を侵食し、かつて人々が苦しめられてきたスギ花粉の大量飛散を過去のものとしていた。

 ディー氏は自分の些細な発明が、たしかに後世に影響を残していることに安堵すると同時に、一つの確信を得た。


 大発明を遂げるたびに、彼の死後の枕に現れたアレは、神ではない。


 全知全能が神の本性であるならば、進化の進行図を神が執筆しているのならば、ディー氏が度外れた大発明をしたところで設計や計画を修正して本筋へ戻せるはずだ。だがアレはそうせずに、ディー氏の発明をなかったコトにして、時を戻している。

 およそ神のやり口ではない。

 ディー氏はそう思った。


 だが、本当に神でないのかどうかはわからない。

 なので試す。

 ディー氏の一生のなかで、ほんの小さな発明を繰り返していく。

 次の人生で、その次の(先の発明とは無縁に見える)小さな発明をする。

 そうして細々仕込んだ細工が、ある人生でドミノ倒しのように連鎖して大きな影響を発揮する、そのように仕掛けていく。


 はたして、そのとき神を名乗るアレは、ディー氏の目論みに気付けるか、どうか。

 覇業・偉業はなさないで、と釘を差してきたアレは、蓄積した地味な発明の連鎖反応がもたらす大転回に気づくだろうか?


 ディー氏は脳裏に渦巻く破天荒な発明や理論を全て押し隠しつつ、その夢想に耽る。神を名乗るアレの鼻を明かす人生が巡るまで、ディー氏は自分の目論見を隠し通す覚悟。


 神(を名乗るアレ)ごときが、ヒトの進化を操作しようなど烏滸がましい。

 ヒトはヒトの手で未来を選び取り、切り開くことが出来る生き物なのだとディー氏は確信して密やかに笑む。


 神にそのことを証明するその日まで、何万編でも繰り返し生をめぐってやる、と。

 

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偉業や覇業はなさないで 眞壁 暁大 @afumai

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